ターリアとメイジー、と、アラジン


 上の階層にもどりまして、赤と青の魔人はまずヘンゼルを見つけました。見つけたというかそこにいたのです。ヘンゼルは子どもとは思えないようなおそろしいお顔で、いまにも飛び降りそうなようすでアラジンたちが落ちた穴をのぞきこんでいたのです。

「グレーテル!」

「ヘンゼル!」

 兄妹はお互いを見つけると抱き着き合いました。ヘンゼルが飛びかかってきたのでそのまま青の魔人は兄妹を運びます。

「ターリア女王! こっちっす!」

 赤の魔人に抱えられたままメイジーはターリアに手を伸ばします。ターリアはまだまだ眠ったまま、あたりに茨をまとってゴブリンたちを寄せつけないでいました。その茨はヘンゼルも守ってくれていたみたいで、だからふたりは無事だったのです。

「もう、メイジーはあわてんぼさん。まだお日さまはのぼってないむにゃ」

 ターリア女王はねぼすけさんでした。

「引っぱりあげるから手ぇ伸ばしてください!」

「むにゃ」

 やっぱり眠っていますが、めんどうくさそうにターリアは手を伸ばします。茨に守られてはいましたが、あたりにはゴブリンがうじゃうじゃいます。彼らは茨のせいでずっと手が出せずにいましたが、茨から白くて美しいターリアのお手てが伸びると、すぐにそれに群がろうとしました。

 それを赤の魔人がかき分け、メイジーが腕をつかみ、引っぱりあげます。守るように茨もターリアにくっついてきましたが、あんまり力をいれなくても簡単にちぎれてくれるので、ターリアの救出には問題ありません。ゴブリンたちもがんばって飛びかかってきますが、彼らがつかむのは茨ばかりで、つまり痛い思いをするだけでした。

「メイジー。かってにお国をはなれちゃめぇじゃないぐう」

「ターリア女王。お話があるっす」

「わーい。じゃあわたし、あれがいい。いもむしのやつ」

「あっしはアラジン王の加勢に行きますんで、女王はこのまま、魔人といっしょに『童話の世界』に還ってください」

「……んむぅ」

 メイジーの声が真剣そうだったので、ターリアはちょびっとだけお目めをあけました。彼女の髪の毛や茨みたいに、緑で美しい瞳が、おひさしぶりに夢からもどってきます。

「アラジンならほっといてもだいじょうぶだと思うけど、でもメイジーは助けたいのよね」

 お目めをごしごししながら、ターリアが言いました。ふわぁ、と大あくびを隠さないまま。

「借りを作りたくないんですよ。あんなのに」

「うんうん」

 ターリアはメイジーよりちょっとだけおねえさんなので、お話しを聞きながらメイジーの頭をよしよしとなでました。

「魔人さんたち、ちょっと気をつけてね」

 ぽんぽんと赤の魔人の背をたたいて、ターリアは言います。それから。


「『装丁結界ランページ』。『守茨しゅしのゆりかご』」


 ターリア女王がむにゃむにゃとおぼつかないお言葉を言いますと、あたりにすごいいきおいで茨が生えてきました。それは眠った女王を自動で守ってくれるこれまでのものとは違って、もっと広い範囲に、もっといきなりに、竜巻みたいにぐるぐる渦を巻きながら生まれたのです。

 さきに注意されてはいましたが、いきおいよく飛んでいた魔人たちはいきなりまわりに茨が生えてびっくりしました。ですけど、魔人たちの動きをじゃましたのは一瞬だけ。たくさん生えた茨はターリア女王の持ち上げたお手てにしゅるしゅると集まってきて、とってもちいさな茨の冠に変わりました。

「わたしは行かないほうがいいみたいだから、これだけね」

 そう言って、茨の冠をメイジーの頭に乗っけます。おかあさんにおめかししてもらった女の子みたいに、メイジーはちょっと照れてしまって、その上から赤いフードをかぶってしまいました。

「じゃあ、行きます」

 覚悟を決めて、メイジーは言いました。それは背中に乗せてもらっている魔人にも言いましたし、もちろんターリア女王にも向けて言ったのでした。

「ご主人をたのみます、メイジー」

 ほんとうは魔人はメイジーを行かせたくなかったのですが、メイジーの決意は固そうなのであきらめておまかせすることにしました。メイジーがまた下の階に降りやすいように穴のほうへ低空飛行します。

「ん~。早く帰ってくるんだよ。ぐう」

 ターリア女王はまたおねむにつきます。というよりすでに眠っています。そのおそばには女王を守るようにわらわらと茨が生え始めていました。(そこは赤の魔人の背中なんですけどね)

