救出作戦
ベートの知っている情報によりますと、鬼ヶ谷は階層式になっている、というところまでしかわかっていませんでした。ですけどもっとくわしく言うなら、鬼ヶ谷は五層にわかれていて、たいていの場合は強い鬼ほどずっと下の階層で暮らしています。いまは『童話の世界』におでかけしていますがキドウもいちばん低い五層に住んでいますし、鬼の王さまであるシュテンなんかもふだん五層にいます。
そして、浅い階層である第一層には、いまは鬼衆に加わっています
ワーやらギャーやらオーやら、なにを言っているのかわからない叫び声ばかりがあがっています。ゴブリンたちの多くは言葉を話すことができません。それにほとんどのゴブリンたちはあんまりなんにも考えていませんので、たとえお話しができたとしてもそこから情報を得ることなんかできないでしょう。食べる、寝る、排泄する。欲しがって、奪って、喜ぶ。それでだいたいぜんぶです。
いいえ、もうすこしありました。彼らは仲間たちをたいせつにしています。もっと大きく言いますと、種族をたいせつにしているのです。ゴブリンという弱くて頭もよくない種族が生き残るために、精いっぱいに行動するのです。具体的にはいっぱいいっぱい子どもを作って、もっと数を増やして種族として繁栄しようと考えます。そのために必要なのが、子どもを産んでくれる女性たちでした。
「……なにを見ているのですか」
ゴブリンたちのすみかの隅っこで、ペルシネットが言いました。長くてきれいな黄金の髪の毛を繭みたいにしてみんなを守っています。
「それいじょう近づいたら、容赦しませんよ」
髪の毛の一部を剣みたいにとがらせて威嚇します。ですけどゴブリンたちはわかっていまして、『それいじょう』は近づきません。それでもずっと、ペルシネットたちをとり囲んで眺めることは続けています。
「もちろんこれいじょうは近づかナせん、ペルシネット女王」
だいたいのゴブリンたちはほとんどはだかみたいな恰好をしているのですが、そのゴブリンはボロボロではありますけどちゃんと布切れみたいなものを身に着けていました。そして舌っ足らずではありますけどお話しできるのです。
「キドウさまにくぎを刺されてオます。あと三日、でなく二日とはんぶん、手は出スない」
そうは言いますがいまにも飛びかかってきそうな様子をして、そのゴブリンも座り込みました。じっくりねっとり、ペルシネットのお姿をすみずみまで見つめています。そうやって見られているとおちおち休めもしません。ペルシネットは連れ去られてから一睡もできていませんでした。
「あなたはここでも眠れるんですね、ターリア」
「むにゃむにゃ」
文句を言おうとして見たのですが、とうのターリアは幸せそうに眠っていますのでペルシネットもそれ以上はなにも言えませんでした。それにターリアは眠っていても茨をわさわさ伸ばせますので、ペルシネットの髪の繭の外側を茨で守ってくれています。
「ふんっ。ふんっ……」
そしてもうひとりのグレーテルは、ずっとずっといじけていました。
「ヘンゼル。ヘンゼル……」
ぶつぶつとつぶやきながら、持っている
指先からはじまって、手の甲、手首や前腕になって、こんどは足のほうです。あんまり場所がなくなってくると、こんどはお腹とか、耳たぶとか肩とか。そしてたまに心臓のほうにも刺そうとしてしまうこともあります。
「グレーテル! そこはダメ! おちついて!」
そのたびにペルシネットが大きなお声で止めますので、グレーテルはお口をとがらせてしぶしぶべつの場所を刺すのです。
こんな感じでペルシネットがひとりでずっとたいへんな思いをしていたのですが、どうやらそれも、そろそろ終わります。
「きたぁ……」
グレーテルがなにかに気づいたみたいに錐を刺す手を止めました。それと同時に、入り口のほうからゴブリンが騒ぎながら走ってきます。
「ギー!」
「ギー!」
おしゃべりできないゴブリンに合わせて、おしゃべりできるはずのゴブリンがおんなじような叫びでお応えしました。
「えさに喰いついたナうだ。
たったひとりです。それならたいした問題にもなりません。そう思っておしゃべりできるゴブリンは笑いました。いくつか指示を出しますと、いくらかのゴブリンが走っていきます。ペルシネットを見つめるお目めがいくらか減りました。
「音、よっつ」
ヘンゼルがちっちゃくつぶやきます。繭の中にしか聞こえないくらいのお声で。
「よっつ? みっつ、かな……?」
グレーテルが小首をかしげます。錐についた自分の血をちょっぴり舐めとりながら。
*
正面から堂々と進んで、銀色の銃をバンバン撃ちます。
「…………」
黙ったまま、氷みたいに表情を変えないまま、ベートは進みました。ギャーとかヒーとかアーとか言いながらゴブリンたちは倒れていきます。緑色の身体から、緑色の血を流して。
「……さすがに弾が足りんか。ならばここからは」
銃弾を撃ちつくして、最後にベートは銃弾といっしょに張り巡らせた銀の糸を引き、振り回します。あたりに広がった糸がグルグルと渦を巻いて、広い範囲のゴブリンたちを引き裂きました。それで、
「『
優しくて強い、
雄叫びを上げて、群がるゴブリンたちをひと息にはじき飛ばします。その強さにゴブリンたちは束になってもとてもかないません。こうしてこの場所は、とっても騒がしくて、とっても危なくて、誰もが注目してしまう場所になってしまったのです。
*
ギー、ギー。ガー、ガー。ペルシネットたちを見張るゴブリンたちもだんだんと騒がしく、慌てた様子になっていきました。すこしずつそこにいたゴブリンたちもどこかへ行ってしまい、ペルシネットたちのそばにはもうわずかのゴブリンたちしか残っていません。
「どなたかが助けにきてくださったのですね」
ペルシネットはちょっぴりだけ安心しました。これでこの場所から逃げられそうです。ですけどその反面、申し訳ない気持ちにもなりました。自分たちが捕まったせいで、仲間に危険な思いをさせているのですから。
「グレーテル」
ひっそりとペルシネットは声をかけます。
「ヘンゼルがきているのですね? ほかはどなたが」
質問のとちゅうで、ペルシネットの繭のように囲んだ髪の毛がコンコンと叩かれました。それはゴブリンたちのいないうしろの方向です。そっちには壁しかなかったはずですが。
「ペルシネットさま、開けて」
グレーテルがそわそわしたようすで言いました。
「どなたが? ヘンゼルですか?」
「うん」
警戒していたペルシネットですが、これ以上グレーテルを待たせたら彼女がかんしゃくを起こして暴れそうだったので、すこしだけ髪の毛にすきまを作りました。お手てがつっこめるくらいのちいさなすきまですが、そのさきには赤茶色の髪の毛と瞳の色をした男の子が覗き込んでいました。
「ペルシネット。おれだ」
ひそひそと言うその声と、その姿には覚えがあります。
「アラジン?」
そのように確認できましたので、ペルシネットはもっと大きくすきまを広げて、そこにいた者たちを迎え入れます。それはアラジンと、そしてヘンゼルのふたりの男の子でした。
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