『童話の世界』の住人と鬼衆
地面におしりから落ちて、アラジンは痛そうなお声をあげました。どこから落ちたのかなと上を見ますと、真っ暗な中にうっすらと光が漏れているところがありました。それはがんばってジャンプしてもとどかなそうな高さです。つまり、ひとつ下の階層に落ちてきてしまったみたいでした。
「あ、あ、あ、あああぁぁーー!! もうっ!」
真っ暗な中でいきなり大声があがったのでアラジンはびっくりしました。そちらを見ると、どうやらおそばにグレーテルがいます。
「なんで。なんで! なんでっ!」
なんでの数だけグレーテルは腕を刺しています。持っていた鋭い
「いやなんで!?」
アラジンもなんでです。グレーテルが自分自身を刺している意味がわからないのです。
「やっともどったのに! なんで! ヘンゼル!」
はっとしてあたりを探しますと、たしかにヘンゼルがいないみたいでした。ということは、落ちてきたのはアラジンとグレーテルだけだったってことでしょうか。
「とにかく落ち着け、グレーテル。だいじょうぶだ、すぐ上に」
もどれる。そう言おうとしました。アラジンやグレーテルだとジャンプしても落ちてきた穴には届きません。ですけどアラジンにはお空を飛べる魔人たちがついていますので、彼らに頼めばかんたんです。
そう思って、そう言おうとしたのです。
「ご主人!」
ですけどそれを言うまえに、赤の魔人がもう出てきていて、アラジンに大声をあげました。アラジンはのんきに、ちょうどよかった、なんて思っただけでした。
「うん。ちゃんと分断できたね」
ひゅっ! という鋭い音といっしょに、知らないお声がアラジンのすぐうしろで聞こえます。真っ暗な中、アラジンはその誰かが近づくのに気づけなかったのです。
――――――――
ひとしきりあばれて、あたりのゴブリンたちはだいたい倒せました。ぐるるるるる。ベートはひと息つくのに喉を鳴らします。ゴブリンたちはほんとうにうじゃうじゃと数がいますから、まだまだ元気なゴブリンたちがおそばにはたくさんいました。ですけどその中の多くはもうベートには勝てないとわかっていて、無暗に突撃しないで遠くから隙をねらっているだけです。
そのゴブリンたちを蹴っ飛ばして、どしんどしんと洞窟を揺らしながらなにかが歩いてきます。ほんのひと息ベートはおやすみできましたが、どうやらそれももう終わり。ゴブリンたちよりもっと強い誰かが来てしまいました。
「うし、うしうし。そろそろつかれたところだろう、『童話の世界』の王」
とっても大きい獣の姿のベートより、よっぽど大きいです。ベートがジャンプしても届かないはずの洞窟の天井に、その黄土色の身体をした鬼は、持っている金棒を振り回すだけで届きそうなほどでした。
「それじゃあそろそろおやすみよ。永遠に」
おっきな身体を前屈みにして、驚くほど立派な牛みたいなふたつの角をベートに向けます。
「黄鬼の将、ゴズ。それがきみの最期に聞く名だ」
ベートはすぐにわかりました。
「『
獣のままで、力だけで戦ったらぜったいに勝てません。だから人間たちのような姿に変わって戦うしかないのです。だからといって勝ち目があるのかは、もうわかりませんでしたが。
「おい、急げ、アラジン」
お話しできるようになって、ベートはぼそりと文句を言います。
「あまり長くは、待てない」
銀の銃を握って、ベートも覚悟を決めました。
――――――――
ゆらゆらゆらめく黄金の髪は、まるで洞窟内をぜんぶ照らすみたいに輝いて美しいです。それがゆったり進むペルシネットのまわりでずっと女王さまを守り続けていました。
飛びかかるゴブリンはペルシネットに触れることもできずに、彼女の髪の毛にぶつかって、とがらせた毛先で貫かれて倒れていきます。(ペルシネットの髪がペルシネット自身だというのであれば、触ってはいると言えそうですけど)
「きたない、きたない、きたない」
ゴブリンたちの血と肉が飛び散るたびに、ペルシネットは一束の髪の毛をほうきがわりにして、進む道を掃いてきれいにしました。きたないものを踏んづけて歩くのはいやですもんね。
「よごれた身体で、けがれた視線で、みにくい心で、わたしはもう、がまんならない」
ずっとずっとがまんしていたのです。きれい好きのペルシネットは、きたないゴブリンたちのすみかに居続けることに、ずっとずっとがまんしていたのです。