 メイジーはちょっとうれしくなって、お口をニコニコさせながらそれを隠すようにフードをもっとかぶります。そして、アラジン王を助けるために、また暗い穴に飛びこんだのでした。


 ――――――――


 薄暗い中で、きぃん、きぃん!と刃物のぶつかる音が鳴り続けていました。

「はあ、はあ……」

 だいぶおつかれみたいに、アラジンはあらい息をしています。

「うん」

 そんなようすを冷静に見て、イバラキは、こっちはずいぶん余裕そうに、なにか納得しました。

「よくやりあえているけれど、やっぱりすこし足りないね。鬼衆おれたちと『童話の世界きみたち』にはもともと、それだけ違いがあるんだよ」

 それを証明するみたいにイバラキは、これまでよりまだちょっと強い一撃を振るいました。ぎぃん!と、アラジンのナイフが削られてしまうみたいないやな音がします。それでもなんとか受けきることはできました。体力はずいぶんと削られてしまいましたが。

「でも、よくやったものだね。あの魔人の速度なら、もう逃げられてしまっただろう。きみは見事に、王たるつとめを果たした。満足して逝くといい」

 つかれたようすのアラジンのおそばに、イバラキは一瞬で移動していて、また強く太刀を振りあげました。アラジンはおつかれみたいで、こんどは防御が間に合わなそうです。

 ふっ、と、それでもアラジンは笑いました。「まったく」とちいさくつぶやきます。うれしそうに。だけど、困ったみたいに。


 イバラキの太刀は、振り下ろそうと動いた瞬間に動きを変えました。ドゥン!という低い音とほとんど同時に、ぎぃん!と、刃物同士がぶつかるのとはちょっと違う、金属のぶつかる音が響きます。

 イバラキは太刀の状態を確認します。刃こぼれはありませんでしたが、もしかしたら傷つけられたかもしれません。それくらいぎりぎりの反応でした。

 その銃弾を撃ったらしい相手が、ほとんど音もないままに着地しました。暗いところで生まれ育った鬼たちは、暗闇でもよく目が見えます。ですけどアラジンのおそばに降りたその者の姿は、ちょっと見えづらいのでした。

「おまえ、なにしにもどってきたんだよ」

 アラジンが怒るみたいな声で言いました。

「もちろん、アラジン王のお邪魔をしにきたんですよ」

 一歩近づいて、イバラキにもだんだん彼女の姿が見えてきます。それはぼんやりと真っ赤で、少女のような狩人でした。

「おまえの邪魔なんかでおれが負けるか。おれを誰だとおもってやがる」

「たぶん、バカなんだとおもってます」

「おまえなあ」

 アラジンはまだまだ文句を言おうかと思いましたが、なんだかめんどうになったのでもういいやとあきらめました。女の子に口論で勝っても、そしてもちろん負けても、どっちにしても男の子が得することはないのです。

「あっしみたいなお荷物を抱えたなら、アラジン王はもう、死ねないでしょうから」

 メイジーはかぶったフードをぎゅっとつかんで、お顔を隠します。アラジンはそれを横目で見て、だから真剣なお顔になりました。

「王は民を守る。そして王は、民のために死んではいけない」

 そんな素敵な考え方は、アラジンのものではありません。それはいつだったか、ベアかベートあたりの、王たるべき王さまが言っていた言葉です。

 まあそんな受け売りはそれくらいにして、アラジンはアラジンらしいお言葉でお話しすることにしました。

「最初から死ぬ気なんかねえよ。ほんとに、おれを誰だと」

「いまはちょっと素敵な王さまだとおもってます」

 メイジーが、聞こえるか聞こえないかのちいさな声で言いました。「ちなみにこれくらいちょっとです」と親指と人差し指をすっごく近づけてアラジンに見せます。だからアラジンはからかってやろうとお口を開きましたが、やっぱりやめました。


「そろそろ、今生の別れは終わったかな」

 イバラキが攻撃を始めたからです。それを受け止めるのに精いっぱいだったからです。

「おれ、おまえになんか言ったっけか?」

 受け止めて、弾き返して、距離が離れたイバラキを追って、距離を詰めます。そうしてメイジーからできるだけ離れた場所で戦おうと考えたのです。


「俺からはもう、言うことはないかな」

 イバラキがお口で笑いながら言いました。


「じゃあおれもなんか言っとくか。そろそろ終わりにしようぜ」

 アラジンも笑って、ナイフを向けます。



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