墓守の霊安堂
手持ちの明かり以外に光はなく、不規則に滴る雫と俺達から発される音が響く道を歩いていく。
こういう暗い場所にいるとき、自分の適性が赤属性で良かったとつくづく実感する。
戦闘中は持ってきた枝を燃やせばいいし、消したければ自分の意志であら簡単。
酸欠とか怖いし実戦で活用できるほどの練度もないが、それでも常にライターを持っているようで便利極まりない。青属性であれば水とか出せたんだろうけどね。
「……ありませんわね、戦闘。ちょっと拍子抜けです」
ローゼリアはその小さな手で細い枝を握りながら、ぽつりと現状への不満を漏らしてくる。
敵なんていない方が良いと思うんだが。まあそこは刺激欲しさに森から出た王女と小市民な俺の差なのか。
まあでも獣の気配はないのは恐らく仕様。ゲームでも通路でも戦闘はなかったはずだし、ここは何かが住み着くような場所じゃねえからな。
ローゼリアには黙っているが、
霊安堂。つまりここは古代の人の手が届いた完全な天然ではない遺跡的な場所。少なくともゲームをプレイした俺、というかネットの考察班達はそう捉えていた。
別に根拠がないわけではない。というかここに来た大体の人は察すると思う。
壁にはよく分からない絵やら読めない文字に、奥にいるあれとお宝達。
いずれも自然発生ではあり得ない代物。これだけ材料があれば、考察などせずとも人工的な場所なのだと何となくでも考えるだろう。
だからここに獣の臭いや気配がないのも納得ではあるのだ。
まあゲーム内では明記されてはいなかったので、あくまで推測に過ぎない面があるのは否めないが。
ともあれ戦闘がないのは良いこと。ここに罠もなく、ダンジョンとは思えないほど簡素な造りで簡単な罠しか設置されていないし、そこまで苦労なく奥へと辿り着けるはずだ。
……え、それじゃあ王女様は満足しないだろうって? まあ大丈夫だよ、その分奥が辛いから。
「これは……歴史? 失われた先史、かつての大戦の軌跡……?」
まあ肝心の王女様は壁に描かれた謎の文字と絵に夢中のようだし、俺の心配なんて杞憂に終わりそうだが。
懐かしい。これ絵のおかげで何となくは分かるんだけど、詳細はゲームでも読めなかったし解読班も匙を投げたんだよなぁ。正直サイズが増したくらいで大差ねーや。
これ、送られてきた通信教材でやったところだ! ……なーんて知識無双は出来ず。
同行者へのマウントのため、雑な考察で済ませるんじゃなかったと少しだけ後悔しながら先へ進んでいく。
あ、あの絵メロンみたいな形してるなぁ。久しぶりにメロン食いたいなぁ。メロンってこの世界にあるんかなぁ。
「……ん、この格子は?」
そうして在りし日のフルーツの味を思い出しながら歩いていると、王女様が疑問を露わにしてくる。
奥に続く暗闇への道を阻むのは、錠はあるのに鍵穴がない無骨な金属格子。
こんな洞窟で欠片の劣化も見られないし、多分叩けば外れる程度の鉄ではないのだろう。
まあ材質なんてくそほどどうでも良い。この格子がお宝というわけでもないし、どうせ二度とここには来ないのだからいちいち気にしてやる義理もないしね。
しかしあれだね。この奥ってこんな感じだっけ? ……まあいいや、記憶違いかな。
では王女様? お手数ですが、そちらの錠部分に手を当ててくださいな。
「こうですか? あ、開いて、しまいました……」
がちゃりと音を立て、押すことすらなく開いた格子の扉に呆気にとられる王女様。
まあ俺は驚かないよ。この開け方も
懐中時計を取り出し時間を確認してみれば、まもなく探索開始から三十分ほど経過している。
よしよし順調。後は最初にして最後の関門、待ち受けるあいつだけ。
何かの間違いで止まっていてくれねえかなぁ。でも
幼気な幼女にレディーファーストとは言うわけにはいかないので。
せめてもお詫びだと俺から先にと跳躍で奥へと侵入し──その境をくぐり抜けた刹那、視界に広がって景色は一変してしまう。
あれほど黒いだけだった洞窟は、岩の名残すら見られない無機質で整った灰色へ。
それだけじゃない。臭いや空気、気配までもがらりと変貌してしてしまっている。
まるでどこかの研究室に続く廊下。直面したジャンル違いに、知っていたとはいえども驚きを隠せない。
はーなるほど。多分この格子の仕業、大方外から見えた奥は
ゲームではロードを挟む場所ではあったのだが、まさかこんな風に処理されるとは。
しかし凄いねファンタジー。インターネッツという娯楽を対価に、少年の心を擽る演出が山盛りだ。
「な、なんですここ……!? まさか、外から見えていたのは幻覚……!?」
お、どうやら王女様もこっち側に来たらしいね。
どうだ凄いだろう? 思わず声も出ちゃうってものだろう?
