第10話 学年で一番モテたんだぞ

次の日、アメリヤはケヴィンを孤児院に招待していた。

アメリヤが孤児院に来てほしいと伝えると、ケヴィンは意外にもあっさりと了承した。


どうやら母親に、アメリヤのいう事をよく聞くようにとでも言い含められているらしい。




プラテル伯爵領は借金だらけの寂れた領だと言われていたが、蓋を開けてみれば領民はしっかりと働いて稼いでいた。

税金が重すぎるせいで不満や閉塞感はあるが、それでも押しつぶされていないのはやはり、出るお金も多いが、しっかりとお金が入ってきているからだろう。



収入面では問題ない。問題なのは「お友達」からの借金。

貴族間で正式な借用書がある以上、一方的に破棄もできない。

しかもプラテル伯爵本人が、まだ友人だと信じているのだ。これでは国の司法機関に訴えることもできない。




伯爵領経営のほうで少し行き詰まったアメリヤは、とりあえず今できる事から手を付ける事にした。



プラテル夫人に頼まれたのは、伯爵領の立て直しと、そしてもう一つ、ケヴィン・プラテルが自立するように教育すること。






―――うーん、依頼を受けた時はできそうだと思ったんだけど、よく考えてみれば教育なんて、私正式にはしたことないのよね。



常に50人前後の子ども達が生活する孤児院で、先生がわりといえばそうかもしれないけれど、正式に先生になる勉強をしたこともないし資格もない。

ただ子供たちを自分の力で生きていけるように、必死にできるだけのことを教えているだけだ。





でも巣立った子供たちが立派に成長して、自立して生きていることについては、自信がある。

そこで慣れた孤児院のほうにケヴィンを呼んで、とりあえずいつもの調子で孤児院の子ども達とひとまとめに面倒をみるという作戦に出ることにしたのだ。



孤児院の子ども達と同じように。生きるための技能を学ばせたり、下の子の面倒をみたり、喧嘩したり、時には譲ったり。


人として暮らしていくのに必要なことは、大体ここに揃っている。










「さて、じゃあとりあえず、ケヴィン様には裏の畑仕事を手伝ってもらいましょうか。」

「なんだって!?この僕が??」

「ええ、そうです。ビート!悪いけど、ケヴィン様に仕事を教えてあげてくれる?」

「はーい。」




14歳のビートは、体格もほとんど大人と変わりなく、この孤児院の貴重な戦力だ。

力もあるので大工仕事なども得意にしていたが、最近ではアメリヤを手伝って、孤児院の経営の方の手伝いをしてくれるようになってきた。


17年間孤児院で働いてきて初めて現れた、アメリヤの仕事を手伝ってくれる頼れる弟分だ。



「なんだって僕がそんなことをしないといけないんだ!領主がこんな畑仕事をしている場合じゃないだろう。伯爵領の仕事をしないと・・・・。」

「伯爵領の仕事は、ちょっとやそっと滞ったところで問題ないくらい順調です。それよりも、この畑を耕すことのほうが大事なんです!!!」


伯爵領の仕事は順調で、屋敷にいる使用人が代理で裁いていても問題ないくらいだ。大問題なのが借金だけれど、それだって1日や2日でどうこうできるものではない。



「こんな畑を耕す事のなにが大事なんだ!どんなに頑張ったって、たかが数十万ダリル分の野菜が採れるくらいだろう!?何人がかりかで何十日も働いて、ほんの数十万ダリルにしかならない。領主の仕事の方が大事に決まっている!」

「いいから!!さっさと言う事を聞いて耕してください!!プラテル夫人から私のいう事を聞くように言われているのでしょう!!?」

「・・・・お母様はなんでこんなやつのことを・・・・。」



なんとプラテル夫人の名前を出したとたん、ケヴィンが大人しくなってしまった。いい年しても、お母さんのいう事は絶対らしい。

助かるけれど、この人をこれから自立させなければいけないのかと思うと、憂鬱だ。





それにしても、ケヴィンは一目見ただけで畑の規模感とそこから得られる大体の収入の目星をつけたようだ。やっぱり頭は悪くない。








*****







「今日の畑仕事は終わったよー。」

「え、もう?」



孤児院の食糧のチェックをして、1週間分のメニューを考えていたアメリヤの元に、ビートが報告にやってきた。ビートの後ろには質の良いズボンの袖を土で汚したケヴィン様の姿もある。



「今日は畑全体に肥料を混ぜ込んでいく予定だったでしょう?力仕事で大変なのに。」



鍬を使って、畑全体に肥料を混ぜ込んでいくのは大変な作業だ。土を掘り返すのも大変だし、撒く肥料だって軽くない。



「うん。プラテル伯爵が大活躍でさ、助かったよ。」

「ケヴィン様が!?まさか、畑仕事なんてしたことないでしょうに。」



ケヴィン様のほうをみると、無理やり畑仕事をさせられたにしては、何故か少し嬉しそうな顔をしている。なにやら達成感みたいなものを感じているようだ。



「ふん、この程度の事、余裕なんだよ。小さい頃からスポーツが得意だったし、今でも体を鍛えている。学生時代は学年で一番モテたんだぞ。」



学生時代は一番モテた。


それがどの程度すごいことなのかは、学園に通ったことのないアメリヤには分からないが、どうやら結構すごいことらしい。

分かるのは、畑仕事のために上着を脱いだケヴィンは、本人が言うだけあって、意外と体格が良いということだった。



「そうなんですね。孤児院は私とビート以外は年配の職員さんと、あとは子どもなので、力仕事ができる人がいてくれると助かります!」


完全にお荷物だと思っていたプラテル伯爵、意外と使えるかもしれない。


「そ・・・そうか。」


褒められたプラテル伯爵はまんざらでもなさそうにしている。



「では次は、子ども達に計算を教えていただけますか?そろそろ1人でも計算して買い物に行けるように、教えてあげようと思っている子達がいるんですよ。ここに1週間分のメニューを考えたものと、そして今ある食糧の在庫が書かれています。1週間分の食事の予算はこれ。市場の物価はリズが知っています。」

