グッバイハニー! もう二度と会わねえけど!

 というわけで。

 何とか王女様へのアプローチを成功させ、無事帰宅を了承させることが出来ました。

 いえー! 勝訴勝訴ー! 

 始まる前は山ほど懸念はあったけれど、終わってみれば大勝利といっても過言ではないくらいだぜー!

 

 まあ強いて気になった点と言えば、婚約の辺りが想定よりそれっぽくなってしまっていた所かな。

 まあでも、所詮は十歳の現実も知らない子供同士が交わした口約束。

 俺詳しいんだ。如何に俺が引き摺ろうとも、五年も経てば女側はすっぱり忘れて次に行っちまうって。前世でも初恋の幼馴染がそうだったからね。


 そんなこんなで時間は六時前。洞窟を出る頃には、朝日君はすっかり昇ってしまっていた。


「本当によろしいんですか? 一度森へ帰って休息をとった方が……」


 ああ、いいっていいって。気にしないで、負傷したわけじゃないしさ。

 決してお冠な女王が怖いとかあの森に戻りたくないからとかそんなんじゃないから。……本当だよ?


「……分かりました。覚悟を決めた夫の旅立ちにこれ以上の言葉は無粋。ここでひとまず、ローゼリア達の冒険は区切りと致しましょう」


 納得してくれたようで何より。

 しかし夫と呼ぶにはまだ五百歩くらいは早いんじゃねえかな? ほらっ、これから俺なんぞが霞んで吹き飛ぶくらいには魅力的な男が白馬に乗って訪れるかもしれないしさ?


「……あの、貴方様。最後に一つお願いを聞いて欲しいのですが」


 ああうん、何かなハニー? 後ろめたさもあるし、可能な限りは応じるつもりだよ?


「どうか最後に握手を。貴方様の温もりを持ち帰りたいのです」


 あら可愛らしい。言い回しがちょっと微妙だけど可愛い子が言ってるからセーフってことで。

 その程度ならいくらでもと、利き手である左を差し出すと王女様は両の手でぎゅっと握りしめてくる。

 随分と柔くすべすべとしたお手々だこと。まるで焼いた直後のお餅と大理石のいいとこ取りみたいだ。


 こっちから放すのもあれだし、満足いくまではこのままでいよう。

 そう思った矢先、微細ながら不思議な感覚が手から全身へ伝っていくのを感じてしまう。

 何だこれ。まるで輸血でもされてるみたい。されたもことないから憶測だけど。

 

「貴方様にローゼリアの祈りを。どうか健やかなる歩みを」


 お、おう……? まあ害するものでもなさそうだし、別に気にせんでもええか。

 

「──さて! それではこのローゼリア、ここでお暇させていただきます。……なるべく早く迎えに来てくださいね?」


 満足したのか手を放し、そのまま俺の頬へ軽く唇を落とした王女様。

 急すぎる不意打ちにドキッとしていたその一瞬に、王女様の全身を鮮やかな緑の魔力が包み出す。


緑の精よシルフィ主を戻るべき場所へファストラベル


 彼女は言葉を紡いだ直後、緑の魔力は突風へと変わり吹き回る。

 そして次の瞬間、風に包まれた彼女は最初からそこにいなかったように姿を消した。


 ……転移それ使えたのかよぉ。使えんなら先に言っておいてくれよぉ……。


 これまでの全部が徒労でしなかったと、その事実にその場へへたり込んでしまう。

 確かに転移魔法ワープGHグラホラにもあった。あったけどさぁ……。

 つまり何だ? 王女様にとってこの一夜は暇潰しの散歩でしかなく、帰ってもらうためにここまで策を講じる必要もなかったってことか? 冗談きついぜおい。


 勝手に壮大な一人相撲。くすくすと笑う彼女が脳裏に浮かんで仕方ない。

 果たしてどこまで行こうとあの幼女の掌の上。もしかしなくとも、最初から最後までそうだったのかもしれない。

 ああちくしょう、前世でも未消化なファーストキッスだったのに。

 いくら美幼女といえどまさかエルフに持っていかれるとはなぁ。……落ち込むわぁ。


 思いの外ダメージを受けたらしく、すぐに立ち上がる気にもなれず。

 しばらく──夜明けの空が澄み渡る青へと完全に色を変えるくらいへこんだ後、ふと思い出したように懐に手を入れ、先ほど手に入れた戦利品を取り出して太陽へと掲げる。


 水晶が如く透き通り、それでいて尚鮮やかな翡翠を保つ神秘の石。

 前世の金持ちしか行かない宝石店ランジェリーショップでもお目にかかれないであろう生粋の宝。空想の中にしかなかった、宝の中の宝と呼ぶべき至宝が俺の手中にある。

 その充足はこれまで感じたどのような満足よりも強く明確で。

 まるで己の中の空洞に一つ確かな欠片ピースが埋め込まれたと、そう思えてしまうほど。

 

 ──これが俺の最初の宝。俺が生きたと示せる、確かな最初の価値。


 うへへ。うへへへへっ。……うへへへへへへっ。


 いつまで経とうが止むことのない、到底人に聞かせられない醜く浅ましいにやけ笑い。

 俺の宝。俺だけの宝。何も為せずに死んで生まれ変わった、愚かな俺の始まりの一歩。

 所詮は俗物。だから良いじゃないか、こうしてげすな三下みたいに頬も口元も緩ませたって。


 だがまあしかし。ここは目的達成のエンディングの最中ではなく、所詮は一区切りなれば。

 所詮旅はまだまだ序の序でしかなく。

 なればこそ。いつまでも、それこそ死ぬまで浸っているわけにもいくまいて。


 勾玉を仕舞い、その代わりに懐中時計を確認したのと同時に腹の虫も鳴り出してしまう。

 例え一冒険終わろうと、腹は変わらず減るもんだ。ついでに喉も渇いたしね。


 どっこらせと立ち上がり、まだ少しだけ痛む体をほぐして旅立ちの支度を調える。

 さあてどちらに進もっか。起立したはいいものの正直迷っちまう。

 せっかく宝を見つけてうっきうきなんだ。当初の計画通りにロマンシアへ向かうのも味気なく、けれど当てもなくぶらぶらと彷徨いたくもない。さてどうしたものか。


 うーん。うーーん。……おっ、じゃあこうしようっと。


 その思いつきはまさに青天の霹靂と、俺の脳みそを褒めちぎりながら相棒クロを地面へと立てる。

 倒れた方角に歩けば理性も好奇心も満足する。うーん俺ってば超天才! 流石は転生者!


 自画自賛を相棒クロから手を放せば支えを失い、思惑通りにこてんと倒れてくれる。

 うーんこっちは多分……北? うん、まあ北ってことで! はいけってーい!


 北かぁ。うーん寒そう。けどいろんなものがあるし楽しみだなぁ!


 とりあえず道中の村やら街で防寒着でも買おうと決めながら、のんびり足を動かし始める。

 最初の冒険は上々。けれど俺の人生を賭けた宝探しはまだまだ始まったばかり。

 全ては前世かつてや今世の母のような寂しい死ではなく、己が欲のままに生きて華やかな最期を飾るため。

 

 百の宝を追い求める宝漁りの道はまだまだ始まったばかり。

 あえて言うとするならば、俺の冒険はここからだっ!! ……ってね?


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読んでくださった方、ありがとうございます。

申し訳ないですが、ここまでで完結とさせていただきます。また次回頑張ります。

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最期を飾る財宝ハント!~知ってるゲームっぽい世界に転生してしまったので、百の宝に囲まれるために冒険することにしました~ わさび醤油 @sa98

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