第75話 試合の行方
各々が決意を固めて始まった後半戦。点差は大きく、簡単にはひっくり返せない。
しかし、人ってのは単純なもんで、気持ちの持ちよう一つでモチベーションに大きく繋がる。
そしてそのモチベーションは行動にも現れる。
端的に言うと、全員の動きが格段に良くなった。
彼女を作るという明確な目的が出来た陸奥は、先程までより視界が広くなったように周りの動きをよく見て的確にパスを回す。
朝倉は三雲の話を聞いて踏ん切りがついたのか、その動きに迷いは無い。試合に集中し、準決勝までのどの試合よりもキレのある華麗な動きで相手を躱し、着実に点を重ねていく。
周囲の動きが良くなれば、自然とチームメイトも動きやすくなる。深瀬部長も同じこと。陸奥や朝倉との連携が上手く取れているおかげでアシストに回り点数に繋げるプレーが増え、他にマークがつくことで深瀬部長自身の得点にも繋がる。
みるみる点差は縮まり、ようやく相手チームの背中が見えてくる。
三雲も朝倉と和解したおかげか、その表情に先程までの陰りはない。
それでも三雲に対するマンマークは変わらない。動きを制限するように、三雲の行く先々でパスコースを塞いでいる。三雲の荷が降りようと、悩みが完全に解決したわけじゃないことを暗に示していた。
三雲は自分を守るためにわざと下手に振舞った結果、本当にバスケのいろはを忘れてしまった。その事実は変わらない。
後半も残り一分。点差は四点まで迫った。
このまま試合が終わっても朝倉が他の女子部員に働きかけて、三雲へのいじめは終わるだろう。
だが、それだけじゃダメだ。それじゃあ三雲の悩みは完全に解決したとは言えない。
点は取れなくとも、せめてスランプを打破できるワンプレーが欲しい。
陸奥からのパスを受け取り、対峙する宮田先輩との距離を保ちながら周囲に目を向ける。
やはり三雲へのマークは固い。恐らく三雲と同じ一年生だが、決勝まで残るだけあって実力は確かだ。
「余所見してていいのか?」
急に伸びてきた宮田先輩の手を避けるため、ドリブルを早めて切り返し、少し距離を空ける。
「さすがに上手いな」
「先輩が話しかけるからですよ」
「次はないぞ」
このままボールをキープしているだけじゃ点にもならない。ここは一旦──
その時視界に入ったのは、背の高い女子だった。
ここしかない。今しかない。そう直感する。
「確かに次はなさそうです」
俺はフェイントをかけて宮田先輩を揺さぶり、三雲へのパスコースを切り開いた。
頼む、と願いを込めて三雲に向けて鋭いパスを放る。
三雲がどれほど上手くともガチガチに固めたマークを一人で外すのは難しい。
そう。一人では、だ。
三雲へのパスを止めようとした女子部員は、目の前に突如現れた体によってその道を塞がれた。
朝倉だ。スクリーンで行動を阻害し、三雲とボールとの道を切り開いたんだ。
三雲をマークしていた女子も、三雲本人でさえも一瞬動揺していたように思う。
俺もそうだ。まさか朝倉が三雲のために自分を犠牲に活躍の場を設けるようなことをするなんて思ってもいなかった。
三雲と朝倉の一瞬のアイコンタクト。三雲は意を決したようにインサイドに切り込み、ボールを手に取る。
咄嗟に女バス部長の吉野先輩がカバーに入るが、三雲は止まらなかった。
低身長を生かした低い高速ドライブであっという間に一人、さらにはゴール下をカバーしていた男子部員も躱し、そのままレイアップシュートで得点した。
俺は柄にもなく震えていた。そのワンプレーの素晴らしさに一体何人が気付いただろう。
一連の流れは無駄な動きが一切なく、ささやかな音を立てて流れる水のような、まさに洗練された動きと言えるプレーだった。
周りから見りゃたったの二点。だが、それは三雲にとって大きな意味を持つ二点だ。
拳を握りしめ、俺にピースサインを向ける三雲を見て、俺は感動していたんだ。
これぞ三雲燈とも呼べるプレー。次期エースと呼ばれた彼女の姿がそこにあった。
やはり三雲はかっこいい。彼女はこうでなきゃならない。嬉しそうにはにかむ彼女を見てそう噛み締める。
これで負けたとしても俺は満足──
「まだ終わってないから!」
朝倉は相手チームの乱れたパスを見逃さず、ボールを奪取した。
「こっちだ!」
ポジションにつき手を挙げる声の主、深瀬部長にパスを送る。
試合終了直前に放られたボールはタイマーのコールをその身に受けながら綺麗な放物線を描き、枠に掠ることもなくネットを揺らした。
ブザービートのスリーポイントシュート。湧き上がる歓声と体育館を震わすほどの称賛の拍手。
俺たちのチームの逆転勝利という形で、鮮華主催ミニゲーム大会は幕を閉じた。
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