無限ループからは逃げられない!
眼前にて威光をを醸し君臨する、金髪のナイスバディで破廉恥な女エルフ。
聞けば彼女の名はシヨルル・リタリス・コングラシアと言うらしい。はっきりいってまったくの他人だ。
……いやマジで誰さ。聞いたことねえよ、そんな長ったらしい名前のエルフ。
まあ一応の推測は出来る。というか、大部分はエロリフと一緒なんだから馬鹿でも分かる。
順当に考えるなら、あのローゼリアの母親ってことなのだろう。……いやまあ、王族特有の複雑な家庭事情とかあるなら別だけどさ。
しかしなぁ。まじで何にも知らねえんだよなぁ。
これでも一応はプレイ済みの身。ガチ勢じゃないから街のモブなら忘れても仕方ないが、メインキャラ関連の母親だったらどっかに記述あったりすると思うんだけどなぁ。
もしかしてあれかな。スタッフの同人誌で補足されたキャラの一人なんかな。いやでもあれにエルフ絡みってほとんどなかった気がするんだけどなぁ。
……ま、どうでも良いか。エルフの女王が誰であれ、俺にとっては大差のないことだし。
所詮は
むしろこの場合は喜ぶべきか。十歳のロリが統治している姿なんてお労しくて見たくはなかったからな。
そして何よりも、そんな実質他人のエルフの女一人よりも。
俺が何物をも差し置いて注目すべきは、あの玉座の奥上に飾られた一本の透明な枝の方だ。
その一本が宿すのは、遠目でも明らかに他とは異なると察せられるほど別格の神秘性。
あれが、あれこそが。あの純度百の水を固めたが如き、触れただけで溶け落ちてしまいそうな儚さでそこにあり続けるその至宝。
──その名を水晶樹の枝。
「……ほう、余より我らが至宝に目を向けるか。少しは見る目があるようだが──不敬であるぞ」
刹那、まるで強い力にでも押しつけられたかのように全身が重圧を感じてしまう。
自らの生き方の肯定。
今は女王の御前。例え俺に非がなくとも平伏し、命を乞わねばならない絶体絶命の状況。気を緩めるなんて、許されていなかった。
も、申し訳ございません。どうぞ寛大なご慈悲にて、弁えぬ無礼をお許しくださればと。
「
若干震えながら、それでも何とか絞り出した謝罪に女王は機嫌を直し、圧が解かれる。
けれど生きた心地はまるでしない。骨身に染みてしまったからだ、俺の置かれた状況というやつを。
「さてマッシュよ。余はこの
「い、いけません女王!! そんな蛮族と密室にて二人になるなどと、そのような蛮行は──」
「口を慎め。余の意に背くか?」
「……失礼致しました。なれば我らは直ちに。何かあれば、すぐに駆けつけます故。ああ、後議事録を残すので記録魔晶は残しますが、それだけは何卒ご容赦を──」
「くどいくどい。分かっとるからはよう下がれ」
反論を一瞬されながらも、キノコエルフは出しかけた言葉を呑み込み、一礼して近衛と共に部屋から去る。
最後に一瞬、凄まじく鋭い視線を感じた気がするが気のせいってことにしておこう。生憎俺の背中にはおめめが付いていないからね。
「まったく、彼奴の心配性も過ぎるというものよ。余が
そうして扉は閉められ、完全に二人きりとなった謁見の間。
その中で女王はエルフらしく、高慢ちきに傲りながらため息を吐いてみせる。
……いや、これに限っては傲りなどではなく事実なのだろう。
さっきの圧だけで分かってしまう。例えそういう意図はなくとも、そこにあるだけの魔力で理解してしまう。ため息一つ、その挙動だけで芯まで実感させられてしまう。
あれは美女の器にあるだけの化け物。美しいから恐ろしいのではなく、恐ろしいから美しい魔性の類でしかなく。表面だけでも根拠ありで勝てないと判断した近衛共よりも強く、恐ろしい何かなのだと。
「ふふっ、そう怯えるな。其方は恩人、別に取って食おうとは思っておらぬ。……本当だぞ?」
……そらまあ取って食うには肥えてませんからね。肉も魔力も、地位も身分もお財布も。
不安からクロを握りたくなる気持ちをぐっと堪えてしまう。
そんな俺に対し、女王は先ほどまでの厳格な空気を一変させ、一輪の華のように穏やかに微笑みかけてくる。
そのギャップに一瞬だけ、実は優しい人なのではと緩みそうな心を懸命に引き締める。
騙されるな。あれは美女なだけの化け物。エッチなだけの化け物化け物モンスターモンスター──。
「……それにしても
はい?
「このまま貴様と戯れるのも悪うないが、ひとまずは本題を早々に済ませるとしよう。用件は宰相めから聞いておるか?」
何か誤魔化された気がするけどまあいいや。それで説明でしたっけ?
いいえまったくもって。宰相がキノ……マッシュ様であらせられるなら、何一つ説明なくこちらまで招待された次第ですが。
「やはりか。彼奴も人が悪いのう。ま、適当に罰しておくが故、それで手打ちにしてやってくれ」
あ、はい。エルフがくそなのは百も承知なので別に処罰なんかしなくても……いや、やっぱ書類仕事二倍とかでどうっすかね? 出来れば残業代なしで。
まあそんな戯言を宣える立場にはないので、実際の口からは何も出てきてくれやしないのだが。
あー早く帰りたい。とっととこの森出てロマンシアへ向かいたい。あそこの串焼き、ゲーム通りなら絶品らしいから必ず一回は食べてやるんだ……。
「今回其方を喚んだのはな、娘の命を救ってもらったことへの礼を言うためだ」
娘? それってローゼリア・リタリス・コングラシアのことかな?