思えば、ペルシネットの物語はけがれで満ちていました。いじきたない両親がお隣に生えていたノヂシャを欲しがったために、そのお返しとして、生まれたペルシネットはお隣の魔女の子として育てられることになったのです。
美しいペルシネットは魔女に、高い塔の上で大事に育てられましたが、ペルシネットが大事にされていたのも魔女のおもわくがあったからでした。美しい娘を育てて、どこぞ王さまのお妃にして、王族として裕福に暮らすために。それは高望みだったとしても、美しく育った娘ならお金持ちの男たちに高く売れたでしょう。魔女の狙いはそういうものだったのです。
ペルシネットは大事にされながらも、最終的には男性に買われなければなりません。ですからペルシネットは幼いころから男性の相手をすることを学ばされました。塔の上で、男性を招いて、彼らを虜にする方法を学ぶのです。そうしてペルシネットは男性のいやらしい視線にも、優しい言葉の裏のみにくい心にも触れて育ちました。
世界にはきたないものがあふれています。さいわいにもペルシネットは王子さまに出会って、きれいなままで塔の上から抜け出せましたが、だからといって世界からきたないものがなくなったわけではないのです。
世界はきたないのです。ペルシネットには、それががまんならないのです。
「生まれ変わりなさい。きれいに」
わたしの生きるこの世界がきたないなんて、そんなの、がまんならないわ。ペルシネットはそう思って、きたない世界を見ないふりするのではなく、きれいにするために物語を続けたのでした。
お掃除にいそがしいペルシネットのところにも、どしんどしんと大きな揺れがやってきます。
「うま、うまうま。きれいな髪は、どこに飾ろうかな」
黒い身体に、長いお顔の鬼でした。お口とお鼻がお馬さんみたいに前に長くって、それだけお口が大きいのです。その鬼は、おっきなお口からいっぱいの牙をむいて、あーんと大口を開きました。
「黒鬼の将、メズ。そこ行くきれいな髪の毛さん。結婚しよう」
急に結婚とか言い出しましたが、言葉とは違ってメズはおっきな金棒を天井近くまでかかげて、攻撃の準備をしはじめました。
「おことわりします。わたしはもう王子さまと結ばれていますので」
ゴブリンたちはもう、ペルシネットに飛びかかっても勝てないとわかりはじめたので遠巻きになっていました。だからペルシネットは、新しい、この大きくて強そうな鬼に正面から立ち向かえます。
「ちがう、おまえじゃない。僕が結婚したいのは、その髪だ!」
メズはなんだかわけのわからないことを言いました。
「……意味がわからない」
わけがわからなすぎて、ペルシネットも頭を抱えてしまいます。
――――――――
ドゥン! 上の階層でどしんどしんしたのとはちがう音が、アラジンの首元をはじきました。
「バカちん王!」
おそばにメイジーが降りてきて、銃をかまえます。振り返ってみても、そこはとっても暗くって、アラジンにはあんまりなにもよく見えませんでした。
「まだ釣れるのか。餌が上等だと、楽なものだね」
音も、あんまりしません。ですけど声は近づいてきまして、そのうちアラジンにも青い鬼の姿が見えました。
ゴブリンよりはよっぽど大きいですけど、鬼というにはちいさい気がします。アラジンは鬼を見るのがはじめてでしたが、聞いたところによると鬼は大きい身体をしているということでしたので拍子抜けでした。『童話の世界』の中では小柄なアラジンやメイジーなんかよりかはまだ大きいですが、背の高いペルシネットよりはちいさそうですし、ガタイのいいベアやベートとくらべたら子どもみたいなサイズです。お顔とかは子どもというより、おじいさんみたいに皺があったりしていますけど。
でも、そんな姿でありながら、身体が震えてしまうくらい強いっていうのは、アラジンでもひと目ですぐにわかってしまいました。
「青鬼の将、ならびに、鬼衆の副将。イバラキ」
「釣れた獲物を、調理しに来たよ」
それをかまえて、イバラキはそのちいさな身体に力をこめます。
その姿を見て、アラジンは思いました。
こいつはさすがに、強すぎる。って。
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