第11話 誰かを見捨てたら、自分も誰かに棄てられる。本当に、その通りだな
ケヴィンはそれからも、足しげく孤児院に通っては、大人しく言われた仕事を手伝ってくれるようになった。
自分から仕事を見つけたり、誰かになにかを教えるのは苦手なようだけど、言われたことをやる能力は高い。
それに身体能力が高いので、それがとてもありがたい。
おかげでビートと一緒に、結構大掛かりな建物の修理をしてもらうことができたし、もう一つ欲しいと思っていた鶏小屋もあっという間に作ってくれた。
畑仕事も大工仕事も未経験だったのに、大したものだ。
「・・・なんだ?このジャム。庶民は皮まで食べるのか。」
「庶民というか、うちの孤児院だけですね。本当に食べ物に困っていた時に、敷地に実ったマールレードの実の皮を捨てるのがもったいなくって。なんとか食べられないかと薄く切って、湯がいて、煮詰めれば味に深みが出て美味しいって気が付いたんです。」
「・・・・そんなもの、伯爵である僕の食事に出すなよ。」
「今となっては、もったいないからじゃなくって、美味しいから作っているんです!」
その日々は、意外とアメリヤにとっても、楽しいと言えるものだった。
*****
そんなある日の事、孤児院に1人の赤ちゃんが連れてこられた。
プラテル伯爵領で一番大きなこの孤児院には、領内のいたるところから、身寄りのない子が連れてこられる。
もちろん赤ちゃんが連れてこられるのもしょっちゅうだ。
今回の赤ちゃんは、病気で両親が相次いで亡くなってしまって、育てる者がいなくて連れてこられたとのことだった。
―――ついにきたわね。
プラテル夫人にケヴィンを教育してほしいと頼まれた時から、避けては通れないと思っていたこと。
色んな人に赤ちゃんの育て方を教えてきたアメリヤは、絶対に、ケヴィンに赤ちゃんの育て方を教えようと、心に決めていた。
時間が掛かっても、煙たがられても、絶対に。
―――だってこの人、自分の子どもがいるんでしょう?
忘れそうになるけれど、ケヴィンには正真正銘自身の子どもがいるはずだ。
もう6歳か7歳になる頃だろうか。
もし6年前に、嫌がって逃げ回るケヴィンに、無理やりにでも、煙たがられても、絶対に諦めないで、括りつけてでも赤ちゃんの育て方を教える人がそばにいたなら・・・・。
プラテル伯爵領には今でもケヴィン様がいて、ユリア様がいて、レオ様がいたかもしれない。
もしかしたら他にもお子様があと何人か生まれていたかもしれない。
プラテル前伯爵夫妻も、お孫さんと遊びにちょくちょく帰って来ていたかもしれない。
あの今ではケヴィン1人しか住んでいないお屋敷に。
きっとキラキラとした領主様ご一家を、アメリヤは手の届かない人たちだと思って、一生関わる事もなく遠くから、胸をときめかせながら眺めていたことだろう。
*****
「この赤ちゃんを育てる責任者を、ケヴィン様にお願いします。」
「はあ!?無理だよ。」
「無理ではありません。やるんです。」
「・・・・本当に無理なんだ。」
心から困ったように、力なく呟くケヴィン様。
眉毛は垂れて、子犬のようだ。
今でもこれだけ可愛いなら、23歳か4歳の時のケヴィン様が困っていたら、誰もが優しくなぐさめて、無理しないで良いよと言ってあげただろう。容易に想像がつく。
「アメリヤは慣れているから大丈夫だろうけど、僕は赤ちゃんの泣き声って、本当にイライラするし、不安な気持ちになるんだ。思わず黙らせたくて、殴りたくなるくらいだ。僕は赤ちゃんを育てるのに、向いてないんだよ。」
「それは普通です。私だってイライラするし、不安になるし、口を塞いでやりたくなることもしょっちゅうです。」
「え!そうなの!?」
「助けてあげなきゃって思ってもらわないと生きていけないから、赤ちゃんの泣き声って、聞くとすごく不安な気持ちになるのかもしれないですね。」
アメリヤがそう言うと、ケヴィン様はとてもショックを受けたようで、声を掛けるまで呆然と佇んでいた。
プラテル伯爵の馬車を借りて、赤ちゃんを連れてプラテルの王都屋敷まで移動する。
ケヴィンは面倒をみるといっても、今まで通り孤児院に顔を出して様子をみるくらいだと思っていたようで、屋敷に連れ帰って夜も面倒をみてもらうのだと言ったら驚いていた。
「無理だ!絶対に、無理!」
「大丈夫です。大丈夫になるまで、私がずっとそばで教えますから。でもこの子の命の責任者はケヴィン様ですよ。」
「人には向き不向きがあるんだ!君やユリアは赤ちゃんを育てるのに向いているからできるのかもしれないけど、僕には・・・・。」
母親に言い含められたのか、後がないと思っているのか、アメリヤのいう事に意外なほど従ってくれるケヴィンだったが、この赤ちゃんの面倒を見てもらうということについては、頑なに嫌がっている。
相当な苦手意識があるらしい。
「じゃあ、どうするんですか、赤ちゃん。うるさいからって、放置するんですか?泣いても抱っこしないで、ミルクもあげないで、弱って静かになって、泣かなくなるのを待つんですか?」
「・・・・そうじゃない。そうじゃないんだ。向いている人が世話をすればいいと言っているだけで。」
「向いている人って、誰ですか。」
「だから君とか・・・・。」
その発言を聞いて、アメリヤの心の底から何かがこみあげてくる。
怒りだ。
本当にこの甘ったれのくず伯爵が!!!
「ねえ!!じゃあ私が辛い時、苦しい時は、どうすればいいんですか?目の前に、世話をしないと死んでしまう赤ちゃんがいて。時には5人近くいたこともあって。夜中は大人は私しかいなくて、ケヴィン様みたいに誰かに押し付けることもできなくて。私は生まれつき5人の赤ちゃんの面倒を見るのに向いているとでも言うんですか!?」
自分の子どもを産んだこともない私が。一人で5人の赤ちゃんをみて、辛くて悲しくて孤独に押しつぶされそうで、深夜に赤ちゃんを壁に叩きつけたい衝動と必死に戦っていた私が、赤ちゃんの面倒みるのに向いている人ですって?
違うわよ。やるしかないから、他に誰もいないから、やっていただけ。
「いやでも、君にとっては赤ちゃんが可愛いくて仕方ないんだろう?」
「可愛くなんてない!!赤ちゃんが5人も泣き叫んでて、フラフラで、可愛いなんて言ってられませんよ。私は!子供が可愛くて仕方がない聖母なんかじゃないんです。ただ目の前の命を見捨てる度胸がなくて、必死に食らいついていただけです。」
「・・・・でも・・・・じゃあ誰か他にも人を雇えば・・・・。」
「どうやって!!援助も一切打ち切られた孤児院で、どうやって新しい人を雇うって言うんですか!!?」
「援助が打ち切られた・・・・?・・・・あ!プラテル孤児院って。」
アメリヤの悲痛な叫びに、やっとケヴィンはなにごとかを思い出したらしい。
「思い出していただけましたか?この孤児院の援助金を打ち切ったのはケヴィン様。そして、なんとか自分たちでほんの少しだけ稼げるようになってきたら、それを税金として徴収しているのもケヴィン様です。」
「・・・・ゴメン。」
親に怒られた子どものように、ケヴィンは素直に謝った。
「それともう一つ。私が子供たちを見捨てられなかった理由ですけど。それは私が親に捨てられた経験があるからなんです。だから私は捨てないって、頑張ってたんです。この子たちを見捨てたら、私もまた、誰かに捨てられるような気がしたから。」
―――それももう、限界だったけど。
「ああ、確かに。そうだな。」
予想外にも、ケヴィン様は静かに深く頷いて、アメリヤの言葉に同意した。
「誰かを見捨てたら、自分も誰かに棄てられる。・・・・・・本当に、その通りだな。」
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