⑨
「ユリア、すまなかった」
「なんのこと?」
「俺がルガー夫人と噂になったせいで、一部の使用人が君に冷たく当たっていたと聞いた。ただでさえ傷ついていた君を、俺の軽率な行動のせいで再び傷つけてしまった」
夜遅くに部屋に訪れた俺を、ユリアが嫌な一つすることなく、快く出迎えてくれた。
レオは夜泣きこそしていなかったが、やはり寝つきが悪いのか、まだ普通に起きて、動き回っていた。
俺がユリアと話しがしたいと言ったら、カミールが隣の部屋に連れ出して、馬役になって背中に乗せて歩いたり、言われるがまま抱き上げたり、全力で相手をしている。
「何を言っているの。あなたが誰とお付き合いしようと、自由でしょう。悪い事なんて何一つしていないわ」
「しかしそのせいで、君がつらく当たられるなら話は別だ。明らかに業務を遂行していなかった者達は解雇する。業務はしていたが君に対してきつく当たっていたと思われる者は、3か月減給の上、君とは関わりのない業務に変えさせる」
「いいのよ、セドリック。使用人たちの言い分も分かるわ。私は一度出て行った身なのに。跡継ぎのあなたの邪魔になりたくないの」
「邪魔な訳ないだろう! ここは君の家だ。いたいならいつまでもいて良いんだ。そんなこと言わないでくれ」
ユリアが聞き分けよく、遠慮をしているのが辛い。
本音を言ってくれないようで。
ユリアと俺との距離が離れてしまったようで。
「君が本当に、この家を出ていきたいならそれでもいい。だからと言って、使用人が職務を放棄するのは、別問題だ。ユリア、なぜこんな状況になっていることを俺に知らせなかった。俺じゃなくても、ハウケ伯爵夫妻に知らせなかったんだ!」
話をしているうちに、徐々に感情が溢れて、最後は声を荒げてしまった。
いくら俺やハウケ伯爵夫妻が不在だったとしても、ハウケ家の正真正銘の一人娘であり、貴族であるユリアが黙って冷遇されるなんておかしな話だ。
手紙に一言書いてさえくれれば、その時点ですぐにアホな使用人を解雇したものを。
なぜ1か月近くも遠慮して、黙って耐えていたのか。
「頼むから、我儘を言ってくれ。昔みたいに俺を頼ってくれ。誰にも言えないなら、俺にだけで良いから。」
ユリアは昔からこうなんだ。
気が強いとか、しっかり者とか評されて、人の世話は焼くクセに、自分のこととなると無頓着で、耐えてしまうところがある。
そんなユリアが、俺にだけは気を遣わず我儘を言ったり、反発して文句を言ってくるので、俺は特別なんだとうぬぼれていた。
それは愛ではなかったようだけれど。
家族としてでも良いから、我儘や愚痴を言ってほしい。
お前のせいで私が酷い目にあったと、責めてくれたほうがマシだ。
俺にだけは我慢しないでくれ。
そんな他人みたいに、あなたは悪くないなどと言わないで。
「我儘……言っても良いの? セディ」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「じゃあ……私を。私をあなたの……」
「うん?」
ユリアが何かを言おうとしているのを、聞き漏らさないように集中する。
「……いえ。あの、じゃあお願いしていいかしら」
「もちろん」
「レオがあなたの帰りをずっと楽しみに待っていたの。だから明日からいっぱい、一緒に遊んであげてくれる?」
「もちろん。俺もそうしたいと思っていた」
「サンドイッチとミルクと紅茶を持って、裏の山にピクニックに連れて行きたいの。山の上の方の、浅い川でレオを遊ばせて」
「あそこか。小さい頃、よく一緒に遊んだところだな」
「それで……私も一緒について行ってもいいかしら」
「もちろんだよ、ユリア。もちろんだ」
カミール、なぜ俺がユリア好きなのか、分からないって言ってたな。
俺にだって、本当のところは分からない。
だけどこの気が強いようにみえて、頑張り屋で、頑固なところはあるけれど、実は不器用な従妹が、俺には可愛くて仕方がない。
俺にだけ、こんな風にちょっとした我儘を言う従妹が、可愛くて可愛くて仕方がないんだ。
―――仕方ないだろう。
*****
「未亡人の恋」のお話は、これでお終いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
空白の5年間の話を、またちょくちょく書いていきたいなと思うので、作品は「連載中」の状態にしておきます
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます