⑦
数日後。
最低限の王都での仕事を済ませた俺は、社交シーズンの終わりを待たず、いち早くハウケ領に帰ってきた。
早くユリアのとレオハルトに会いたかった。
俺を王都に送り出して、代わりにハウケ領で孫育てを満喫していたハウケ伯爵夫妻は、1か月ほど前に、断れない筋の貴族から、カントリーハウスにご招待されて、今屋敷を不在にしているらしい。
手紙で報告を受けていた。
曰く、既に隠居をして老後を楽しんでいる大貴族が、「皆が王都に行ってしまって、このシーズンは寂しいのよ。ハウケ伯爵夫妻が残っていてくれて良かった!」と喜んで、なかなか帰してくれないらしい。
ハウケ伯爵夫妻の留守中は、夜中も対応する住み込みの子守りを雇ったと聞いているが、ユリアとレオハルトが寂しがっていないかが心配だ。
ハウケの領地に入ると、体から余分な力が抜けて、呼吸が楽になる感じがする。
馬車の窓をあけ、風を頬に感じながら、領の屋敷に着くのを今か今かと待ち焦がれる。
景色を見ていると、生えている木の種類や間隔、遠くに見える建物や池などから、屋敷が近づいてきたのが分かる。
ついに屋敷に着くと、待ちかねていた俺は、馬車から飛び出した。
ユリアはレオを抱いて、迎えに出てくれていた。
今日帰る事は伝えていたが、待っていて、馬車の音を聞いてでてきてくれたのだろうか。
嬉しくて駆け寄る。
「ユリア! レオ! ただいま」
「お帰りなさい、セドリック。王都でのお仕事お疲れさま」
「セー、セー」
家族として許される範囲で、ユリアに軽くハグをする。
ユリアに抱かれたレオが、俺に向かって手を伸ばしてバタバタしているので、ユリアが微笑みながら、引き渡してくれた。
受け取った数か月ぶりのレオを、ギューッと抱きしめて堪能する。
まだミルクの良い匂いがした。
「レオ。大きくなったな」
「あい!」
レオはもうすぐ2歳になろうとしていた。
最近は走り回るし、こだわりが出てきて大変らしい。
一緒にできる遊びもさぞ増えたことだろう。
ぷくぷくのほっぺは健在で、とても元気そうだ。
ユリアの方はどうかと目を向ける。
しっかりと化粧をしているため、会った瞬間は気にならなかったが、なんだか元気がない気がする。
寝不足なのか目が腫れぼったいようだし、いつもの活力がない。
思い出したくもないが、元クズ夫のプラテル伯爵の屋敷から追い出された直後も、たしかこんな顔をしていた。
あの時はプラテル伯爵に冷遇されながら、慣れない子育てを一人だけでしていて、誰にも頼れず心身ともに限界だった。
しかしなぜ、ハウケの屋敷にいながらこんな顔をしているのだろう。
まだ1歳のレオの面倒を見るのは大変だろうが、夜中に世話を交代する子守りもいるはずなのだが。
「ユリア。元気がないようだがどうしたんだ? もしかしたら、あまり寝てないんじゃ……」
「え、そうかしら。元気ないように見える? なにもないわよ。季節の変わり目で、少し体がだるいから、そのせいかしら」
「……そうか」
何事もないように、ニコリと笑って見せる。
そうだとしたら、しっかりと化粧をしているのがなぜなのか気になる。
ユリアは以前、レオにいつでも頬ずりできるように、化粧はできるだけしたくないと言っていたのに。
俺が今回の王都出張へ行く前は、来客のある時以外は、最低限口紅をひいたり、眉毛を刷く程度だったはずだ。
「さあさあ、中へ入って、ゆっくり休んでちょうだい、セドリック。こんなに早く着いたということは、お昼ご飯まだなんでしょう?」
「あ、ああ」
「一緒に食べようと思って待っていたの。あなたの好物をたくさん用意しているわよ」
「それは楽しみだ」
背中を押されるようにして、屋敷の中にはいる。
ユリアと食事を摂るため、急いで旅装から着替える。
カミールが手伝ってくれた。
「カミール。ユリアが大分疲れている様子なのが気にかかる。原因を調べておいてくれ」
「はい」
それだけ伝えると、俺はユリアとレオの待つ食堂へと急いだのだった。
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