ほらくるしゅうない、もっと盛大に驚くが良いさ。まあ俺の手柄や功績でも何でもないけどね?
「まさかこの格子自体が魔道具……? 先ほどの壁画といい、やはりここは前文明の遺産となのでは……!?」
何か深く考察している所悪いんですが、時間も押しているのでそろそろ進みましょう。
マジでこっからが本番なんです。真面目に貴女が頼りなんですから本当にお願いしますよもう。
足を動かし先へと進む度、ようやく緊張と恐怖が現実味を帯びてくる。
前世と違い、死が怖いのはやりたいことがあるからだろうか。それとも一度死んだからだろうか。
気持ちの源泉などどうだっていいが、どうせなら前者であってほしくはある。我ながららしくない、前向きな感傷だ。
そうしてついに通路は終わりを迎え、また一つ格子が俺達を阻んでくる。
何も知らないローゼリアは躊躇いなく、俺の不安などお構いなしに指を伸ばして錠を解き、扉はついに開かれてしまう。
「あら、緊張なさって?」
当然だろ? 怖いもんじゃいつだってどこだって怖いんだから。
っていうかお前もご自慢の
「残念。
口元を隠し、くすくすと俺を笑うエルフの王女。
いいね、元気が出るよ。
背中に背負っていた相棒を抜き、深呼吸で精一杯落ち着いてから前を見据え、ゆっくりと中へと踏み出す。
中は今までとは比較にならないほど広く高く、しかし何かがあるわけでもない大部屋。
その中央にやつはいた。かつての
「あれは……魔道具? いえ、それにしては
ローゼリアが驚くのももっとも。何故ならあれは、魔道具であって魔道具ではない──
俺が二人いても半分にも満たないほど巨大、そして重厚な金属にて構成された体躯。
巨体はエンジンを掛けた車のように大きな音を立て、自らの体を揺らしながら立ち上がり、側に置かれていた装飾一つない大鉈を持ち上げ咆哮を上げる。
「まさか、あれは
無意識であろう。ローゼリアが霞むような薄さで口に出したのは、驚愕と唖然と混ぜたようなあのデカブツへの第一印象。
だがそれは正解であって正解ではない。その核心の僅か手前で止まってしまう答えだ。
どこまで行こうとあれは機械。巨人ではなく巨人を模し、巨人を目指した先人達の技術の結晶。
そして同時に、グライドホライゾンにてこいつは多くのプレイヤーを屠り、中には引退にまで追い込まれた人もいたほどであったまごうことなき強敵である。
その名は墓守の遺産。墓守を守り、来たるべきその日まで主の亡骸と宝を守り続ける番人。
「さあ貴方様。前衛はお任せしても?」
嗚呼、もちろんだよハニー。どうぞこの身を縦に、存分にその才を発揮してくださいな。
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