アラジンの言葉
メイジーは疲れていました。ですけど感情はずっとたかぶっていて、いろんな感覚が敏感になっている気がしていました。
「おろせ、魔人」
ちいさな拳をトンと魔人の背中において、つぶやくみたいに言います。覚醒した魔人に運ばれるのはすごいスピードだったので気持ちが追いつくのが遅くなりましたが、いまさらアラジンのことをくやしく思います。
「メイジー。ご主人は」
赤の魔人が言いかけました。ですけど、いまのメイジーにはわかっています。
「いいから、おろせ」
アラジンを助けにもどる意味はもうありません。そしていくらなんでもメイジーじゃあの大きな赤い鬼には勝てません。
でも、アラジン王に最期に言われた言葉があるのです。
「アラジン王のことは関係ない。あっしにはやることがある。おろせ」
三回目の拳をおろしたら、それといっしょに赤の魔人は煙になって消えました。いきなり消えてしまったのでメイジーは、そして赤の魔人の背中に乗っていたターリア女王もいっしょに地面に転がってしまいます。
「いってえ」
メイジーはちいさくぼやきました。おそばを見ますと、ターリア女王はぜんぜん元気におねんね中です。それと青の魔人の背中に乗っていたみんなも転がってきて、とくに重症のベートが痛々しくメイジーの視界にうつりました。
傷だらけの王さまを見てメイジーはぞっとします。そしてアラジンのことをすこし思い出しました。
魔人たちが消えました。もう
「ヘンゼル、グレーテル。だいじょうぶですか」
ペルシネット女王の声が、なんだか遠くで聞こえる気がしました。
「ベート王! たいへん。傷が悪化してしまいます」
アラジン王は、もう……。
「メイジー。ベート王はわたしが。ヘンゼルとグレーテルの手を引いてあげて」
あのムカつく王さまは……。
「メイジー!」
遠かったお声が急に耳元に来たので、メイジーはびっくりしました。考えていたことがほんのすこしだけ飛んでいきます。
「ぼうっとしていないで、『童話の世界』に還るのです。ベート王が傷だらけで意識もないの。はやくお医者さんにみせないと」
ペルシネットのお顔を見ます。傷こそありませんが、まだ血の汚れが残っています。疲れてもいますし、焦って、警戒して、たいへんな思いをしているんだなとわかります。
アラジンのことだってわかっていて、そこに心をいためているはずですけど、それを面に出さずにがんばっています。『女王さま』として、みんなを助けるために。
だけどメイジーはそんなんじゃありません。女王さまなんかじゃない。だからべつにがんばらなくっていいのです。
「ペルシネット女王。あっしは」
「いそがないと、鬼のところからははなれましたが、まだ敵がいるかもしれませんから」
メイジーのちっちゃな声なんか、あわてているペルシネットには聞こえません。でも、メイジーは言わなきゃいけません。やらなきゃいけないことがあるのです。
「ペルシネット女王」
「メイジー。ターリアも担いであげて。たいへんでしょうけど、わたしはベート王で手いっぱい」
やっぱりメイジーの声なんか聞こえていないみたいです。メイジーのちっちゃな決意なんか……。
「んにゃ。わたしがやる」
でも、メイジーのことをちゃんとわかっている女王さまには、聞こえていました。
緑のまなこを眠そうにこすって、それでも立ち上がった眠り姫が、茨みたいに美しい緑の髪を揺らして、自分で動き始めたのです。
「ターリア!」
ペルシネットなんかはびっくりして彼女の名を呼びました。ちょっと起きるくらいならともかく、ターリアが自分から歩き出すなんて何か月かぶりくらいのできごとなのです。
「メイジーにはやることがあるの。ペルシィ。だから還るのは、わたしたちだけでいい」
大あくびをしてターリアは言いました。
「やること? ですけど、アラジンは」
「たいじょうぶだよ、アラジンも、メイジーも」
まだおねむみたいに、ターリアの頭は右だったり左だったりにこてんこてんしています。でも女王さまのお言葉は、威厳をもってしっかりしていました。
「はいはい、ベートもたいへんなんだから、もう行くぞー。ヘンゼルとグレーテルも、抱き着き合ってないでついてきてね―」
ターリアが率先して一番前を歩きました。こっちだよって合図するみたいに茨をうねうねさせています。
残したメイジーに、ちょっとだけ振り向いてみせました。早く還っておいでね。お国はわたしがなんとかするから。なんにも言っていませんけれど、メイジーにはターリアのお言葉が聞こえた気がしました。
*
「行かなきゃ」
みんなとわかれて、すこしメイジーはおやすみしました。それから立ち上がって、気合いを入れます。
アラジン王が最後に言っていたのです。ほんとうは地響きとかでそのお声は聞こえなかったのですけど、お口の動きとかでなんて言っていたのかはだいたいわかります。
『アリスを頼む』
あの、ちゃらんぽらんで自分勝手でなんでも人任せで。
そして強くてかっこよくて素敵な王さまの、最後のお願いです。
「いや」
メイジーは歩き出しました。たったひとりで、敵ばっかりの『怪談の世界』を、アリスを追って進みます。
「かっこよくはないよな。べつに」
ふふっと笑うと、ちょっと力が出る気がしました。それから真剣なお顔になって、強く足を踏み出しました。
――――――――
潮のにおいがします。じめっとした水辺のおそばの湿気が服をお肌に張りつかせる感じがしました。
さきを飛んでいた天狗がゆっくり止まって、お空から下のほうを指し示します。
見下ろしますと、たくさんの朱が見えました。もっとよく目を凝らしますと、それらは鳥居だってわかります。川とか湖もちらほら見えますし、すこし先にはおっきな海もありました。
「どうやらここが
カグヤがつぶやきます。いちおう確認しようとして、案内してくれた天狗、シラミネに視線を向けますが、彼はいつのまにかもう、どこにもいませんでした。
「おりましょう、クラウン王」
「はいはい、おりましょうぞ、女王カグヤ。……え?」
おりるっていっても、どうやっておりるのでしょう? クラウンが疑問に思っていると、いきなりここまでカグヤとクラウンを運んでくれた龍が消えてしまって、そのままふたりは高いお空から地面にまっすぐ落ちてしまいました。
「ひっ、ひっ、ひいいぃぃ!! じょ、女王カグヤああぁぁ!!」
このまま地面に叩きつけられたらたいへんです。クラウンは泣きながらカグヤに助けを求めました。
「『
カグヤが言いますと、地面に叩きつけられる直前に、ふわりとふたりの身体が浮きました。そこからはゆっくりゆっくり落ちていって、安全に地面におり立ちます。
「女王カグヤ、びっくりするのでせめてさきに一言」
「ごめんなさい。いそいでいたのです」
申し訳なさそうではありますが、急いでいる気持ちが強いのでしょう。ごめんなさいもそこそこにしてカグヤはあたりを見渡しました。
「モモくんはどこでしょう。クラウン王。どこか知りませんか」
さて、鬼ヶ谷のお話しはおしまい。
ここからは、千年社での物語です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます