鬼ヶ谷での冒険
『怪談の世界』。
「じゃあ、オレサマはまた『童話の世界』へ行ってくる」
キドウは鬼の王であり父親でもあるシュテンに言いました。ですけどシュテンはお酒をたくさん飲んだあとみたいで、ぐうぐうと大いびきをかいて眠っていました。だからキドウはお顔をしかめて頭をガシガシと掻きまわします。
「イバラキのオジキ!」
「ああ」
呼ばれたイバラキはいびきのうるさいシュテンのおそばにひっそりと、こちらも眠っているみたいに静かに座っていました。
「今回はゴブリンどもを連れていく必要はねえよな? オレサマはあんな低脳どもの保護者じゃねえんだぞ」
「ああ、好きにしなさい」
イバラキはシュテンのいちばんの部下ですけど、いつも荒々しいシュテンと反対にとっても静かな鬼でした。シュテンほど大きな身体も力もないですけど、戦闘の技術と知識が豊富で、シュテンと同じか、もしかしたらシュテン以上にほかの鬼たちから頼られて慕われている、鬼族の副大将です。
「キドウ」
言うことは言いましたので、そろそろ出発しようと背を向けたキドウに、イバラキが声をかけました。
「今度は『
うとうとしているみたいにほとんどお目めをつむっています。こっくりこっくりうなづくようにしながら、イバラキはないしょみたいにして人差し指をお口に当てました。シュテンには黙っておく。そういう意味だとキドウはわかったので、嬉しそうに笑います。
「ただし」
うつらうつらしていたイバラキのお目めがぱっちりと開きまして、キドウのことを刺すみたいに睨みました。
「負けてもどってくるなんて無様はしないように。死肉のかけらすら俺たちには不要だからね」
負けて逃げてくるのも、死んで還ってくるのもダメってことでした。つまり、キドウは勝つしかないのです。もし負けたままおめおめともどってくるようだったら、きっとイバラキに殺されるのでしょう。
そこまでちゃんとわかったうえで、キドウは。
「ああ、やつらの首を土産に還ってくるよ。楽しみに待ってろ」
とっても楽しそうに、とっても嬉しそうに笑ったのでした。
――――――――
鬼ヶ谷のおそばの森の中。
ひゅっ!と、とっても速いなにかが着陸したみたいな音がして、カラスたちがいっせいに飛びました。
「はい、ご到着ですぞ! まだすこし歩きますが、
ふたりを肩に担いで遠い距離を飛んできたにしてはぜんぜん余裕そうにヒラが言いました。メイジーはほとんど大丈夫でしたが、アラジンはちょっと具合の悪そうなお顔をしています。
「ありがとうございます、ヒラさん。じゃあ急ぎますんで、お礼はあとでアラジン王に請求してください」
メイジーが礼儀正しくお辞儀をして言いました。
「おい、おれは、はあはあ……息が」
高いお空を、とんでもない速さで飛んでいたのです。とにかくつらいのは息がしにくいことでした。アラジンはいま、いっぱい呼吸をするのにいそがしくて、あんまり文句を言う元気がありません。
「はっはっは。ご心配なされるな、アラジン王。礼ならすでにいただいておりますぞ」
ヒラは天狗衆のリーダーであるアタゴとおんなじ理想を持つ天狗です。今回のことで『童話の世界』のみんなと仲良くなれるきっかけができたので、それだけでお礼としては十分だと思っていました。
とはいえ、そんなヒラの気持ちはメイジーやアラジンにはさっぱりです。ヒラは気のいい天狗ですから、お礼なんかいらないよと言ってくれているのだろうなと納得しただけでした。
「それでは、ご武運をお祈りしておりますぞ。アラジン王、メイジー殿」
それだけ言って、お返事を待たずにヒラは飛んでいってしまいました。いなくなるときもやっぱり目に見えないくらいの素早さです。ほんとうに敵だったらおそろしかったとメイジーは思いました。
「じゃ、行きましょうか、アラジン王」
「……ああ」
アラジンはまだすこし苦しそうでしたが、文句も言わずにメイジーに続きました。メイジーにしてみればまたアラジン王が口うるさく文句を言うものだと思って不思議に思いましたが、アラジン王のお顔を見て納得します。
