アラジンとメイジー、と、イバラキと


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『おまえ、いま誰を侮ったんだ?』




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 イバラキは、声を聞いた気がしました。はっとして精神を研ぎ澄ませます。

 最強の技を使ってのイバラキの思い描いた結果は、メイジーを切り捨てて、そのままアラジンまでも一気に攻撃していくことでした。メイジーの助けがなくなってアラジンと一対一なら、もうイバラキは負ける気がしていません。

 アラジンはたしかに鬼と同じくらいの力を持っているとわかりましたが、それはもっとも力の弱い鬼であるイバラキと同じくらいっていう程度です。ぐっと力を溜めたイバラキの技には、さすがのアラジンでも受けきれるはずがないと思っていました。


アラジンおれか? メイジーあいつか?」


 アラジンはすぐそこにいたはずです。イバラキは一瞬メイジーに気をとられて、そっちを優先にしてしまいましたが、それでもアラジンから目を離してなんかいなかったはずなのです。

 なのにそのアラジンが・・・・・・・煙みたいに消えて・・・・・・・・、声がしたのはイバラキのうしろからでした。

「わるいな。これは奇術トリックだ」

 うしろのアラジンもすこしだけ煙をまとっています。ちらりと見ると、腰に下げているランプから煙が出ていました。それを使って、どうやってだか身を隠したのです。

「おのれ、アラジン!」

 うしろにいるとは思わなかったので、イバラキは焦りました。うしろそこを攻撃するには姿勢がよくありません。このままじゃアラジンにさきに攻撃されてしまいます。鬼の身体はすっごくじょうぶですけど、鬼と同じくらいの力を持つアラジンの攻撃でしたら、さすがに切られてしまうでしょう。

「そう簡単に、この俺が……!」


 ――――――――


 メイジーには見えていました。とっても目のいいメイジーには、イバラキの攻撃がちゃんと見えていたのです。

 すう。と息を吸って、安心できるところで息を止めました。そうして身体の働きを落ち着けて、指先の感覚に集中します。

 イバラキの攻撃が、遠いところからでも届くんだってことをメイジーはわかっていました。それが自分を切ってしまうんだってことも。

 だけどメイジーは集中しました。切られてしまう怖さもありません。だっていまメイジーは最高に調子がいいのです。それにメイジーはもう知っています。


 ちゃんとアラジン王が、そしてターリア女王が、自分を守ってくれるんだってことを。


 イバラキの斬撃が飛んできます。それをちゃんとわかったうえで、メイジーはひとつも動じないまま、ただ静かに引き金を引きました。


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 ――――!!

 背中にするどくて重い衝撃があって、イバラキはつんのめりました。撃たれた瞬間、イバラキは『撃たれた』と理解します。それでも、それはとっても運の悪い偶然だと思いました。

 イバラキはぜったいメイジーを切ったと思っていました。メイジーに攻撃を躱す時間はなかったはずですし、メイジーはおろか、仮にアラジンが防御したとしても受けきれるはずがない威力で切ったつもりでしたからです。

 だからイバラキが撃たれたのは、切られたメイジーがその衝撃で引き金を引いてしまって、その銃弾が偶然自分に当たったんだと思ったのです。

 そんなこともあるかもしれないとは思っていました。だからイバラキはがまんして体勢を立て直します。メイジーうしろなんて気にしません。偶然の一発があたってしまいましたが、メイジーはもう切ったはずですし、これ以上は撃たれないはずです。だから、いまはとにかくアラジンなのです。

「…………っ!?」

 だけどそれは違いました。イバラキは二回も三回も、まだまだうしろから撃たれています。鬼のじょうぶな身体ですからすぐにたいへんなことにはなりませんが、あんまりたくさん撃たれるとあぶないです。メイジーの銃弾はやっぱり強くて重くなっているのです。

「なあ、誰を侮った? イバラキ」

 アラジンが言います。ちょっとだけメイジーを確認します。

 イバラキが切ったと思ったメイジーは、静かに微動だにしないまま、たくさんの茨に守られていました。メイジーの視界をふさがないように、手元を刺激しないように、繊細に。それでいてその茨はうねうねと生きているみたいに動いて、どうやらイバラキの攻撃を防いだのです。

「ああ、たしかに侮ったね」

 そういうことなら、そういうことです。それはしかたがないことです。『童話の世界』と戦っているのですから、それくらいの予想外くらいしかたがないのです。だからイバラキは理解して落ち着いて、また構えました。

「『鬼剣きけん』」

「もう遅い」

 それは銃弾と同じ方向から聞こえました。つまりイバラキのうしろです。

「…………?」

 最初、そこにいたはずのアラジンが煙みたいに消えて、だからイバラキはうしろを振り返ったのです。そこにはべつのアラジンがいて、じゃあそっちを攻撃しなきゃいけませんでした。

 そのせいでメイジーに背を向けてしまいました。メイジーのいる方向がうしろになって、まえにはアラジンがいたはずなのです。

 だけどいまは、まえにいたはずのアラジンが煙みたいに消えて、うしろから声がします。これじゃもうどっちがどっちだか、ぜんぜんわかりません。

「また、奇術トリックか……?」

 アラジンのするどいナイフが、背中からお腹までイバラキを貫いていました。それだけでも足りないのか、あと何発かの銃弾がイバラキをうしろから襲います。

 だからイバラキはまえに押されて、つまづいて倒れてしまいます。ナイフが抜けた穴から、たくさんの血がどくどく流れました。

「まあ、そんなもんだ」

 ナイフを一回、強く振るって、べっとりついたイバラキの血を落とします。だけどあんまりうれしくなさそうに、アラジンは言いました。

 呼吸が荒いのでつかれているのでしょう。ですけどそれだけでもないのです。

 敵だって、やっぱり倒すのは気が引けるのです。アラジンは楽しく戦いにきたのです。誰かの命を奪いたかったわけじゃありません。

 そのつもりだったのですが、手加減ができませんでした。命を奪うしか、イバラキに勝つことができなかったのです。それくらいイバラキは強かったのです。


「わるいな」

 アラジンはあやまります。手加減をしてあげられなかったことについてです。ですけど。

「いいや、悪くない」

 イバラキにあやまったはずが、お返事はもっと高いところから、もっと低くて強い声で降ってきます。


「イバラキを倒せるなら、儂とも遊べるだろう」

 見たこともないようなおっきな影が、真っ赤でどす黒いお山みたいな影が、油断していたアラジンの上になにかを振り下ろしました。



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