あざとくされても困るんですが
ニャルナ・ジッハを語るのであれば、まず二つの通り名について考えねばなるまい。
作中での通り名が殺風。そしてファン……というかネットから付けられたのは淫乱首輪猫などという愛称。
……何ともまあ正反対だこと。まあシナリオを見れば納得なんだけど、それでもね?
まあそんな感じでゲーム内で明確に通り名を用意されているにもかかわらず、何故かファンからは別称で親しまれているキャラ達。その中でも五指に入ってると思う女なのだ(当社比)。
その理由は簡単で、その容姿とシナリオにおける立ち位置にある。
選べるのは冒険者、騎士、魔法使い、僧侶、放浪者、商人。後はトゥルークリア後に解放される魔族ルートの計七つ……だったか? うん、確かそうだった気がする!
そしてニャルナ・ジッハは冒険者を選んだ際、そのルートの過程で必ず仲間になるキャラなのだ。
序盤から存在感を示し、単独エピではメインヒロイン顔負けのシナリオで魅せてくれた女。
ゲーム的な
唯一の不満と言えば、シナリオの都合で仲間になるタイミングが若干遅いことか。
まあその程度であれば愛嬌と言えよう。全ルート共通のくせに仲間になるのは最後とかいう、初心者救済とは名ばかりなぶっ壊れロリエルフとかいるしな。
ったく、どいつもこいつもエロシーン(エロなし)に釣られやがって。実際は首輪付けてただけやんけ。
でもまあ可愛いから仕方ないね。だって白に赤とか金髪碧眼並に日本人の好物だもん。そこに隠された猫耳ってもう定番癖の詰め合わせって感じだし。
かくいう俺だって初見の時はあのシーンに結構グッと来たからな。まあ直近のオールプレイでは逆張りで外してたんだけど。
まあそんなことはどうでも良いんだ。肝心なのは、そんな懐かしいだけの概要じゃないんだ。
今困っているのは、何故かそのニャルナ本人が俺の後ろに座っているということなのだ。
幼い木こりの仕事姿なんて見ていて何が楽しいのか。少なくとも、俺は微塵にも楽しくない。
やることは単純。魔力を高め、相棒を持ち上げ、勢いよく振り抜くだけ。
今日の気分はバッティングフォーム。ジャストミートでスーパーヒットを二回して終了だ。
「……ふうっ」
みしみしと、思うように倒れていく木に満足しながら魔力を解いて一息つく。
伐採なら地道に斧でやるよりこの方が効率が良い。薪割りには流石に斧を使うけど。
でもこれ、さらっとやっているように見えて結構疲れるのだ。持ち上げるだけで振る前に気絶していた初期を思えば、充分に成長したと言えるんだろうね。
「……凄いね、君」
はあ……どうも?
そういうわけで一服したし、得物を手斧に変えて作業を再開しようとしたのだが。
何故か近づいていたお姉さんことニャルハの声によって、隠せない戸惑いを顔に出してしまう。
いきなり何だこの人。確か
「それ、重いの?」
ええまあ。……持ってみます?
「……うん。じゃあこれ、交換」
どうやらご指名は俺ではなく、我が無二の相棒たるクロらしい。
ペットではないクロを差し出すと、ニャルハは代わりにといった風に背負った大剣を片手で持ち、そのままこちらへと差し出してくる。
ゲームでも彼女が愛用していた専用武器。確か何かの兎の骨……だったっけ?
いや、ええ? どういう神経してんの? 普通なら子供にデカい剣とか渡してこんでしょうに。
……ああごめん。この人普通じゃないから大丈夫だわ。修羅の一族のはみ出し者だもんね。
まあせっかくなので無骨な骨の柄をがっしりと掴み、流れのままに剣を持ち上げてみる。
うーんこっちの方が重く感じるけど、やっぱりクロの方がずっしり来るかなぁ。
軽く振ってみるといつもの三倍は振り回されてる気がする。でもこれは重さじゃなくてサイズの問題だろうな。多分。
「……重い」
ニャルハはクロに夢中っぽいので、転がっている木で軽く試し切りしてみることにする。
まあ怒られたら謝れば許してくれるだろう。どっちかというと子供に刃物渡す大人が悪いんだし。
というわけでほい。ちょちょいのちょいと、更にほいっと。
おー切れ味抜群。斧いらずで良き良きよ。
すげーなファンタジーの剣って。思いの外すっぱすぱで手斧いらずじゃん。
俺も剣とか欲しいなぁ。今使ってる手斧が
「……凄いね。それ、大人でも振れる人少ないんだよ?」
刃物を振り回す野蛮な楽しさに目覚めつつ、リズムゲーのノリで木を薪へ変えていっていたのだが。
いつの間にか、ニャルハはクロよりもこっちに注目していたっぽい。
まあ確かに重いが、クロの重さに慣れちまったからなぁ。相棒の素材は知らんけど。
……しかし、ふむ。確かにめちゃ重ではあるが、大人になれば誰にでも振れるってわけじゃないのか。
もしやだが、あの爺が適当こいてるだけで俺って割と強かったりするのか?
だけど
「……ん、どうしたの?」
大剣を見つめていると、ニャルハはこてんと小首を傾げてくる。
流石にあざといな。これが人気四位の実力か。
まあ考えても仕方がないので、最後の一振りを決め仕事を終わらせてから剣を返す。
特に怒られなかったしまあ良しとしよう。この楽さを知ってしまったことで、手斧へ更なる不満を抱くであろう明日以降が不安で仕方ないが、まあそれはそれだしな。……はあっ。
おっと、忘れずに相棒は回収っと。うーんやっぱりこの握り心地が手に良く馴染むわぁ。
「……ねえ君、名前は?」
無様に地面へと転がっている薪を集めていると、ニャルハはこちらに名前を尋ねてくる。
どうやら興味を持たれたようだ。問われたならば仕方ない。拝聴せよ、答えて進ぜよう。
「……シークね。うん、覚えた」
はあどうも。登場キャラにこんなしがない村人の名前を覚えてもらえて光栄の極みです?
「私はニャルハ。よろしくね、シーク」
ああ握手ですか。ご丁寧にどうも。そういえば、姓は隠してるんでしたね。
はい、よろしくお願いしますっと。あ、お手々柔らかいね。剣振ってる人間とは思えねえや。
「ねえシーク。冒険者にならない?」
おっと勧誘。これは相当高く買われているのだろうか。ちょっと嬉しい。
この手を取れば、人気四位の猫耳美人が師匠になり、昔心躍らせたあの世界の冒険へと繰り出せるわけか。
まあでもお断りだ。母が生きている間はこの村にいなきゃいけない。それは俺の決定事項だ。
「……そう、残念」
ごめんね。不細工ならいざ知らず、美人が困っているとこっちまで申し訳なくなってくるね。
まあでも容姿で答えは変わらないので仕方がない。俺みたいなカスを下に見てる、プライドの下駄を履いた美人の方が厄介ってのは前世で経験済みだから駄々こねない貴女で良かったよ、本当に。
あ、でも聞きたいことがあったんだ。今って天暦何年? 次の大奉祭って何回目?
「……えっと、確か天暦945年。大奉祭は……次で100回目?」
そうかいありがと。おかげで思い出したし理解したよ、今が本編の五年前ってことをさ。
「…私は明日発つ。心変わりをしたら、言ってくれると嬉しいな」
オーケー。どうせしないけど、もしも天地がひっくり返ったら言いに行くよ。
軽く了承すると、ニャルハは小さく微笑んでから頷き、そのまま村へと帰っていく。
彼女が弟子を取っていたという設定はなかったはずだ。果たして何が目的だったのだろうか。
まあいいや。どうせ関係ないし、所詮は意味のないこと。天地はひっくり返らないから天地なのだ。
俺が今生でやるべきことは、外へ夢見ることではなくここで母に最後まで付き添うことだ。
魔王も勇者も冒険者も等しくどうだっていい。俺が死んでから勝手にやってくれ。
それから少し経ち、山のような薪を綺麗に積み終わり、相棒と手斧を背負ってから持ち上げ帰路につく。
ゆらゆらぐらぐらと。僅かな緩みで倒れるこの不安定さこそ、体幹を鍛える絶好の訓練になる。
鍛えれば薪を割る速度が上がる。熊を狩れる速度が上がる。それはつまり、仕事の量が減るということだ。一石二鳥だね。
そんなわけで無事帰宅し、数多の薪を家の後ろに適当に降ろしてから家に入る。
鼻を擽る良き匂いに導かれ、母への挨拶も忘れてリビングまで直行してみると。
そこでは今日はわりかし元気らしい母。そして先ほどまで話していた白髪の美人がトントントンと台所に並んで何かを作っていた。
「お帰りぃ。あ、この
こちらに気付き、細いながらも優しい声でそう尋ねてくる母。
ああなるほど、そういうこと。この美人、母の知り合いだったわけね。話しかけてきた理由が分かったわ。
「……また会ったね?」
ニャルハはちょっと嬉しそうに囁いてくる。
分かった、分かったから包丁置いて。美人にその持ち方されるとバイオレンスでドキドキするからさ。
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