それをご褒美とは言いません

 そうして始まった女王の食客としての歓迎、またの名を監禁生活。

 不満を呑み込みながら自室に案内されてから、出られない部屋から半日ゴロゴロし、女王との二人きりのすっかりを夜も更けて、大分おねむの時間になってしまった。

 

 ……いや、正直そこまでの不満はなかった。

 飯は美味かったし風呂は広くて良い湯だった。何故か女王も一緒に入ってきやがったが、十歳の未発達ボディでは勃たねえから眼福なだけで終われたからな。


 そうしてふかふかのベッドに戻ってきたわけで、このまま目を閉じれば一日は終わるのだが。

 そうは問屋が卸さないのが俺。何せ明日もここにいれば、何されるかわかったもんじゃないからな。

 というわけで、思い立ったら吉日の精神で決定。これから夜の大脱走を始めたいと思いまーす。いえーい。


 ……え、やる気はともかくどうやって逃げるかだって?

 そうだなぁ。ま、上手くいくかは未知数だけど当てはあったりする。

 何せここは幻想大樹ビッグツリー。知らないけど知っている、GHグラホラの中で散々探索し尽くしたお城なのだから。


 懐中時計を開けば、時刻は丁度日の変わる逃げ時。

 相棒と袋を背負って……まあ一泊分もてなしてはもらったし、誤解がないよう適当に書き置きを残してっと。

 ──さて。えーとまずは部屋の扉の右にある青い石に魔力を流し、ゆっくりと扉をオープン。

 しめしめ。やっぱり扉前に監視は付けてないね。ゲームでもそうなのだが、あいつらはこの開閉システムを信頼し過ぎてんだよなぁ。

 

 そうして出てきた廊下は明かりはなく、足音一つが響いてしまうほどの静けさ。

 不用心だとは思うが、そもそもこの城に誰かは招待されることの方が稀なので当然とも言える。GHグラホラというかファンタジーではお馴染みなのだが、前世のお国と違って国の長が相応の実力者ってことが多いからな。

 

 まあそんなことはどうでも良いか。そういうのはお約束ってやつだし。

 そんなことより次に……えーっと、確かここを進んでここを降りると……お、あの金蝋燭はゲームでも見覚えある場所。今日の歓迎の間にそこそこ道を覚えたのは正解だったな。


 昼に叶わなかった幻想大樹ビッグツリー観光ツアーを楽しみながら進んでいく。

 脱走が成功すれば晴れてエルフの意に背いた無礼者。どうせもう二度と来る気はねえし、一生分目に焼き付けておかなきゃ損だろ。

 ま、いうてそんな本腰で追われることもないやろ。別に何かを盗んでいくわけでもないしな!


 そんなこんなで無事目的である反省室、もとい独房まで無事到着っと。

 いやー疲れたわぁ。途中触れたら即警報発令な不可視ライトの廊下とか色々あったけど、ゲーム攻略を思い出して何とか乗り越えることが出来た。最初から最後まで予習様々だね。

 というわけでご開帳。ここは人もいないだろうから、特に警戒する必要なし──。



「……あらっ?」



 だが完走した感想でも考えながら入った部屋は、何故か空虚な無人ではなく。

 檻の中。樹の隙間から零れ出す、唯一月明かりに照らされたその一角にその人影はあった。

 小さな鈴を転がしたかのような高く澄んだ声に、とても罪人とは思えぬほどに整った身なり。そして俺が視認して直ぐさま色を失った三色の淡い光。


 ……えーっと、どちら様で? いや待って? その姿、どっかで見覚えが──。


ローゼリアはローゼリア、ローゼリア・リタリス・コングラシア。この国の女王シヨルルが大樹より授かった娘にて、いずれこの国の玉座に収まる者です」


 ゆるりと立ち上がり、こちらへ微笑みながら近づいてくる少女──ローゼリア。

 短な金の髪を揺らし、まるで人間サイズの妖精かと思えてしまう愛らしさ。

 やっぱりそうだ、ローゼリアだ。若干幼くはあるが、それでも面影どころか半分はそのままだ。本物のミニマム救済エロリフその人じゃんか。


 ……え、いやなんでこんなところいるの? 君、この国の王女様だよね?


