「ユリア、すまなかった」

「なんのこと?」

「俺がルガー夫人と噂になったせいで、一部の使用人が君に冷たく当たっていたと聞いた。ただでさえ傷ついていた君を、俺の軽率な行動のせいで再び傷つけてしまった」


 夜遅くに部屋に訪れた俺を、ユリアが嫌な一つすることなく、快く出迎えてくれた。

 レオは夜泣きこそしていなかったが、やはり寝つきが悪いのか、まだ普通に起きて、動き回っていた。

 俺がユリアと話しがしたいと言ったら、カミールが隣の部屋に連れ出して、馬役になって背中に乗せて歩いたり、言われるがまま抱き上げたり、全力で相手をしている。



「何を言っているの。あなたが誰とお付き合いしようと、自由でしょう。悪い事なんて何一つしていないわ」

「しかしそのせいで、君がつらく当たられるなら話は別だ。明らかに業務を遂行していなかった者達は解雇する。業務はしていたが君に対してきつく当たっていたと思われる者は、3か月減給の上、君とは関わりのない業務に変えさせる」

「いいのよ、セドリック。使用人たちの言い分も分かるわ。私は一度出て行った身なのに。跡継ぎのあなたの邪魔になりたくないの」

「邪魔な訳ないだろう! ここは君の家だ。いたいならいつまでもいて良いんだ。そんなこと言わないでくれ」


 ユリアが聞き分けよく、遠慮をしているのが辛い。

 本音を言ってくれないようで。

 ユリアと俺との距離が離れてしまったようで。

「君が本当に、この家を出ていきたいならそれでもいい。だからと言って、使用人が職務を放棄するのは、別問題だ。ユリア、なぜこんな状況になっていることを俺に知らせなかった。俺じゃなくても、ハウケ伯爵夫妻に知らせなかったんだ!」


 話をしているうちに、徐々に感情が溢れて、最後は声を荒げてしまった。

 いくら俺やハウケ伯爵夫妻が不在だったとしても、ハウケ家の正真正銘の一人娘であり、貴族であるユリアが黙って冷遇されるなんておかしな話だ。

 手紙に一言書いてさえくれれば、その時点ですぐにアホな使用人を解雇したものを。

 なぜ1か月近くも遠慮して、黙って耐えていたのか。

 

「頼むから、我儘を言ってくれ。昔みたいに俺を頼ってくれ。誰にも言えないなら、俺にだけで良いから。」


 ユリアは昔からこうなんだ。

 気が強いとか、しっかり者とか評されて、人の世話は焼くクセに、自分のこととなると無頓着で、耐えてしまうところがある。

 そんなユリアが、俺にだけは気を遣わず我儘を言ったり、反発して文句を言ってくるので、俺は特別なんだとうぬぼれていた。

 それは愛ではなかったようだけれど。


 家族としてでも良いから、我儘や愚痴を言ってほしい。

 お前のせいで私が酷い目にあったと、責めてくれたほうがマシだ。

 俺にだけは我慢しないでくれ。

 そんな他人みたいに、あなたは悪くないなどと言わないで。



「我儘……言っても良いの? セディ」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「じゃあ……私を。私をあなたの……」

「うん?」




ユリアが何かを言おうとしているのを、聞き漏らさないように集中する。

「……いえ。あの、じゃあお願いしていいかしら」

「もちろん」

「レオがあなたの帰りをずっと楽しみに待っていたの。だから明日からいっぱい、一緒に遊んであげてくれる?」

「もちろん。俺もそうしたいと思っていた」

「サンドイッチとミルクと紅茶を持って、裏の山にピクニックに連れて行きたいの。山の上の方の、浅い川でレオを遊ばせて」

「あそこか。小さい頃、よく一緒に遊んだところだな」

「それで……私も一緒について行ってもいいかしら」

「もちろんだよ、ユリア。もちろんだ」



 カミール、なぜ俺がユリア好きなのか、分からないって言ってたな。

 俺にだって、本当のところは分からない。

 だけどこの気が強いようにみえて、頑張り屋で、頑固なところはあるけれど、実は不器用な従妹が、俺には可愛くて仕方がない。


俺にだけ、こんな風にちょっとした我儘を言う従妹が、可愛くて可愛くて仕方がないんだ。


―――仕方ないだろう。








*****

「未亡人の恋」のお話は、これでお終いです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

空白の5年間の話を、またちょくちょく書いていきたいなと思うので、作品は「連載中」の状態にしておきます

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