「こんなことをして、一体なんになるんだ。」

「生きていくのに、とっても大事なことじゃないですか。・・・・ジョー!リズ!お兄さんが計算を教えてくれるわよー!」



「はーい。」

「えー、やだー。ビートかアメリヤが教えてくれよ。」



リズは素直に返事をするが、ジョーは初めて見る大人を警戒して嫌がっている様子だ。



「じゃ、この部屋使って良いんで、お願いします、ケヴィン様。」

「お願いしますって・・・・ジョーってやつは嫌がってあっちに行ったぞ?連れて来て座らせろよ。」

「その連れてくるところから、ケヴィン様がお願いします。」



そう言うとアメリヤは、さっさと次の仕事に取り掛かる。

もっと畑仕事が長引くだろうと予想していたので、今週の買い出し分の計算を教えるのは、本来ならそのままアメリヤがやるつもりだったのだ。


「いやー、本当に助かったわ。」








*****







「ほら、今週の買い出し分の計算できたぞ。」

30分もしないうちに、ケヴィンがリズを連れて報告にやってきた。



買い出しメモをチェックすると、メニューに合わせた食材が、ちゃんと予算内に収まるように計算してリストにしてある。


「おお~、素晴らしいです。これこのまま使えますよ。リズ、ちゃんとケヴィン様に市場での値段を教えてあげたのね。エライ!」

「うんっ。いつも誰かと一緒に買いに行くから、大体の値段は分かるよ。」



まだ7歳になったばかりのリズは、素直で優しくて、よく働いてくれる。

まだ計算は苦手なので1人でおつかいには行けないが、誰かと一緒に、よく買い出しにいってくれるので、モノの値段にはアメリヤより詳しいくらいだ。


ジョーはもう9歳で、力もある。大工仕事にはまだ早いけれど、リズと組めばちょっとした買い物なら、この2人に任せられるだろう。



「ところでこのリストの字、誰の字ですか?リズのじゃないですよね。ジョーもいないですし。」

「僕の字だよ。僕が計算したほうが速いからね。やってあげたんだ。完璧だろう?」



やはりそうか。計算の苦手な子に教えながらやったにしては、ずいぶん早いと思ったのだ。



「ケヴィン様。私がしていただきたかったのは、買い出しの計算ではありません。買い出しの計算を、リズやジョーに教えていただきたかったのです。」

「同じことだろう。リストがきちんとできたんだから。僕がやればすぐにできる。」




「私だって自分でやれば10分で終わるんですよ。それを時間を掛けて教えるんです。そうしないと次が育たないし、全ての仕事を、全部ずっと自分でやらないといけなくなるでしょう?私が頑張って孤児院で全ての仕事をやってあげたとしても、じゃあなにも教えてもらわなかった子は、この孤児院を出た後にどうやって生活していくんですか?買い物の計算もできないままで。」


「・・・・・。」


子どもに仕事を教えるよりも、全て自分でやってしまったほうが、楽なこともある。

でもそれでは永遠に全ての仕事を自分がしなくてはいけないし、子ども達の生きる力を奪ってしまう。

なにより、最初に頑張って教えてしまえば、子どもだって立派な働き手になってくれるのだ。



「誰かの仕事をやってあげてしまうことは、ある意味簡単なことかもしれません。でも違うんです。その子の為を思うなら、時間が掛かっても、煙たがられても、教えてあげるのが大人の役目なんですよ。」


「・・・・・。」



ケヴィンはなにかを言おうと何度か口を開きかけたけど、結局は閉じて、何も言うことはなかった。


何かを考え込むようにしばらく黙り込んでいたケヴィンは、「今日は帰る」と言って、颯爽と馬に乗って帰って行った。



美しい毛並みの貴族用の馬に跨るケヴィンの姿を見て、子ども達から歓声が上がる。

「伯爵様、かっこいい!」






今となっては評判最低最悪のケヴィンは、アメリヤが働きだした時、17年前はそれこそ憧れの人だった。

可愛らしくて、スポーツもできて、領民期待の、自慢の跡継ぎ様だった。

実は何回か、この孤児院に慰問に来てくれたこともあった。



その時も、颯爽と馬に跨るケヴィン様の姿に、当時の子ども達が歓声をあげたものだった。



―――やっぱり貴族ね、動作が優雅で、かっこいいなぁ。



すっかり忘れていた。

10歳の時、初めて見た3歳年上の伯爵令息が、馬に乗って帰っていく姿。

それが今の30歳のケヴィン様の後姿と重なって見える。


あのしなやかで、弾けんばかりにキラキラと輝いていたケヴィン様が、最低最悪のくず伯爵と呼ばれる日がくるなんて、一体誰が想像しただろう。

少なくとも、頬を染めて、ドキドキしながら後姿を見送っていた10歳のアメリヤには、そんな想像がつくはずはなかった。








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