ローゼリアのことをご存じで? ……なるほど、貴方が噂の旅人様。ローゼリアの恩人様ですのね?」


 ローゼリアローゼリアうっせえな。そういやこいつ、一人称自分の名前キャラだったわ。

 しかしまあ、当然のように俺の説明はされていると。……あれ、もしかしてもこの状況ってやばくね?


「ああ、安心なさって? ローゼリアは貴方様のことを通報いたしませんわ」


 ……さいで。それはそれはどうも、こちらに配慮していただけて一安心です。


ローゼリアに会いに来たわけでも、ましてや攫いに来たわけでもないのでしょう? 貴方様はローゼリアの姿に驚きを浮かべましたものね?」


 ええまあ、その通りです。凄いね、確かに驚きはしたけど動じたのはたった一瞬だぜ?


「しかし謎ですわね? 客人であろう貴方様がこのような物寂しい部屋までわざわざお越しになる理由に心当たりがありませんわ。逃走にしてもこんな部屋に寄る意味はありませんもの」


 悩んでいるというよりは、遊んでいるかのように首を傾げてくるローゼリア。

 あら可愛い……じゃなくて! 今やるべき事はこのお姫様に構うことじゃないだろうがっ!


「あら? あらあら? 無視は悲しいですよ? あまりに放置されてしまえば、ローゼリアは少しばかり大きな声で泣いてしまいそうですわ?」


 というわけで早々に散策だと切り替え、目印を探すべく下を向いたのだが。

 ローゼリアはよよよと実にわざとらしく、けれど騙されてもいいわと思えるくらい甘ったるい声でこちらを妨害してくる。

 うーん子供。まあ二十の大学生とかがやってたらイラッとくるが十歳なら可愛いからセーフ。むしろいくらでもどうぞ? おじさん何でも奢っちゃうぞー?


 ……あっ、でも残念。目当ての場所をみっけたから時間切れだクソガキが。


 部屋を進んで壁ギリギリ。その付近の床に見つけた、少しの形状の違う木目。

 色は完璧に同じであれど、まるでそこだけが後から埋められたようだと違和感が生じる一部分。

 そこを掌で軽く押しながら微弱な魔力を流し、きっかり三秒後に手を放し待つ。

 するとあら不思議。床は静かに、けれど瞬く間に形を変えていき、人一人分程度の小さな穴が生まれたではありませんか。


 よっしゃこれこれぇ! この城の忘れられた脱出路の一つ、あってくれてマジ助かったぁ。

 

「な、何ですの……? そんな仕掛け、見たことありませんわ……?」


 さっきまでとは違い、唖然とした声色で戸惑うローゼリア。

 まあ当然だろう。だってこれ、君の個別シナリオで初めて使う事になる隠し通路だからな。

 しかし高えなぁ。穴の先がまったく見えねえのはある意味救いだなこりゃ。


 まあでも今がチャンス。姫様も呆気にとられてるし、正気に戻られる前におさらばしないとな。


 気分は泥棒の去り際と、お姫様に軽く手だけ振って勢い任せに穴へと飛び込む。

 穴の塞がる微音と、直ぐさまそれを掻き消す風の音。

 空洞は穴よりも広く、俺が通る毎に樹の壁に埋められた水晶が光を放ち先を照らしていく。

 

 ──あばば、あばばばばッ!! この風、痛いッ!!


