弱い王さま/強い王さま


 ベートはほんとうは知っていました。自分がとっても弱い存在であることを。

「うししし! もろい身体でどこへ行く。王たる者が逃げてばかりかい?」

 まともに近づいて、黄土色の身体をした鬼、ゴズの金棒を受けられるはずがありません。とにかくベートは走りました。金棒の届かない距離をずっと離していないといけないのです。

「王には王たる責務がある」

 ベートは自分に言い聞かせるみたいに言いました。ゴズの攻撃の隙をついて一回拳銃を撃ちます。それはゴズに当たりはしましたが、それくらいの攻撃ではせいぜいゴズをちょっとびっくりさせる効果くらいしかないみたいでした。

「王は生きねばならない。民を犠牲にしてもだ。だが王は」

「ごちゃごちゃと耳障りだ」

 ゴズがまた金棒を振ってくるので、ベートはもっともっと走ります。男性にしては長髪のブロンドがすこし引っかかりましたが、それ以外はちゃんと避けられました。

「王は民を守る。だから王は民を統べる存在なのだ。民とは王のための存在。だからこそ王は民を守る。民は王のために働き、税を納める」

「俺は頭が悪いから、なにかを伝えるつもりなら無駄だぞ。小難しいことを言って俺を怒らせる気なら、それは成功してるけどね」

 ゴズは姿勢を低くして、頭に生えた牛のような角をベートに向けました。大きな身体の二本の太い腕も広げて、横に大きくなりました。右手には金棒も持っていて、それも横向きに構えるから、なおさら横幅が大きい姿勢です。

「仮に頭が良かろうと、おまえなんぞにはわかるまい。王であるとはどういうことか。それはその立場になければ知れぬことだ」

 ゴズの構えは突撃の姿勢に思えました。そうであるならもう、ベートに逃げ場がありません。だってゴズは横長に広がって構えているのです。急いで動いてもその攻撃範囲から逃れるのはたいへんそうでした。

 だから、ベートはまっすぐ拳銃を構えます。それから深呼吸をして、脈うつ身体に言い聞かせるのです。

 わたしは王だから大丈夫。って。ほんとうは臆病で弱い自分だってことをわすれるくらいに言い聞かせるのです。


「わたしは『優柔と猛獣の王』、ベート」


 優しさと強さ。そして臆病と冷酷さを合わせて持つ、どっちつかずな王さま。

 ベートは自分のことを貶すようにそう呼ぶのです。


「そうかいそうかい、ベート王。それでは王たるきみにふさわしい、劇的な死を、くれてやる」

 そうしてゴズは駆け出しました。一直線。ベートへ向かって。


        *


 ベートに限ったことじゃないですけど、だいたい誰の中にも、ほんとうの自分とはべつの自分がいるものです。

 いつも偉ぶっていたりしていても、もっと偉い相手にはへりくだったり。強そうに振る舞っていても、じつは臆病だったり。優しい言葉を言うときもあれば、急にこわいことを言うこともあったり。勇敢に前線へ立つ王が、じつは緊張して足がすくんでいたり。


 ゴズの突進を見てベートは、拳銃を撃ちました。ですけどその狙いは変な方を向いていて、どうやら天井へ向けていました。銃弾はもちろんゴズになんか当たるはずもなく、天井にめりこんでしまいます。

「うししし! なんだそれは! 降参の合図か!?」

 そうだとしてもゴズは止まる気がありませんでした。鬼に降参なんて通じないのです。鬼はただ戦って、相手より強くあるだけです。降参する相手を許したり、仲間にするなんてことはありません。降参するなら、倒すだけなのです。

「そうだな。わたしは参っている。自分自身の弱さに」

 ベートが言うと、そのまま彼は空中に浮いていきました。拳銃を撃った方向に飛んでいく感じです。だからゴズはベートを攻撃することができずに、そのまま奥の壁につっこんでしまいました。


「『表題解放タイトリリース』。『美女と野獣ビューティー アンド ザ ビースト』」


 飛び上がったベートはおりてきて、呪文をとなえました。そうしますと急にその身体は毛むくじゃらになっていって、ずんずんと大きくなっていきます。人間たちみたいな姿が一変して、大きな獣のような姿になるのです。

「いてて……。なんだいまさら、獣にもどったところで、俺に力でかなうつもりか」

 壁に激突したゴズは頭を押さえながらもういちど構えます。すこしくらい身体が大きくなったところでゴズのほうがよっぽど大きいです。しかも鬼の身体はとっても力強いですし、その鬼の中でもゴズはとくべつ身体が大きいほうだったので、力勝負で負けるなんてちっとも思っていませんでした。

 ぐるるるるる。ベートも同じように突撃みたいな構えをしました。ベートだって普通に戦って力で勝てるなんて思っていません。だから最初に人間モードに変身したのです。ですけど、もう勝つ準備は終わっていました。

 獣と鬼が、お互いに向かって走り出します。牙をむいて、爪をたて。力と力でぶつかりあうのです。

「うし……?」

 だけどとちゅうで、ゴズのほうだけが遅くなりました。じわじわとうしろに引っ張られるようになって、ついには動きそのものが止まってしまいます。

「くそ! なんだ! 身体になにかがからんで」

 それはベートの仕掛けた罠でした。人間モードのベートが撃つ銃弾には特別な糸がくっついていて、それをあたりに張り巡らせることができるのです。あるいはゴズの突進を避けたみたいに、糸で自分を空中に引っぱりあげるようなこともできたりします。

 ベートは逃げながら拳銃を撃って、たくさんの糸を一か所に集中して罠を張っていたのでした。鬼の力はとっても強いですから、その鬼を止めるだけたくさんの糸を張っていくのにちょっと時間はかかってしまいましたけどね。

 ぐるるるるる! 動きを止めたゴズにベートは飛びかかります。首元に噛みつき、身体に爪をたてて、力いっぱい攻撃しました。

「うしいいぃぃ! このやろう! 卑怯者!」

 糸で動けないゴズは暴れようとしますが、腕も足もしっかり糸にからまって、ぜんぜん動けません。鬼の身体は頑丈ですからかんたんに噛みちぎられたりはしませんけれど、でもしっかりベートの牙も爪も食いこんでいます。


 獣としての心になって、ベートは思いました。血の匂いがして、肉の味がします。人間のような姿ではあんまり好きじゃなかった匂いと味です。でも、獣の姿だとおいしく感じてしまいます。

 人間のような姿では、王と民という厳格な線引きをしていました。でも獣の姿では、王も民も、どちらも同じものだと思えます。大自然の中ではどんな生き物も平等なのです。

 そんな正反対な気持ちは、きっとどっちも正しいのです。だからきっとたいせつなのは、自分がどっちを信じるか。自分はどっちになりたいのか。そういうことなのでしょう。

「許さんぞベート王! うしいいぃぃ!」

 ついにとっても怒ってしまったゴズは、鬼の力をいっぱいに使ってベートの糸をちぎっていきました。まだまだ動きは弱いですが、腕一本くらいは動くようになったみたいで、それでベートを攻撃します。

 ぐるるるるるるる! 自分よりずっと強い鬼に攻撃されても、ベートは噛みついて、爪を食いこませ続けました。すこしずつ鬼の頑丈な身体に、その奥にまで牙と爪が入っていきます。いまさらそれを抜くわけにはいきません。もう逃げる力なんてありませんし、このまま嚙み切って勝つしかないのです。

「うしっ! うしっ! くそう、離れろ! うしいいぃぃ……!」

 ゴズも負けじと攻撃し続けます。ですけどどうしたことでしょう。どれだけ攻撃してもベートの力は弱まったりしません。むしろ徐々に強くなっている気さえします。

 ぐっ、ぐっ。ベートは力をこめ続けました。もうほとんど意識だってありません。ですけどベートは、王たるベートの身体は、やるべきことをやり続けました。

 王は民を守る。王として民にいろんなものを税として納めさせ、民に対して偉そうに振る舞って、ときには王の命のため民を犠牲にさえします。そうして生かされた『王』という存在は、民のために戦わなくてはいけません。

 それは王にしかわからない重責です。王は幾万の民、すべての思いを、命を背負っているのです。

 その重みが、ベートを動かしました。ぐっ、ぐっ。牙と爪を食いこませ、やがて。

「うしいいいいぃぃ!!」

 ゴズの、鬼の身体を突き破りました。たくさんの血があふれて、ゴズは倒れてしまいます。

 そしてベートも、ほとんど意識も消えかけていて、それに血もたくさん流していましたから、倒れてしまいました。

 ぐるるるるる。言葉にできない思いを唸って、ベートは最後の意識の中で思います。まったく自分は弱い王だ。だけどそれでも、ちゃんと王なのだ。民を、国を思って、戦えたのだから。それを力にして、勝てたのだから。


 そこに青の魔人があらわれて、ベートを担ぎ上げます。

「ベート王を保護。急ぎ治療が必要だ」


 鬼ヶ谷おにがたにを抜けました。赤と青の魔人が合流します。

「急ごうか」

 赤の魔人。

「ご主人が」

 青の魔人。

「「命あるうちに」」

 アラジンだけを残して、赤と青の魔人は急いで鬼ヶ谷からはなれます。あとどれだけ自分たちは存在できるかわかりません。ですからそれまでに、アラジンからの最後の命令をまっとうします。


 ――――――――


 王さまとして、アラジンは立っています。

「全員が逃げるまで、おれはここを通さねえ」

 鬼の王、シュテンの金棒を受け止めて、潰れそうになりながらもはっきり言いました。まさかその金棒まで受け止められるなんて思わず、そばで見ていたイバラキは驚きました。

 シュテンも驚いています。そして、アラジンだって驚いていました。

「おれは、『王さま』だからな」

 アラジンは歯を食いしばって言ってやりました。

「そうか。儂も『王』だ。『鬼の王』、シュテン。赤鬼の将にして、鬼衆の王だ」

 ガハハハハハハ! 鬼ヶ谷を揺らすくらいにシュテンは大きな声で笑います。

 そしてもういちど、とっくにフラフラなアラジンに向かって、金棒を叩き下ろしました――。




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