数日後。

最低限の王都での仕事を済ませた俺は、社交シーズンの終わりを待たず、いち早くハウケ領に帰ってきた。

 早くユリアのとレオハルトに会いたかった。


 俺を王都に送り出して、代わりにハウケ領で孫育てを満喫していたハウケ伯爵夫妻は、1か月ほど前に、断れない筋の貴族から、カントリーハウスにご招待されて、今屋敷を不在にしているらしい。

手紙で報告を受けていた。

 曰く、既に隠居をして老後を楽しんでいる大貴族が、「皆が王都に行ってしまって、このシーズンは寂しいのよ。ハウケ伯爵夫妻が残っていてくれて良かった!」と喜んで、なかなか帰してくれないらしい。


 ハウケ伯爵夫妻の留守中は、夜中も対応する住み込みの子守りを雇ったと聞いているが、ユリアとレオハルトが寂しがっていないかが心配だ。

 ハウケの領地に入ると、体から余分な力が抜けて、呼吸が楽になる感じがする。

 馬車の窓をあけ、風を頬に感じながら、領の屋敷に着くのを今か今かと待ち焦がれる。

 景色を見ていると、生えている木の種類や間隔、遠くに見える建物や池などから、屋敷が近づいてきたのが分かる。



 ついに屋敷に着くと、待ちかねていた俺は、馬車から飛び出した。

 ユリアはレオを抱いて、迎えに出てくれていた。

 今日帰る事は伝えていたが、待っていて、馬車の音を聞いてでてきてくれたのだろうか。

 嬉しくて駆け寄る。

「ユリア! レオ! ただいま」

「お帰りなさい、セドリック。王都でのお仕事お疲れさま」

「セー、セー」


 家族として許される範囲で、ユリアに軽くハグをする。

 ユリアに抱かれたレオが、俺に向かって手を伸ばしてバタバタしているので、ユリアが微笑みながら、引き渡してくれた。

 受け取った数か月ぶりのレオを、ギューッと抱きしめて堪能する。

 まだミルクの良い匂いがした。

「レオ。大きくなったな」

「あい!」

 レオはもうすぐ2歳になろうとしていた。

 最近は走り回るし、こだわりが出てきて大変らしい。

 一緒にできる遊びもさぞ増えたことだろう。

 ぷくぷくのほっぺは健在で、とても元気そうだ。


 ユリアの方はどうかと目を向ける。

しっかりと化粧をしているため、会った瞬間は気にならなかったが、なんだか元気がない気がする。

 寝不足なのか目が腫れぼったいようだし、いつもの活力がない。

 思い出したくもないが、元クズ夫のプラテル伯爵の屋敷から追い出された直後も、たしかこんな顔をしていた。

 あの時はプラテル伯爵に冷遇されながら、慣れない子育てを一人だけでしていて、誰にも頼れず心身ともに限界だった。


 しかしなぜ、ハウケの屋敷にいながらこんな顔をしているのだろう。

 まだ1歳のレオの面倒を見るのは大変だろうが、夜中に世話を交代する子守りもいるはずなのだが。


「ユリア。元気がないようだがどうしたんだ? もしかしたら、あまり寝てないんじゃ……」

「え、そうかしら。元気ないように見える? なにもないわよ。季節の変わり目で、少し体がだるいから、そのせいかしら」

「……そうか」


 何事もないように、ニコリと笑って見せる。

 そうだとしたら、しっかりと化粧をしているのがなぜなのか気になる。

 ユリアは以前、レオにいつでも頬ずりできるように、化粧はできるだけしたくないと言っていたのに。

 俺が今回の王都出張へ行く前は、来客のある時以外は、最低限口紅をひいたり、眉毛を刷く程度だったはずだ。

「さあさあ、中へ入って、ゆっくり休んでちょうだい、セドリック。こんなに早く着いたということは、お昼ご飯まだなんでしょう?」

「あ、ああ」

「一緒に食べようと思って待っていたの。あなたの好物をたくさん用意しているわよ」

「それは楽しみだ」


 背中を押されるようにして、屋敷の中にはいる。

 ユリアと食事を摂るため、急いで旅装から着替える。

 カミールが手伝ってくれた。


「カミール。ユリアが大分疲れている様子なのが気にかかる。原因を調べておいてくれ」

「はい」


 それだけ伝えると、俺はユリアとレオの待つ食堂へと急いだのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る