 声も出せず。思考もままならず、ただ落ちていくだけの時間が続いていく。

 体内で魔力を回してひたすら身の強化で凌いでいるが、それでも辛いものは辛くて怖い。

 まあ当然だ。何せこの穴、幻想大樹ビッグツリーの最下部まで続いているのだからこれくらいは当然。ざっくりな計算でも、リフトで昇った時間分くらいは落ちなければならないのだから。


 そうして更にしばらく。時間は不明。

 このままいつまでも続いてしまうんじゃないかと、多少は落下に適応してきた心が嫌な想像を生み出し始めたその時──ようやく小粒ほどではあるが、ようやく終わりの青い床は姿を現した。


 ……これ止まれるよね? あれ、実は起動しなかったらどうしよう……!?


「ぐえっ」


 あわや地面に叩き付けられると目を瞑った瞬間、青の目前にて制止した体は全ての負荷を失い、それからポスリと落とされる。

 

 ……あー怖かったぁ。一応知ってはいたけど、それでも普通に死ぬと思っちゃったわぁ。


 ただ落ちてきただけのだというのに、もうしばらく立ち上がりたくないほどの達成感と安心感に包まれる。

 いやー、スカイダイビングは二度と御免だわ。やっぱ地に足が付いているって最高じゃんよ。

 

 数分そのまま転がり、ようやく一息付けたので立ち上がって屈伸する。

 その最中に目に入ったのは、壁に埋め込まれちょうど淡い光を失った青色の水晶。

 この青い床と連動し、衝撃を緩和するための魔水晶。確か数百年物の化石だが、ちゃんと起動してくれて助かった。

 ふむふむ、魔力残量的にラスト一回分だったっぽいな。ほんといつもぎりっぎり。

 まあ次の人──多分いるかも分からない主人公のために充電チャージだけはしておいてやろう。流石に世界救済の過程のお家事で命落とすのは可愛そうだからな。


 ──さーてやること終わったしぃ? こんなエルフ臭い国からはとっとととんずらするとしますかぁ?



「ぎゃーーー!!!」



 ぎゃ? ……ぎゃ!?


 そろそろ誰の声もないはずの孤独な空間を切り裂く汚い悲鳴。

 それを耳にし、咄嗟に首を上に向ければ、次の瞬間には小粒な光が急速に大きくなっていく。

 ……何あれ。っていうかやばっ、この軌道だと多分俺に当たっ──。


 直ぐさま回避しようとしたが足は動かず。

 そのまま光は隕石の如く俺の顔面へと着弾し、俺は頭ごと地面へ叩き付けられ──そうになったところを衝撃緩和に助けられ、それでもやっぱりと地面へ叩き付けられてしまう。


「あー面白かった! まさか城にこのような穴があろうとは……って、あら?」


 ぐへぇ死ぬ。冗談抜きのマジで死ぬ、前世なら間違いなく首が折れてるだろこれ。

 しかも重い! 呼吸できない! それでいて若干すべすべしてる! ちょっと臭い!

 なんだこれ! まるででっかい亀が顔にへばりついたみたいな……ん? 今の声、どっかで聞いたことが……?


「あら失礼。今どきますわ。よいしょっと」


 じんじんと響く痛みと疑問に苛まれる最中、顔面を覆っていた重りが離れていく。

 まずは呼吸。枯渇しかけていた酸素君をすーはーすーはー。あー生き返った……って、は?


 優雅に埃を払いながら立ち上がり、けれど少し恥ずかしそうにこちらを覗き込む少女に、俺は呼吸すら忘れて驚愕してしまう。

 だってそうだ。それは本来いるはずのない人。鉄よりも頑丈な木の格子の先にいた少女のはずだからだ。

 そしてその正体と同時に、今俺の顔がどこに付着していたかを理解してしまう。

 ……うそやん。ばっちいにもほどがある。俺、何か悪いことでもしたんか?


「大丈夫ですか貴方様? どうぞこのローゼリアの手を握り、体を起こしてくださいな?」


 金髪ロリエルフのローゼリア。……くそが、やっぱりエルフなんて大嫌いだぜ。

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