カミールは、ほんの半日の間に使用人たちの聞き込みを済ませたようだった。

 そろそろ寝るかと自室でくつろいでいたところに報告にきたその顔は暗く、あまりよくない知らせであることが分かる。


「ハウケ伯爵ご夫妻が、信頼できる何人かの使用人を連れてハウケ領を離れた後、残った使用人たちの間でセドリック様とルガー子爵夫人のことが、噂になったそうです」


「……それで?」

 王都へ行く俺の旅に付いて来てくれた使用人。

 ハウケ夫妻に付いて、ご友人のカントリーハウスへ着いて行った使用人。


 昔からハウケ家に仕えている、信用できる者達が、それぞれ何人かずつ、付いていっていた。

 ハウケの領都の屋敷に残っていた使用人の責任者は、誰だったか……。

 その事に思い至り、少しの不安を感じる。

 もちろん使用人全員、しっかりと教育を受けているはずだが、ユリアがプラテル伯爵に嫁いで、ハウケ領にいなかったここ3年ほどで雇われた者達も、結構いるのではないか。


「将来ハウケ家を継ぐセドリック様のお邪魔をしてはいけない。ユリア様がいつまでも居座っていたら、ルガー夫人が気分を害されると、ユリア様に冷たく当たる使用人が何人かではじめたのだそうです。ユリア様を以前から知っている昔からの使用人たちは、通常通り仕えていたそうですが。ここ数年で雇われた者は、ユリア様に聞こえるように、早く領地を出て行かないかと言うような者もいたそうです」


 なんていうことだ!

 ここはユリアの生まれ育った屋敷だと言うのに、うかつな俺の噂のせいで、ユリアがそんなことを言われていただなんて。


「子守りはどうしていたんだ? 夜中に子守りを交代していたら、あれほど寝不足になるはずないだろう」

「彼女は最近雇われた者ですが、ユリア様に対して不満をあらわにしていたそうです。……そのため、夜中にレオハルト様のお世話を交代することは、ほぼなかったとか」

「ではまたユリアは、一人きりでレオを育てていたというのか……」


 カミールが紙の束を差し出してきた。

 受け取るとそこには、俺も子どもの頃から知っているような、信頼できる下働きの使用人たちの証言が、カミールの几帳面な字でビッシリと書き連ねてあった。

 最近ハウケ家に雇われた、貴族籍で指示役の使用人が、ユリアに対して冷たかった事。

 その様子を見て、ここ3年以内に雇われた新しい使用人たちが、徐々にユリアを無視したり、明らかに職務をボイコットするようになったこと。

 昔からの使用人は注意しようとしたが、指示役の機嫌を損ねて逆に遠ざけられてしまった経緯など。

 特に子守りの女性は、ユリアを屋敷から追い出すべく、レオの子守りの手伝いをするどころか、積極的に嫌がらせまでする始末だったとか。



 心が押しつぶされそうだ。

 プラテル屋敷で散々冷遇されて、ボロボロに疲れ切っていたユリア。

 まさか生まれ育ったハウケの屋敷で、同じほどやつれてさせてしまうなんて。

 完全に俺のミスだ。

 悔しさに、きつく拳を握り締める。


「何故そんな者を、ハウケ伯爵夫妻は採用なさったんだ」

「身元は厳重に調査いたしましたし、仕事ができると評判の娘だったようです」

「……もういい。その子守りをここに呼べ」

「はい」



 俺の部屋を出て行ったカミールは、ほんの数十秒で子守りを連れて戻ってきた。

 俺が連れてくるように言うことが分かっていて、恐らく隣室に控えさせていたのだろう。

 その娘は、まだ自分がどうなるのか分かっていないようで、笑顔で部屋に入ってきた。

 

「お呼びでございますか、セドリック様。お会いできて光栄です! 」

 なんなんだこいつ。

完全に勘違いをしているようだ。

 ユリアを冷遇して、呼び出されて、まさか褒められるとでも思っているのだろうか。


「そうか。俺は君の顔すら見たくない。君は今日をもってクビにする。どこへでも好きなところへ行くがいい。カミール、契約上問題ない最低限の給与だけ渡して、追い出すように」

