第74話 三雲を救うために⑤

 いよいよ訪れた決勝の時。相手は下馬評通り宮田先輩と女バス部長の吉野先輩が率いる優勝候補の強敵だ。

 敵にとって不足なし。それどころかこのままじゃ負ける。負けフラグなんだよ、その言葉。

 途中の試合を見ていたが、相手チームは男女混合の即席チームにしては連携が完璧だった。

 誰かが動けばそのフォローに入る。誰かがボールを持てばスクリーンに動く。スクリーンってのはあれだ。体で相手の動く先に割って入って、相手の行動を制限するプレーのことを言う。

 周りをよく見て動きを予測しなきゃならない分、基本的プレーの一つではあるが結構難しいんだこれが。

 それを軽々とやってのける相手チームのレベルの高さは解説する必要も無いだろう。

 対して俺たちのチームは、個人のレベルは高いものの到底チームとは呼べない烏合の衆。どれだけ個人技でカバーしようとも今回の相手はそれだけで勝てるほど優しくはない。


 やはり最重要なのは三雲の成長と朝倉との連携だ。

 相手チームの女子は二人。恐らくまた三雲に徹底的にマークがつく。その壁をこじ開けるには三雲が自力でマークを剥がす必要があるし、男子のマークがつきにくい朝倉と三雲の連携が鍵になる。

 果たして今の二人にそれが可能か?と問うまでもなく、正直難しいと思う。

 三雲が一歩を踏み出せたとは言え、朝倉との関係が修復されたわけじゃない。朝倉も三雲の話を信じつつあるが、全てを受け入れられたとは思えない。

 むしろ、朝倉が悩みや葛藤を抱えてしまった分、試合で精彩を欠く可能性まである。逆効果じゃねえか。


 だが、ここまで来たらなるようになれ、だ。

 あとは二人の心を信じるしかない。それと俺の主人公力に賭けるしかない。

 ここで負けるならそれは負けイベだったってだけだ。そう思うようにしようそうしよう。そうやって自己暗示でもしねえとやってらんねえよ。


 二人のために時間が欲しいと思っても、試合は無情にも始まってしまった。

 先制点は相手チームだった。宮田先輩と吉野先輩の連携による電光石火。先制攻撃だから仕方ない、とはならない。

 バスケは逆転がないスポーツだ。点差を離されればそのまま巻き返すこともなく大差で負けることもある。実力差だけじゃない。流れってのもあるんだよ。

 相手チームはさらに二点。そしてスリーポイントも決めて、開始一分で七点差をつけられる。

 一度勢いに乗ると、負けている側は運動量以上の疲れが体に重くのしかかり、勝っている側はさらに勢いを増す。流れってのはそういうもんだ。


 何より俺たちを苦しめたのは、相手チームの戦略だ。

 今までの試合で活躍した深瀬部長、朝倉、俺の三人から遠い位置でパスを回し、比較的実力で劣ると思われている三雲と陸奥からボールを奪取する。

 効率的で最悪な程に厄介な戦法だ。

 そして最悪な予想通りと言うべきか、朝倉の凡ミスが見られる。

 先程まで取れていたはずのパスが取れない。百発百中だったシュートが外れる。


 歯車がひとつ欠けたようなチームプレーは全体に影響が出る。

 三雲は朝倉のことが気掛かりなようで、試合に集中出来ていない。

 陸奥も先程までと様子が違うことに気付いたのだろう。パス回しに迷いがあり、チームの頭脳であるポイントガードとしての機能を失っている。

 そこまで身長が高くない俺たちのチームはインサイドが弱い。だからリバウンドも取れない。元々抱えていた弱点ではあるが、動きの悪さが弱点に切り込まれるきっかけを与えてしまっている。そうなるといよいよ相手チームの独壇場だ。


 このままではダメだ。深瀬部長もそう思ったのだろう。俺に駆け寄り、


「俺たちで点を獲る。前半は食らいつくだけでいい。とにかく離されるな」


 と端的に指示を出した。

 深瀬部長の言う通りだ。今すぐにこの状況をどうこうできるわけがない。

 だったらせめて後半に賭けられるように、今は逆転できる程度に点差を縮めておかなければならない。


「陸奥! 俺に出せ!」


 パスを要求し、レイアップシュートですぐに点を返す。

 深瀬部長がマークを剥がした瞬間を見逃さず、すぐにパスを出す。

 スリーを得意とする深瀬部長は、周りの空気に流されず綺麗なフォームで的確にスリーポイントを決めた。

 その後もなんとか食らいついたが、前半の五分が終わった頃には十五点の差がついていた。



「全く、どうなっているんだ」


 状況が飲み込めない深瀬部長は頭を抱えてそう声を漏らす。

 俺が朝倉の気を乱しました!なんて言えるはずもなく「集中できてませんね」などと話を合わせておく。

 三雲の今の実力を加味してもこれほど点差をつけられるとは思えない。深瀬部長もそう感じているのだろう。事情を知る俺にしてみれば、ギリギリで食らいつけただけでも及第点だが、このまま朝倉と三雲を放っておくわけにもいかない。

 このままでは何も成せないまま負けてしまう。


「ちょっと来い」


 俺は強引に二人の手を引いて体育館の外へ連れ出そうとした。

 だが、二人とも足を床に貼り付けたまま動かない。


「三雲」

「……はい」


 まずい。なんだこの険悪なムード。今すぐキャットファイト……どころか普通に殴り合いが始まってもおかしくない緊迫した雰囲気。思わず二人の手を離してしまう。


「あんたは、バスケが好きなの?」


 二人を止めようとしたが、どこか様子がおかしい。

 朝倉は声色こそいつもの調子はなく暗く低い様子だが、どこか落ち着きを払っている。

 三雲もそんな朝倉を静かに真っ直ぐ見つめている。

 言葉を選ぶように考える様子を見せた三雲だったが、すぐに答えを見つけたのか静かに首を振る。


「好き……かどうかはわかりません」

「は?」

「私は、運動が好きです。でも、それがバスケじゃなきゃならない理由は無いんです」

「だったらなんで、バスケ部を辞めないの」


 朝倉の問いに三雲はふっと微笑む。


「言ったじゃないですか。私は、灯先輩が好きなんです。灯先輩のバスケをする姿が好きなんです。私がバスケをできなくたって、灯先輩が楽しそうにバスケをしている姿を見ているだけで、私は満足ですから」


 真っ直ぐで偽りのない言葉だと、その純粋で透き通った瞳からも伝わってくる。見ているこっちが恥ずかしくなるが、三雲には欠片ほどの迷いもない。

 その目から逃げるように朝倉は目線を逸らした。真っ直ぐな思いを受け止めきれずにいるんだ。


「あ、あんたが柊木と知り合ったのは一ヶ月前でしょ。それなのに、なんでそこまで……」

「わかりません。ただ、なんだかずっと長い間灯先輩を見ているような気がするんです」

「なにそれ」


 意味がわからないと言いたげな朝倉に三雲は「なんででしょうね」と笑う。


「ずっと灯先輩のことを目で追っているからでしょうか。灯先輩が笑うと、なんだか懐かしくて。灯先輩に撫でられると、なんだか安心できて。日に日にその想いは大きく、強くなってる気がするんです」


 眩しくて目を伏せてしまいそうなくらいに気持ちと想いを乗せた言葉。

 朝倉は呆れたようにため息をつく。その表情には先程までの暗さや刺々しさはなく、どこか吹っ切れたようにも見える。


「あんた、本当に柊木のことが好きなんだね」

「はい。大好きです」


 朝倉は三雲の目をじっと見て、大きく息を吸い込んだ。

 今度は目を逸らすことなく、しっかりとその気持ちを受け止める。

 突如、バチン、と大きな音が体育館に響く。

 先程まで談笑していた他の部員たちも朝倉に視線を集める。

 頬を真っ赤にした朝倉は、勢いよく頭を下げた。


「三雲、ごめん」

「えっ?」

「そんなに一途な気持ちを見せられたら、もう疑う余地もない。どうしてもモヤモヤするよ。でも、三雲の話を疑うことなんてできない。だから、今まで私たちが三雲にしてきたことを謝らせてほしい。本当にごめんなさい」


 慌てふためく三雲は、どうしていいのかわからずに俺に助けを求めるように視線を向ける。そんな目で見られても俺もどうしていいかわかんねえよ。

 ただひとつ言えるのは、朝倉は三雲のことを信じてくれたということだけだ。

 三雲の純粋な気持ちに感化されたのか、真実を受け入れようとしている。


「朝倉先輩、顔をあげてください」

「でも……」

「朝倉先輩の気持ちはちゃんと伝わりましたから。私の気持ちを受け止めてくれたみたいに、私にもちゃんとわかりましたから」

「三雲……」


 俺は思わず笑ってしまった。

 何だよ。俺が何もしなくたって、ちゃんと理解してくれる人が居るじゃねえか。

 人の気持ちなんて簡単には分からない。彼女らの会話だってフィクション特有のご都合主義かもしれない。俺の知らない向こう側の世界では、こうも上手くはいかないのかもしれない。

 でも、こうしてきちんと伝えたら分かり合えることも出来る。本心を吐き出すことで相手の心に訴えかけることだって出来る。

 三雲の真っ直ぐな気持ちと、それを受け入れて素直になれる朝倉の優しさ。ここに芽生えた小さな信頼関係は、フィクション世界に生まれた本物の感情だと確信を持って言える。

 だって、彼女たちの想いは確かに繋がったとその表情が物語っているのだから。


「俺と深瀬部長だけで勝てるほどこの試合は楽じゃない。二人とも、後半は頼むぞ」


 誤解が解けておめでとうと言うのも違う。三雲のことを信じてくれてありがとうと言うのも違う。

 だから、それだけ伝えた。

 朝倉も顔を上げて俺を見る。


「もう大丈夫。この試合、負けることはないから」

「私が……私たちが逆転してみせます!」


 ああ、確かに大丈夫そうだ。二人の目を見てそう思った。

 どこか安堵したような表情の深瀬部長。なにがなにやらと話についていけない様子の陸奥。そういやこいつもこの試合散々だったな。いっちょ背中でも押してやるか。


「陸奥。この試合の優勝賞品はなんだ」

「え、いや、何の話だよ……パラダイスワールドのペアチケットだろ?」

「体育祭での約束覚えてるか?」

「合コンだろ? 忘れてねえよ」

「合コンで良い雰囲気になった相手とパラダイスワールド。これって距離を縮めるには最適じゃないか?」

「お、おお……おお!」


 目に火がともりそうなほど闘志が湧き上がってきたのが見ているだけでわかる。単純だなぁ、こいつは。


「俺たちのやることは決まったな」

「優勝! 俺たちは優勝する! そしてパラダイスワールドで彼女を作るぜ!」


 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこ行ったんだろうな……陸奥がいるだけでシリアスが壊れる。

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