「あの娘が患っていた琥珀症、あれの特効薬に
あー琥珀病。あったあったそんなの。どっかのサブクエストに出てきたっけなぁ。
確か病状が進むと皮膚に琥珀色の痣が現れ、やがては全身がその色に染まって死に至るとかいう病だったはず。
サブクエの攻略法なんて大部分忘れているからピンと来なかったが、それでもそこそこ説明されるとそんなのもあったなぁって気になれるのはかつての努力のおかげなのだろう。
それにしても、まさかあの熊で人の命を救えるとは妙な偶然もあったもんだなぁ。びっくり。
「そういうわけで、其方に礼をと招いたわけだ。質問は?」
ないです。シンプルなので。
「
そっすか。じゃあ当面の水と食料……あ、エルグ(この世界のお金)を五千ばかり都合していただければ。
「何? それだけで良いのか?」
ええ。所詮は偶然得た機会、過ぎたるは身を滅ぼすだけですので。
けど端金みたいに言うけどさ、素寒貧な俺にとっては五千でも大金よ?
別に無償でも良かったのだが、それだと余計な貸しになってしまう気がしてならない。
あのエルフに貸しとかまじで勘弁。後で絶対難癖付けられる、俺は知ってるんだ。
「……欲のない奴め。我らの先祖が輝きの森より唯一持ち運び、初代女王によって至高の一振りと化した杖。我らの最後の王が担うと予言されたそれは無理でも、近しい価値の宝であればくれてやれるが?」
いらないです。正直めっちゃ欲しくはあるのですが、貰った後を考えると割に合いません。
女王は多少呆れを向けてくるが、俺にはさして関係のないこと。
だって俺が欲しいのはあくまで
それなのに貰っちゃうと妥協に感じちゃいそうなんだよね。ここの宝物庫、
それに至宝が貰えないのは重々承知だし、水晶樹の枝は
というわけでお金とお水ちょーだいな。後は何事もなく、この森から旅立ちたいですね。
「……ふふ、ふふふっ。フーッハッ八ッ!!」
とっとと旅立ちたいという意を告げた数秒後、女王は何故か高らかな笑いを部屋へ響かせる。
何故笑うんだい? 俺の要求は真っ当だよ? あ、お胸が揺れてすっごいことになってる。
「なあシーク。其方、余の娘と契る気はないかえ?」
……はっ? ちぎるとはなんぞ? 千切る? ……契る?
「余は其方をそれはもう気に入った。本来であれば余の夫にし収める所だが、まあ立場上今は叶わん。そこでだ。世の娘であるローゼリアと婚約し、この国に住まうというのはどうであろうか」
どうであろうと言われても。突拍子もなさすぎて、さっぱり意味が分かりませんが。
「あれはまだ幼いが聡明で魔法の才も余以上。育てば間違いなく其方を立てる良き妃になろうぞ。嗚呼、ただし聖樹受胎故に体つきまで似通うかは定かではないがな?」
女王はまるで通販の目玉商品の解説みたいな饒舌さで娘を売りに出してくる。
聖樹受胎って何? 俺の知らん単語を常識みたいに話さんといてくれるかなぁ?
というかさぁ? そういうのってまず娘さんの意志が大事だと俺は思うなー。
自由恋愛の一つもないなんて、これだから高貴な方々は。一般市民には理解出来ませんよ、あーやだやだ。
「あの娘も病を癒やす切っ掛けの男の子を無碍にせんだろう。どうだ? それを報酬とせんか?」
嫌どす。我は誰かの人生を背負える器になく、生涯独り身を貫くと前世から決めているので。
そもそも仮に結婚するとしてやっぱりエルフは嫌ですね。せめて好感度を二百ほど稼いでから告白イベントに挑戦してください。
「……そうか、それは残念だ。はて困った、断られるとは思ってなかったからのう……」
我ながら褒めたくなるほどにするりと断れば、女王は顎に手を当て徐に悩み出す。
あのーそろそろ帰らせてもらってよろしいですかねー? 俺、そろそろ外の空気吸いたいなー?
「ではこうしよう! 流石にこの程度で次期女王の命の礼を果たせば我らの沽券に関わってしまう。故に数日この城に滞在し、欲しい物を見定める。それならば面子も保てるというものよ」
女王は今思いついたとばかりに手振りをしつつ、まるで良案だとばかりにとんでもないことを話してくる。
あかん、これはまずい。どうえすぐに解放されるやろと高を括って観光気分だったのが徒となった。
というかこの女、絶対今思いついたわけじゃないだろ。何が狙いでこんなしょうもないことしてくるんだ?
「どうであろう? その首、縦に振ってくれるとこちらも助かるのだが」
嫌です。
「……駄目か?」
駄目です。
「…………本当に?」
本当に。
「………………その首、縦に振ってくれると余は嬉しいのだが」
……どの口が。どうせ本気で横に振ろうが抗おうが、鶴の一言で縦扱いになるんだろうに。
逃がす気はないとばかりに魔力を込めた指先を向けられ、剥き出しの死を前に諦めるように頷いてしまう。
彼女にとっては指先の児戯。されとて俺には死神の鎌同然。
そんな頷くしかないこの状況、その一切を軽率に招いてしまった自分自身に辟易しまう。
嗚呼、やっぱり情けは自分の為にはならねえな。寄らなきゃ良かったぜ、こんなエルフ臭え森なんか。
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読んでくださった方へ。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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