メイジーという『王さま』


「そういえば忘れてたわ。はい、これ」

 開戦一日目。『童話の世界』を出発したアリスは、ごそごそとお洋服の中からなにかを取り出してメイジーに渡しました。

「なんちゅう物々しいものを持ってるんですか。そしてどこから取り出してるんすか」

 アリスがメイジーに渡したのは銃身の長い銃でした。メイジーは最初から狩猟用の銃を持ってきていたので、もう持ち物がいっぱいいっぱいでしたけど、アリスに手渡されたのでとりあえずは受け取ります。

「ポケットがいっぱいだったのよ」

「まあもともとポケットなんかに入るシロモノじゃ」

 メイジーは言いながらアリスを見ますと、そもそもほんとうにポケットはいっぱいでした。ビスケットのはしっこがあふれているので、たぶんお菓子が入っているみたいです。

「ハピネスの造る武器はすごいのよ。持ち主に合わせて成長するし、それに念じれば消えちゃって持ち運びも楽ちん」

「消えませんけど」

「…………?」

 楽しそうに武器の解説をしていたアリスはメイジーの言葉に、笑顔のまま首をかしげました。おかしいな、と思ってメイジーから銃を返してもらって、ぶんぶんと振ってみます。

「銃器を不用意に扱わないでください」

 メイジーはあわててアリスから銃を取り上げました。

「慣れが必要なのでしょう。それにハピネス王の武器を最大限に扱えるのはほんものの持ち主のみですぞ、女王アリス」

 クラウンが横から言い添えました。つまりはメイジーにしかその武器を消したりすることはできないってことです。(ふつうの銃として撃つのは誰でもできますけどね)

「とりあえずそのまま持ち運ぶといいでしょう。さきに持っている猟銃のほうはワタクシがあずかりましょうか?」

 ニコニコしたお顔(仮面)でクラウンが言います。メイジーもクラウン王のことはなんとなく苦手で、自分の持ち物をあずけるのはちょっといやでしたが、しかたがないのであずけることにします。二丁も銃を持ってなんかいられませんし、せっかく造ってもらった新しい武器を使わないのも申し訳ないからです。

 メイジーの持ってきた猟銃を受け取ったクラウンは、魔法みたいにそれを消してしまいました。その銃はふつうの銃のはずですのに。

「わっ! そうそう、こんな感じで消えるのよ、メイジー」

 クラウンがどうやってか銃を消したのでアリスは驚きましたが、いいお手本でもあったのでメイジーに解説します。メイジーはふつうの銃が消えちゃったことに不思議な気持ちと不気味な気持ちをいっしょに思っていましたが、とりあえずマネをしてもういっかい、新しい銃を消せないかためしてみます。だけどそれはやっぱり消せませんでした。

「まあいいっす。銃の重さが好きなんで」

 もう行きましょ。メイジーがそう言って、アリスご一行はあらためて出発したのです。


 ――――――――


 出発のときを思い出して、メイジーは確信しました。あっしはたぶん、『王』じゃない。と。

 メイジーが王さまじゃないのは最初からです。ですけど今回の戦争では『王さま』を十五選ぶ必要があって、十四しか王さまがいない『童話の世界』では誰かひとりが『王さま』役をやらなきゃいけませんでした。戦うと強いから。そういう理由でメイジーが選ばれたのです。

 だけどメイジーは、選ばれてなんか・・・・・・・いませんでした・・・・・・・。そういうふうにメイジーにはわかったのです。アリスたちの見てないところで自分の身体中を調べましたが、やっぱり『童話の世界』のシンボルマークは見つかりませんでした。(この戦争の『王さま』に選ばれていたら身体のどこかに自分の世界のシンボルマークが浮かび上がるはずなのです)

 自分で確認できない場所に浮かび上がっている可能性もあるので絶対じゃないですけど、メイジーは自分が『王さま』に選ばれていないと、そのとき確信したのです。

 そしてこの戦争の『王さま』じゃないから、ハピネスの武器がちゃんと使えないのです。消すことができないのです。戦争が始まってからまだ丸二日も経っていませんけど、もっと長い時間をかければ消すことができるようになるのかもしれませんけど、だけどメイジーにはわかる気がしました。

 十五番目の『王さま』は、たぶんべつに選ばれている。メイジーは勝手にそう思いこんだのです。


 だけど。と、メイジーは思って、銃をかまえました。『王さま』なんかじゃなくっても、自分メイジー自分メイジーです。銃の扱いがじょうずで、『童話の世界』の中でも戦うのが得意な女の子。


「『表題解放タイトリリース』。『赤ずきんレッドフード』」


 たとえにせものでも、このときだけは。メイジーは思って、『童話の世界』の王さまたちみたいに呪文をとなえました。それはただの言葉でしたけど、それでもメイジーは強くなれた気になります。

 真っ暗な洞窟の中でも快晴のお空の下みたいによく見えます。敵の動きが手に取るようにわかりますし、そしてきっと、メイジーが撃つ銃弾は絶対に外れません。

 そんな『王さまじぶん』になったつもりで、メイジーは集中しました。


        *


 いま、なにをした? なにをされた? イバラキは思いました。

 銃弾が重くなった・・・・・・・・。自分を狙う銃弾を切ってみて、あきらかに最初と手にかかる重みが違うのです。銃なんてただの道具でしかありません。誰が撃ったって、撃ち方を変えたって、威力が変わるわけはないのです。ですのにメイジーがなにかを呟いたとたん、びっくりするくらい威力があがりました。

 と、そんなふうにイバラキは感じたのです。イバラキは鬼衆の中ではいちばん戦うことに慣れていますし、いちばん頭もいい鬼でした。冷静に『銃』という武器について分析して、威力が変わるわけないってわかって、だからほかの理由もたくさん考えたのです。

 もしかしたら自分がなにかされて、力を弱くされたのかもしれません。それかもしかしたら、『童話の世界』の特異な力でほんとうに銃弾が強くなったのかもしれません。『童話の世界』の住人たちには常識なんて通用しないのです。

 とにかく、メイジーをほうっておくのはめんどうでした。鬼である自分イバラキとおんなじくらい力のあるアラジンと戦いながら、鬼でも『重い』と思ってしまう威力の銃弾に狙われるのはたいへんです。ほんとうはアラジンだけに集中していればいいと思って、メイジーを甘く見ていたイバラキでしたが、そのとき、彼はメイジーこそをさきに倒さなきゃいけないと考えを変えました。遠くから狙われるのは、防御するのも回避するのも一苦労ですからね。


「『鬼剣きけん』」


 アラジンとの打ち合いの中、隙を見つけてイバラキは構えました。

 もともと最強の姿をしているのに、イバラキは鬼の中ではとってもちいさい身体です。だから鬼衆の中だと力はすごく弱いほうでした。だから戦い方を学びましたし、いろんな技術を身に着けたのです。

 だけど最後は力がものを言うのです。すくなくともそういう世界でイバラキは生きてきたのです。

 だから、身体の大きな鬼にも勝てる力を。ほんの一瞬だけでも張り合えるやりかたを覚えました。

 ぐっと力を溜めて、身体全体を使って一点に集中します。太刀の切っ先に。それだけの力がこもれば、その斬撃は刀身よりもずっと遠くまで届きます。


「『羅城刃らじょうじん』」


 イバラキは自分の出せるいちばんの技で、メイジーを攻撃しました。



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