チートありきでも倒せません
巨人のなり損ないに挑まんと構えた俺とローゼリア。
開戦の火蓋を落としたのは既知の俺でも応戦者の巨人でもなく、最も小さいエルフの王女であった。
「
巨人に炸裂したのは、ローゼリアの声に応えて出現した炎で形成された五つの矢だった。
俺の照明程度の火より遙かに熱気に溢れ、着弾して尚囂々と盛る業火。
まるで火の精霊が踊るかのような勢いの火矢に、俺はごくりと唾を呑み込んでしまう。
……なるほどね。あれがローゼリア・リタリス・コングラシアの
熟練の魔法使いが
例えばニャルハ・ジッハの場合、戦闘中にダメージが蓄積していく
例えば人気ランキング一位の聖騎士長アリス・ギャップが持つ
例えば
例えば商人ルートの運要素であるボマ・タニーの
誰しもが持っているわけではない、戦闘に限らず様々な所で有効活用出来る専用技。
身も蓋もなく言ってしまえばネームド特権みたいなものだ。まあ
……あ、ちなみに俺にはないよ。主人公じゃないし、覚醒とかはしないんじゃないかな。
「さて、まずは一撃。これで終幕……なんて、当然そんなわけないですよね」
まあ何はともあれ。やはりローゼリア、彼女は本物であると少しだけ安堵を抱きつつ。
それでも一切の警戒を解くことなく、相棒を握る力を一層強めながら炎──その奥にて変わらず動く影を見つめ続ける。
そうともよく分かってる。これで終わりなはずないじゃないか。
こいつはあの墓守の遺産。
如何にローゼリアの魔法と言えど、たった一発で終わるのなら俺はここまで死を覚悟してこの戦いに臨んでいない。というかそもそも、こいつ魔法効きにくいボスだったしね。
「しかし手応えがなさすぎます。火、いえ魔法に耐性でもあるのでしょ──」
刹那、聞き覚えのある重い咆哮が大部屋に木霊し、咄嗟に耳を塞いでしまう。
まるで花火を目の前で炸裂させたみたいな叫びは、鼓膜を貫きその奥の器官まで押し潰さんと轟く音の爆弾に他ならない。
こんなの予想していなかった。音量制限なんか存在しない
──まずい来るッ、一旦散開するぞッ!!
今より丁度三歩ほど右、まさに先ほどまで立っていた場所の地面に亀裂が走ったのは。
通称確殺コンボ。箱守の遺産を相対した際、最初に拝むことになるであろう初見殺し。
咆哮によりプレイヤーをスタンさせ、その数秒に鉈を振るい衝撃を飛ばして縦に両断してくる。ただそれだけという、単純にしてこの上なく厄介な奴の十八番みたいなものだ。
実際俺も前世では慣れるまでは手を焼いた。初見の
「
俺よりも華麗に回避し、更に杖を振るい詠唱を紡いでいくローゼリア。
温度は一気に低下し、上空に回る青い光の中心で徐々に大きくなる氷の塊。
氷塊はやがて巨人を凌駕する大きさへと到達し、そのまま支えを失ったかのように空から落ちて巨人へと激突する。
……隕石かよ。出鱈目過ぎねえかこの幼女、まだ十歳だよな?
「手応えはある、と。なるほど、魔力を弾くだけで現象自体は効果あり。でしたら先の炎は純粋に相性の問題、
大鉈で砕かれる氷塊を前にしながら、欠片も動じず冷静に分析を続けるローゼリア。
凄いね。まだ出だしなのにほとんど当たってるよ。あいつ魔法耐性高いんだ、特に赤属性関連。
ま、あっちはひとまず大丈夫そうなので、そろそろ役割を果たすべく逝くとしましょう。
心は特攻。己を奮い立たせ、勢いよく地面を蹴って巨人の元へと駆け出していく。
攻撃パターンは覚えている。ゲームじゃないんだしその通りに動いてくれるわけじゃないだろうが、それでも一応の
信じろ俺。身を委ねろ俺。今の俺ではなく、かつて何度も繰り返した経験を。
攻撃の軌道も知っている。癖も知っている。ならば避けられない道理はない。
大丈夫。足りない部分は適当な俺らしく、度胸と
こちらの意図通り、巨人は迫るこちらを優先し、鉈を包丁のような軽さで振り回してくる。
当たれば両断は必至。だが所詮は牽制、直線的すぎる軌道の対応などドッジボールと大差ない。
右、右、左、右、小さくジャンプ! くるりと回ってから、全力で跳び上がって上からドーン!!
──駄目だこれ! 固すぎるッ!!
咆哮に負けじと響いたのは、鈍く手応えのない音。
落下の勢いを乗せ、思いっきりクロを叩き付けるが、巨人の頭を砕くことは叶わず。
それどころか、クロを握っていた腕が千切れたと錯覚するほどの激痛に襲われながら、勢いを失った体が無防備に空を落ち始めてしまう。
くそっ!! わかってはいたが、ここまで固いとはッ!! 流石はあの数値の暴力だぜッ!!
こちらを掴もうとしてきた腕を蹴り、足場に変えて強引に地面へと着地する。
ああくそっ、腕はまだきつい!
どうにかクロは空中で拾い直せたが、それでも利き手で振るには少し時間が必要だろう。
更なる追撃を紙一重で躱しながら、どうしたものかと考える。
やはり今の俺じゃ全力でも碌なダメージにならない。悔しいが、それは認めざるを得ない事実だ。
となればやっぱり攻略法は一つ。
「
鉈に意識を割きすぎてしまい、振るわれた巨人の拳に潰されると寸前。
心地好い風の音は俺を包み、拳が届くよりも前に俺の体を後ろへと押し出してくれる。
強くも柔らかい風。まるで風が意志を持って俺を抱きしめているかのよう。
その勢いを享受しながら数歩跳び、巨人の間合いから抜けだしてローゼリアの側へと辿り着く。
ありがとう助かった。今、まじでミンチになる所だったよ。もーローちゃん大好き♡
「え、ええ!? ……おほんっ、お気になさらず。
そうかい?
「それで突破口はおありで? 遠近共に死角なし。このまま闇雲に戦ったところでジリ貧ですけど」
それはそう。というかそもそも二人でもまるで足りていない。
まったくまいっちゃうよね。迫力、攻撃、耐久の全ては想像の百倍以上も上だったんだもん。
とはいえ打開策は当然ある。まさに起死回生、一発逆転のどんでん返しってやつが。
──だから一つお願いがある。あいつを、一瞬だけでも停止させられないか?
「……それは難しいと思います。あの膂力では拘束も引き千切られてしまうことでしょう。お母様なら不可能とは言いませんが」
まじかよ凄えなお母様。まあ確かに、あの別格っぽい女王なら余裕かもしれんけど。
まあでも大丈夫よ。ただの拘束であいつを食い止めるには足りないのは
一時的でもこいつを止める手段。それはどこかを損傷させた際にまれに生じる、数秒間の
魔法は完全に通じないわけじゃなくあくまで耐性が高いだけ。それを上回る魔法があれば突破は可能なのだ。
そしてその鍵はより高い火力を出せる人。──つまり俺ではなく君だ、ローゼリア。
「……なるほど。
信頼かぁ。ははっ、そういうのは重いから背負いたくはないなぁ。
だが応ともよ。生憎泥に近いが、それでも舟自体は出せるからさ。信用してくれると嬉しいな。
「でしたら一分くださいな。その完遂を果たせるのなら、未完ながら
にこりとこちらへ微笑み、そして自身の魔力を急激に高め集中し出すローゼリア。
巨人の矛先──意志のないはずの視線が真っ直ぐと彼女に向けられたのを実感し、俺も魔力を高めて己を強化していく。
こっちは眼中になし、か。まあさっきので見極めは済んだってやつかな。……舐めやがって。
──いいぜ、精々無視してろよ。腕の痺れも取れてきたし、第二回戦開始だぜ?