「はい、かしこまりましたセドリック様」

「なんですって!?」


 子守りの女性が、目を見開いて驚いている。

 いやなんで驚いているんだ。


「君は、今日で、クビだ」

聞き返されたので、大きな声でハッキリと言いなおしてみる。

 まあ聞き取れなかったわけではないだろうが。


「な…なぜですかセドリック様! なぜ私はクビにならなくてはならないのですか」

「子守りとして雇ったのに、レオハルトの面倒をみなかったとカミールから聞いた。昔から勤めている複数の使用人からも、証言がとれている」

「それは! 私はセドリック様のために……ユリア様がいては、ルガー子爵夫人のお気にさわるのではないかと心配したからなんです」

「余計なお世話だ。会ったこともない君に、心配されるいわれはないな」

「話が違います! セドリック様はユリア様がハウケ家に居座っていることにお困りだと、私は聞いて……」

「聞いたとは誰に? ハウケ伯爵夫妻にか? 俺にか?」

「それは……皆言っていて」


 話が通じなくて、イライラしてしまう。

 子守りが子どもの面倒を見なかったからクビだという、当然のことをなぜ理解できないのか。

 なぜハウケ伯爵夫妻の指示に従わず、ただの噂話を真に受けて従うのか。


 こいつは謝る気がないのだろうか。

 いや、謝られたところで、許す気もないのだからどうでもいいが。


「くだらない噂話だ。君の仕事はユリアを助けてレオハルトの世話をすることで、それをしなかったのだからクビになるのは当然だろう。……クビになるだけで済んで感謝するのだな」

「まさか……まさか次の職場を探すための、紹介状すら書いていただけないのですか」

「書いても良い」

「本当ですか!?」

「ただし紹介状には、事実をそのまま書く。子守りとして雇われたのに、遣えるべき相手を無視して、子どもの面倒を一切みなかったのでクビにしたとな」

「そんな……酷い」


シクシクと泣きだす子守り。

その様子はとてもしおらしく、か弱そうで、可哀そうなものだった。


慣れない濃い化粧をして、眠れていないことを隠して、気丈に振る舞っていたユリアとは真逆だ。


「見てみろカミール。この娘、『可哀そう』だな」

 俺の言葉をどう思ったのか、娘は期待するような目で、俺の方を見つめてきた。

 まあ放っておこう。


「……そうですね」

「お前助けるか? お前の今の人脈なら、なんとかしてやれるだろう」

「いいえ……この娘を紹介しては、私の信用に関わりますので」


 俺たちの会話を聞いた娘は、再び絶望の表情に戻って、またシクシクと泣き始めた。

 忙しい事だ。

 可哀そうに見えるからって、本当にその人物が、助けが必要だとは限らない。

 逆に気が強くてしっかりしてそうに見えても、誰にも助けを求められないだけかもしれない。



「さっさと出ていけ」

 俺が面倒くさそうにそう言うと、同情を買うのを諦めたのか、子守りの娘はキッと一睨みして、部屋を出て行った。


 ―――本当に、先ほど言った内容の紹介状を書いてやろうか。最後に泣き真似をして、通じなかったら睨んできたというのも追加して。


 


「申し訳ありませんでした、セドリック様。自分の考えの浅はかさを思い知らされました」

「……いや、俺もうかつだった。ハウケの領地でまさか、こんなことになっていただなんて。一瞬でも良い気になって、浮ついていた自分を、殺してやりたい。……ユリアはまだ起きているだろうか」

「恐らく。レオハルト様が最近、夜泣きが酷いと、使用人たちが言っていましたから」


 通常なら女性の部屋を訪れて良い時間はとっくに過ぎていたが、それを聞いた俺は矢も楯もたまらず、気が付けばユリアの部屋の方へと向かっていた。





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