誤りだらけのファーストトレジャー

やべ、迷っちった

 そうして村を出た俺は、地図を頼りにある場所へ向けて草原を進んでいた。

 目的地はロマンシア。人族の王城が聳える、ゲームのメインシナリオにおける第一の要であり主要都市だ。

 候補はあったが、どこに行くかは悩んだがとりあえずあそこに行けば大抵のものはある。この世界の現状と俺の知識を照らし合わせることが大事だと、そう判断したのだ。

 

 ニャルハに聞いたことで、あの過疎村があの世界のどこに位置するかも大体分かった。

 あの過疎村ことカソの村は、ゲーム内でも宿屋以外に価値のなかったサビ村の近くであった。

 なのでひたすら東へ歩けば、ロマンシアのある中央地方の面影が見えてくるはずだと、そう思って歩いていたのだが。


「止まれ不審者! 此処より先は我らの領土! 資格なき者は立ち去るがいい!」


 俺を阻んできたのは、何ともまあテンプレ染みた台詞セリフと二本の槍を向ける美丈夫達。

 彼らの先には瑞々しく育つ木々に溢れる森に、奥へと続く一本道。加えて門番らしき二人の耳の形に、どこぞで見たことある気がしなくもない忠告。


 ふむふむふーむ。……お、なるほど、そういうことか。

 思い出した。つまりここはロメルの森。あの肩透かしでお馴染みなエルフの住処ってことか。

 まずった。どうやら進むべき方向を間違えたらしい。まあコンパスなんて持ってなかったから仕方ないか。


「おい! 何か言ったらどうなんだ!! というかそれは何なんだ!?」


 ああこれ? 見りゃ分かるだろ、これは熊だよ。この世界だとベアンド種ってやつ。

 後ちょっと待って。あと三十秒。今そこそこ真面目に考え纏めてるからさ。

 

 はてさてどうするか。選択肢は三つ。押し通るか、帰るか、この人達とお話ししてみるかだ。

 正直な話、最善は帰る一択で迷う余地は皆無と言って良いくらいではある。

 何故ってそりゃあ言わずもがな。ロメルの森ここ自体にはそこまで価値がないからだ。


 エルフ。前世のネットでは人気のあった種族だが、GHグラホラのこいつらを俺は好きにはなれなかった。

 確かに容姿のレベルは高いんだよ? ぶっちゃけ他の種族より明らかに整ってるし。

 でもそれだけなんだよね。好意的に見られる点なんて。ま、あくまで個人の意見だけどさ。

 

 確かにメインシナリオ、及びサブシナリオの両方で必ず訪れる必要のある森ではあるのだが。

 反面シナリオ以外での用途がない。その割には物価も宿泊代も高いし、住民の台詞セリフがいちいち鼻につくし、挙げ句サブシナリオも面倒いのばっかりとプレイヤーにとっては悪いこと尽くめなのだ。

 まあ費用と台詞セリフはメインシナリオを薦めると改善されたりはするのだが、俺には関係のない話。そもそもあれは、確定で仲間入りすることになるとあるキャラの威光によって為される結果でしかないからな。


 とはいえ旅を始めて早数日。本音を言えば泊めてもらいたくはある。

 ゲームの道中より遙かに広大なこの世界。肉は問題ないが、ぶっちゃけそろそろ水が尽きそうなのだ。

 ただ俺は文無しなんだよな。あの村、行商との売り買い以外は物々交換と自給自足でやりくりしていたほどのど田舎で、その限られたお金も母の薬代でほとんど底を突いていたからさ。

 

 だからこそ王都に行き、仕事だの売却だので路銀を作ろうと思ったのだ。

 え、次の行商を待てば良かっただろって? 何言ってんだ、いつ来るかも定かじゃないものなんて待ちたくないだろ? 思い立ったら吉日ってやつさ。


「しかしでかい熊だなぁ。……これ何て種なんだ?」


 しらーん。ゲームだと名前表示されたけどこっちじゃ何も出えへんしなぁ。

 そもそも、GHグラホラにおいてこの辺りで熊の出没なんてなかったからな。

 まあでも、俺に狩られる熊なんてそこまで強い熊でもないだろ。デカブツのくせして相棒で脳天を叩けば一発だったぜ?


「……なあ、ちょっと見せてもらっても良いか?」

「おいモンブ! 余所者の蛮族だぞ!?」


 失礼な、別に蛮族ちゃうわい。別に血に染まってるわけちゃうやろ?


「け、けどよぉバンブ? その体毛、もしかしたら青鱗熊ブルーベアンドかもしれねぇだろ?」

「あ、あり得ねぇ! ここ数年、あいつらはこの辺りに生息してねえ! だから女王は今もお伏せになってるんだろう!?」

「そりゃそうだけどよぉ。けどもしこれでそうだったら、俺達大手柄だぜ?」


 ……ふわあ。あのーまだぁ? 意見が纏まらないなら俺もうどっか行きたいんですがぁ?


「ああちょっと待てぃ! 見せて、見せてくれ!」

「あ、おい!」

「良いから! 責任は俺が取る! 減給で済んだら儲けものさ!」


 減給はされるんだ。そりゃまた災難極まりないこと、公僕は大変んごねぇ?

 んじゃまあはい。我が戦果、気の済むまで見てくれたまえ。

 どうせ今日の夜には胃へ入る定めの肉だ。何なら皮とか爪は買い取ってくれると助かるぜ?


「ふむ、ふむふむふむ。この青みがかった皮膚と剛爪、そして青宝石サファイアのような輝きの瞳。……やはり、こいつは青鱗熊ブルーベアンドっ!!」

「お、おいマジか!? 本物見たことあんのかよ!?」

「一回だけある。あの時はバイバイの連中に解体された後だったが、それでもあの勇ましい爪を見間違えることはねえ!」


 何か二人でも盛り上がってんなぁ。ていうかそいつ、青鱗熊ブルーベアンドだったんだな。そりゃ確かにここいらにはほとんどいねえわ。

 確かGHグラホラでは初狩り御三家とかそんな風に括られていた魔物の一体で、そこそこレベル高く、他のエネミーより下位種との差が大きいんだったけか。

 うーん、こいつ狩れるならやっぱり俺ってそこそこやれるんじゃねえかな。まあゲームとは違う可能性だってあるからもうちょい詳しく検証してみる必要があるけどさ。


「お、おい君! これ、譲ってくれないだろうか!」


 譲るぅ? 確かに良い肉かもしれないが、何でまたピンポイントでこいつを?


「じ、実は今我らの里では重大な──」

「あ、おい待てぃ! その先を余所者に話しちゃ──」

「黙ってろ! これは誠意だ! 話さなきゃ応じてもらえないかもしれないだろ!?」

「そん時は奪えば良いだろう? お前は日和りすぎなんだよ。どうせ死人の口は動かねえんだからさ」


 ……はあっ。こんなんだからこいつらとは話したくないんだよ。

 モブに話しかけただけでこの始末。典型的で無意識な、人族ヒューリア含め他種族を見下した発言。宝の信憑性も増すし、こっちでも変わりなくて逆に安心したよ。

 こいつら自分達こそ最上種だと勘違いしてやがるからな。一部のキャラが突出しているだけで、よくもまあここまで尊大になれるものだ。……それにしても、ゲームだともうちょい余裕あった気がするんだけどな。


 落胆と安心の両方に苛まれながら、ぬるりと相棒を背中から抜く。

 まあ相手を舐めるつもりはない。性格は最悪でも、一般的な人族ヒューリアよりかは遙かに強い連中に変わりはないからね。

 しかしいきなり殺し合いかぁ。やだなぁ。けど今日の晩飯はこいつって決めてるからなぁ。


「ま、待ってくれ!? こちらに戦闘の意志はない! ほらっ、バンブも槍を降ろせ! 平和的に行こう? な?」


 モンブ……いやバンブ? どっちだっけ?

 まあいいや。とにかく比較的排他的でもない方が、俺達二人の間に挟まって止めてくる。

 

 続けても良かったが、まあとりあえずは相棒を下げる。

 今はお前に免じて話くらいは聞いてやるさ。こちとらお前らと違って蛮族じゃないんでね。

 で、どうしてこれ欲しいん? 珍しいとはいえ、エルフ視点じゃ大した獣じゃなくない?


「今から話すことは他言無用と約束できるか?」


 いいよ。


「ありがとう。実は今、我らの国のある御方が病を患ってしまっていてね。その特効薬に、青鱗熊ブルーベアンドの爪と瞳が必要なんだ」


 ほーん。じゃあはい。ちょっと劣化しちゃってるけど、それでもいいならどうぞお好きに。


「……え、いいのかい!? もし人族の街で売れば、相応の価値で引き取ってもらえるんだよ?」


 いいよ別に。俺、訳あって病人には少しだけ優しくしたいんだ。

 ああでも肉はくれ。今日の飯だ。後ついでに、交換だって言うなら水もくれると嬉しいにゃ♡


「い、いや……そんなことじゃ足りない! どうか中へ、うちで歓迎させてくれないだろうか!?」

「しょ、正気か!?」


 しょ、正気か……!? あ、やべ、同じ反応になっちゃった。

 けど仕方ないよ。エルフが自ら人を国へ入れるって、それこそ滅多にないって進研GHで習ったもん。俺もそこの糞野郎も悪くないと思うぞ。


「……どうだろうか?」


 グランドホライゾンのエルフには珍しい、他意なく下手に出たお願いの仕方。

 どうしようか。ここで颯爽と立ち去るのも美学だが、正直そこまで丁寧に頼まれちゃあ断る方が悪人なんだよなぁ。

 けどエルフかぁ。あのエルフかぁ。GHグラホラで俺が三指に入るほど嫌いなエルフだもんなぁ。


 ──ま、いっか。そろそろ風呂入りたいし、ここらで俺も大人になろうじゃないか。

 それに百聞は一見に如かずとも言うじゃないか。ゲームとは違うんだし、き一面が垣間見えるかもしれないかもだ。


 てなわけでれっつらごー。あ、熊は自分で持っていくからお気になさらずに。

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