先ほどまでとは違い、魔力効率などお構いなしに全開で地面を蹴り出す。
一分間で燃やし尽くす過剰強化。この瞬間だけは、俺は一つ先のステージまで到達出来る。
さあこっちを見やがれデカブツが。先に倒さなきゃ鬱陶しい蠅が、お前の周りをぶんぶんと飛び回ってるぜ?
嵐のように荒れ狂う鉈。空気すら裂き、固い地や壁すら砕く拳と足の重撃。
それらを壁を蹴り、巨人を叩き、踊る道化のようにひたすら躱し、何度も何度も相棒を叩き付ける。
強化しようが変わらず腕に掛かる反動。それどころか、強化の負担で一撃ごとに度し難い苦痛が全身を奔ってしまう。
激痛で相棒を落としそうになる。足も手も止め、蹲って悶えてしまいたくなる。
けれどそれは許されない。一人ならともかく、今の俺はあの王女様に任されてここにいる。
前世から今世まで、何処まで行こうが自分勝手なクズ。そんなことは百も承知。
それでも向けられた信頼くらいには応えたい。俺の
さあどうだ鬱陶しいだろう? 心なんてない機械風情でも疎ましく思えるだろう?
後にも先にもこんなにみっともなく踊るのは今日だけだぜ? 特別ライブ、盛大に楽しみな?
「──収束完了五秒前。離れてくださいッ!!」
最早時間など考慮せず時間稼ぎを続け、そして次第にほぼ限界間近になったその時だった。
大部屋に響いた可憐な声。それと同時に跳び上がり、大鉈を蹴って強引に横へと転がり逸れる。
ローゼリアを中心に吹き荒れる、嵐と見紛うほどに膨大な魔力。
眩いほど輝く三色の光は溶け混ざり、汚れのない真っ白な輝きを放つ極小の球へと変貌した。
さあ魅せてくれよ。
「
そして彼女の手元から一気に放出された白光は、三色を帯びた流星となって巨人へと突き刺さる。
両腕の防御を貫通し、そのまま腹を貫き奥の壁まで到達する光の槍。
光は消え去り、バチバチと弾ける電気の音を鳴らす巨人を前に一瞬呆然とするも、すぐに巨人の頭へと駆け上がり口の中に手を突っ込み目的の物へ手を掛ける。
──あった非常スイッチ!! これを押せば、停止してくれるはず……!!
手探りで見つけた凸部分を強く押し込むと、今にも再起しそうであった巨人は音を無くし、ついに完全に制止する。
数秒経ち、それでも動こうとしない巨人にようやく胸を撫で下ろしながら着地し──足の制御が効かず、そのまま地面へ倒れ込んでしまう。
あー痛い。全身が肉離れ起こしたみたいに痛い。痛すぎて涙が出ちゃうんだけど。
しっかし凄い魔法だったなぁ。何つう火力だよ、あれ。
彼女が放ったのは
腕を飛ばしてくれれば充分だったんだが、まさか腹まで貫くとは思わなかった。
これで未完成だというのだから恐れ入る。もしもこの
「……そこのと同じで随分ボロボロですね、貴方様?」
驚嘆と生存の安堵に浸りながら横たわっている俺に、近づいてきていたローゼリアが顔を覗いてくる。
近い近い。チューしちゃいそうだから離れて。十歳にそういうことはまだ早いんですからね?
「しかし無事で何よりです。このローゼリア、心より賞賛いたします」
どうやら王女様のお気に召す働きは出来たようだ。
生憎まだ起き上がる気力も体力もないけれど、それでも何故か頬が緩んで仕方ない。
嗚呼、褒められるって久しぶりだな。……やべっ、笑うだけで痛みびりびりだわ。
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