アラジンとイバラキ


「魔人たち!」

 相手の強さを確信してすぐ、アラジンは動きました。手加減ができる相手ではないとすぐにわかったのです。自分の最高の力をつかって戦わないとたいへんなことにもなってしまうとわかったのです。

「あいやご主人」

「おまかせあれ」

 指輪からは赤の魔人が、ランプからは青の魔人があらわれます。彼らはアラジンとは精神的に繋がっていますので、アラジンの考えたことが言葉にしなくてもわかるのでした。背の低いアラジンやメイジーなんかにはがんばってもとどかない天井に、腕を伸ばせばタッチできそうな大きな魔人たちが、急にぐいっと飛び出します。

 魔人たちはクリオネみたいに足の部分がひょこっと細くなってかわいい感じになっています。だけど上半身はムキムキにがっちりしていて、鬼たちにも引けを取らないくらい力強そうでした。

 そんなのがいきなり二体もあらわれたのですから、ほんものの鬼であるイバラキもさすがにちょっとびっくりしたみたいでした。

「ほう、鬼である俺と力勝負をしようというのか」

 びっくりはしましたが、それでもむしろ楽しそうにイバラキは言います。イバラキは鬼にしてはちいさくて、アラジンやメイジーよりちょっと大きいだけのくらいですのに、とってもおおきな魔人たちを前にしてもすこしも臆するようすがありませんでした。むしろ強そうな相手を前にして楽しそうにすらしています。

「我らをあなどるな」

 赤の魔人が身体をもうちょっと大きくして脅します。

「なによりご主人を」

 青の魔人もおっきくなって、あたりはせせこましくなりました。


「わかってるな、魔人たち」

 ご主人であるアラジンが声をあげました。ふだんアラジンをおちょくっている魔人たちも、こんなときはちゃんとアラジンに従います。おっきくなった身体で素早く動き、アラジンのもとに頭を下げました。

「アラジン王の」

「おおせのまま」

 アラジンは王として、しっかり立って、気合いを入れました。

「おう、行け」

 アラジンが言いますと魔人たちはそれぞれ、とんでもないスピードでメイジーやグレーテルを抱え上げて、一目散に飛んでいきます。アラジンたちが落ちてきた天井の穴から上の階層に消えていなくなって、残ったのはアラジンただひとりになりました。

 すこしのあいだ、イバラキは、アラジンがなにを思ってどうしたのかわかりませんでした。ですけどすぐに、『逃がした』とわかります。だけどひとつだけわかりません。

「わからないねえ。なんでおまえさんは残った、アラジン王」

 あの魔人たちにかかれば、イバラキのところから全員で逃げられたはずです。ですけどアラジンだけが残りました。たったひとりで、とっても強い鬼のところに。

「おれは『怪談の世界』に遊びに来たんだ。それに、誰かが止めなきゃ、おまえから逃げられるもんかよ」

 アラジンはお得意のナイフをさかさまに握って、戦う準備をします。

「買い被りだねえ。やりあって負ける気はないが、あの速度で逃げられたらたやすくは追えないよ」

 ですけどアラジンの予想はそのとおりで、たやすくないくらいには追うことはできました。なんだったらアラジンなんてほうっておいて追っかけることもできますけど、アラジンという『童話の世界』の『王さま』が残っていることで、その王さまをほうっておいて他を追うわけにもいきません。

 つまりアラジンはとっても正しい逃がしかたをしたのです。ただし残ったアラジンはもっともっと危険になりましたけど。

 とにかくしかたがありません。イバラキは太刀を抜いて構えます。とっととアラジン王を倒して、せっかく釣れた獲物たちをしとめるのに追わなきゃいけません。

「王として、覚悟はしているんだろうねえ、アラジン王」

 一瞬です。イバラキは一太刀でとっととしとめるために力をこめました。


 ――――――――


「おい、魔人たち! はなせっ! おろせっ!」

 メイジーが赤の魔人の腕の中で暴れます。

「あわわわ、暴れるな、メイジー」

 赤の魔人は仲間ですから、メイジーに乱暴はできません。なんとか穏便になだめるために四苦八苦していました。

「あんたら、主人をおいて逃げる気っすか。あっしだけでもおいていけ。アラジン王が」

 やられてしまう。メイジーははっきりそう思いました。

 アラジン王の行動は立派です。みんなを助けるためにあんなに強い相手のまえにひとりで残りました。そのおかげでメイジーやグレーテルは安全に逃げられましたが、でもそれじゃあアラジン王を犠牲にしたみたいです。

 暴れて騒いでうるさいメイジーのお口を、赤の魔人はおっきな腕でふさぎます。イバラキからは逃げられましたが他にも敵はうじゃうじゃいるので見つかったら厄介なのです。

「王の仰せだ、メイジー」

 お隣で青の魔人が言いました。そっちはそっちで自分のことを刺してばっかりのグレーテルを押さえつけるのにちょっとたいへんそうです。

「王は民を守る。たとえおのれを盾にしようと」

 赤の魔人が続けます。だからそれが問題なんだ。メイジーはそう思いましたので、またすこし暴れようとしました。

「「だがあなどるな、我らが王を」」

 赤と青の魔人が声をそろえて言いました。

「他人任せの我らがご主人が」

「自己犠牲なんてするものか」

 ふっふっふ。と、訳知り顔で魔人たちは笑います。そのお顔はすこしも、アラジン王の心配をしているようすじゃありませんでした。


 ――――――――


 きぃん!とひとつ音がして、そしてふたりは離れました。

「……おかしいねえ。なにをした、アラジン王」

 それは驚くほどの感触でした。イバラキは一撃で倒すつもりでアラジンに斬りかかったのです。逃げたのなら、避けたのなら、まだ納得できます。ですけどアラジンは握ったナイフでイバラキの一撃を受け止めて、そのうえ耐えたのです。傷ひとつついていないのはもちろん、力負けしたようすすらありません。

 それになによりイバラキが驚いたのは、一合打ち合ったその感触が、まるで自分たちの同胞、鬼とぶつかり合ったみたいな力強さだったことでした。

「さあね、はてさて」

 余裕そうにアラジンはひらひらと手を振って、おどけてみせます。

「タネも仕掛けも、見抜けましょうか?」

 こんどはアラジンのほうから攻撃します。ちいさな身体で大きく飛んで、一気にイバラキに斬りかかるのです。


「おれは『皮肉シニック奇術トリックの王』。アラジン」


 こんどはぎぃん!と、さっきより勢いの強い音で刃がぶつかりました。その力に、イバラキは確信します。

皮肉シニック? 奇術トリック? いやいや、これは」

 なんのタネも仕掛けも、ありません。そうわかるのです。ですけどそうであるならそれはそれで、たしかに皮肉は効いているのかもしれません。


 こんなにちいさくて、こんなに弱そうなアラジン王が。みんなに馬鹿にされて、みんなにあなどられたアラジン王が。誰かに頼る性格で、奇術トリックを好む、自分じゃめったに戦わないアラジン王が。

 まさか鬼と戦えるくらいに、強いなんて。


「よく爪を隠したものだねえ、アラジン王」

 イバラキは気合いを入れ直して、アラジン王に集中します。簡単に倒して、逃げたほかの者を追っかけるなんて、甘い考えは捨てました。


「あぁ? なに言ってるかわからねえぞ」

 アラジンはとぼけて、だけどしっかり、ナイフをかまえます。



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