繭の中の合流


 アラジンとヘンゼルを(こっそりと)髪の繭に入れて、ペルシネットたちは合流できました。

「ヘンゼル!」

「グレーテル!」

 ヘンゼルとグレーテルの仲良し兄妹もようやく再会です。ふたりはぎゅっとお互いを抱き締め合って、そのままお互いにお互いの首元に噛みつきました。

「ああぁ……」

「んんぅ……」

 グレーテルは天にも昇るみたいな恍惚の表情になり、ヘンゼルは穏やかに眠るみたいな安らぎの表情になりました。

「……なにこの兄弟」

 アラジンはドン引きです。

 まあ、それはさておき。

「ともあれおまえらは『童話の世界』に還れ。指輪の魔人に送らせる」

 アラジンの魔人たちは目的の場所までひとっ飛びする力がありました。それなりに時間はかかりますので長いことアラジンのおそばから離れることにはなりますけど。

「待ってください。それよりほかにも誰か来ているのでは? ここの見張りたちがどこかへ行ったみたいなんですが」

 お話ししながらペルシネットは繭のお外をちらりと確認しました。だいぶ数は減りましたが、まだまだたくさんのゴブリンたちがいて、それにまだまだ騒がしそうにしています。

「あー、正面はベートがな……。あとメイジーがいるよ、たぶんそのへんに潜んでここを見張ってくれてる」

「ふがっ!」

 そのときとつぜんターリアが起きました。

「メイジーが来てるの? お国を離れたことについてお説教しなきゃ、ぐぅ」

 と、思ったら寝言でした。ターリアは眠っていてもときどきふつうに生活しているみたいに歩いたりするので、これくらいはいつもどおりです。

「悪いがメイジーとおれはまだアリスの護衛にもどらなきゃならねえ。ベートはペルシネットたちを助けたら自力で還るってよ。おまえらを無事に魔人にあずけたらメイジーが報告に行ってくれる」

「それでアラジンはここからひとりで逃げられると?」

「おれはとつぜんの侵入者だし、顔は見られてねえからだいじょうぶだろ。ひとりで身軽に動けるし、それに」

「アラジン」

「……はい」

 ペルシネットが急に低い声になったので、アラジンもなんだか背筋が伸びてしまいました。ペルシネットはふだん優しいのに、怒るととってもこわいのです。

「わたしが、ただみなさんに助け出されるだけのか弱い女の子だとでも?」

「いや、ここは逃げてくれよ。おれらはそのために来たんだし、おまえらを助け出さなきゃおれらだって撤収できないだろ」

「アラジン!」

「はいっ!」

 ペルシネットがおっきなお声を出すのでアラジンも大声でお返事します。

「あなたにわかりますか? 囚われて、舐めるように見られ続けた気持ちが。女王になったというのに、みなさんに迷惑をかけるしかできない、ただのかわいくてか弱い女の子みたいに扱われる屈辱が」

「かわいいとは言ってねえ」

「はあ?」

「ごめんなさい」

 ペルシネットがいままででいちばん低い声になったのでアラジンは正座しました。

「ともあれ、すこしくらいお返しをしないと女王としての立場がありません! ベート王のところまで合流して、ここを離れるまでは手助けさせていただきます!」

「いや、その気持ちは立派だけど」

 とっとと助け出さないとベートだって逃げられません。ここでペルシネットが騒いでいる時間ももったいないのです。……あれ、ペルシネットはさっきから、ずいぶん大きなお声を出していましたね?

「ご主人、ご主人」

 魔人が指輪の中から声だけ出して言いました。

「どうせここは洞窟内、我ら空は飛べるが洞窟を抜けるまでは意味がない」

 それはそのとおりでした。とはいえ洞窟内でも魔人に運んでもらうほうが安全なのは変わりませんけど。

「それにペルシネット女王が声を荒立てたおかげで、どうやらバレてしまいましたな」

 魔人が続けて言いました。指輪から一本指を出して、繭のお外を指さします。

 ゴブリンたちがみんなでアラジンたちのほうを見ていました。

「こっちにも侵入者ザ!」

 おしゃべりできるゴブリンが叫んで、一気にたくさんのゴブリンが飛びかかってきます。


        *


「ほら、けっきょくこうなるんです」

 ペルシネットはなんだかうれしそうに言いました。

「おまえのせいだ」

 ぼそりと(ペルシネットには聞こえないように)、アラジンは言いました。

「ペルシィは、ずっとひとりでがんばってたから、うっぷんたまってるむにゃ」

 ターリアが寝ぼけています。

「それはきっと、おまえのせいだな」

 ターリアに聞こえるようにアラジンは言いました。ガシガシと寝ぼけたまま、ターリアがアラジンの足を蹴ります。

「おい、ペルシ」

 アラジンがペルシネットを呼ぼうとしたちょうどそのとき、みんなを守っていたペルシネットの髪の繭がほどけはじめました。

「みなさんをお願いします。わたしはベート王と合流して、ご一緒に歩いて還りますから」

 ペルシネットはみんなを守っていた髪をぎゅっととがらせて、いくつもの剣みたいにゴブリンたちに向けます。

「そういうわけにも……」

 言いかけて、ふとふわりとした感覚にアラジンはおそわれました。がこん。と、なにかが外れるみたいな音がして、そして。

「バカちん王!」

 メイジーの聞きなれたお声が聞こえて、それが遠ざかっていきます。

 そこでようやくアラジンは気づいたのです。

 あれ、これ、落ちてねえ?


        *


 ギャーやらヒーやらウォーやら言いながら、たくさんのゴブリンが飛びかかってきていました。戦闘態勢のペルシネットはこわいお顔をして、彼らをにらみます。

「よくもわたしを、いやらしい目でじっくりねっとり見ましたね」

 それでも耐えたのは、守るべき仲間たちがいたからです。ひとりならすぐにでも戦って、一刻も早く逃げようとしたでしょう。見られ続けるのもつらいですが、なによりゴブリンたちのすみかはとってもよごれていましたから。ペルシネットはきたない場所がいちばん我慢ならない性格なのです。

 ペルシネットは、剣みたいにした髪を振り回して、グルグルと渦を巻かせます。それはペルシネットを包むように繭になって、剣先だけがハリネズミみたいに外側につき出ました。むやみに飛びかかったゴブリンたちは空中で向きを変えることができずに、そのまま剣に刺さってしまいます。


「わたしは『潔癖と鉄壁の女王』、ペルシネット」


 繭をほどいて、ペルシネット女王は姿をあらわします。美しい黄金の髪をゆらめかせて、凛と立ち上がりました。髪の束をすこしつかんで、ほうきみたいに構えます。

「それじゃあお掃除を、はじめましょうか」

 ペルシネットのぜんぶの髪の毛がぶんぶんと振り回されて、ついた血を吹き飛ばします。そうするとひとつの曇りもなくなって、ペルシネットの大好きなきれいな髪の毛にもどりました。



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