アラジン王はとっても真剣なお顔をしていました。これから鬼衆の本拠地に乗りこむのですから、さすがのアラジンもふざけてなんていられないのです。
「アラジン王」
まじめなアラジンのお顔を見て、メイジーも気を引き締めました。そうするとメイジーにも緊張が感じられて、ついアラジンのお名前を呼んでしまいます。
「どうした、メイジー」
緊張したメイジーをからかうでもなく、やっぱりアラジンはまじめです。まだすこし離れているとはいえ鬼衆のすみかの近くですから、なにかおかしなことが起きたのかと心配してくれているようですらありました。
「いや……あっしは」
これまでたくさんひどいことを言ってきました。じっさいにアラジンをあなどっていたりもしました。それでもメイジーはこのとき、はじめてアラジンに感謝したのです。ひとりきりだったら、やっぱり心細かったなって。
「安心しろ」
そのときのアラジンは、ほんものの王さまみたいな威厳を持っていました。いいえ、もちろんずっと前から、アラジンは間違いなくほんものの王さまでしたけれど。
「おまえが負けても、おれひとりででも女王たちは助けてやるよ」
ですけど続いた言葉はいつものアラジンです。まるで手品みたいに子どもっぽくなって、メイジーを小馬鹿にするようにおちょくる言いかたなのでした。
だからメイジーもすこし笑ってしまって、不敬にもアラジン王の頭をちょっとたたいてやります。
「いてえ」
「アラジン王が負けても、あっしは助けませんからね」
そう言って、メイジーはさきに進みます。そこからさきはほんとうのほんとうに真剣モードです。大切で大好きなターリア女王を助けなきゃいけないのですから。
「ああ、それでいい、メイジー」
さきに行ったメイジーの背中に、アラジンは聞こえないくらいにちいさく言いました。さて、おれもまじめにやろうかね。アラジンは思います。
――――――――
「……行ったな」
木のかげに隠れていたベートはちいさく言いました。『怪談の世界』を進んでいたベートとヘンゼルは、こうして隠れながらすこしずつ進んでいたのです。ヘンゼルの妹、グレーテル。彼女が連れ去られたさきをベートのよく見えるお目めで追ったところ、いつのまにか森の中に入っていました。ですけど、そろそろ目的地にはつくはずです。
そんな中で、いろんな妖怪たちとすれ違いました。その多くはドンチャン騒いでいるだけで敵意はなかったのですが、たまに戦ったらやっかいそうな相手もいくらかいたのです。戦って勝てないこともありませんが、敵地で騒ぎを起こすと敵がいっぱい集まってくるおそれもありますし、そもそもアリスが和解のために『怪談の世界』を訪れているはずで、そのお邪魔をしたくはありませんでした。だから時と場合によってはこうして身を隠すことでやり過ごしたりもするのです。
「あれは、とくべつに強いな。私の最善を尽くしても勝てるかどうか」
それはとてもちいさい姿でありながら、とんでもなく力強そうな身体つきをしていた、おそらく鬼でした。ベートは鬼を見るのははじめてでしたけど、それでもいますれ違った鬼はよっぽど強いほうの鬼なのだとわかります。赤黒い肌にいつも怒っているみたいなお顔つき。そしてなにより、その鬼が背負っていた金棒はおそろしく重そうで、それを軽々担いでいたあの鬼は相当にやっかいな相手でしょう。
人間のような姿のベートは、その美しいブロンドの髪を振りました。べつに勝てなくてもいい。目的は人質を助けることなのだと思い直します。とはいえ、ここで鬼とすれ違ったのですから、もしかしたら人質たちは鬼のすみかに囚われているのかもしれません。そうだとすれば、あらためて気を引き締めなければいけませんでした。
「ベート王。とっとと行きましょう。このあたり、いやなにおいがする」
お鼻の利くヘンゼルがいやそうなお顔で言いました。
「こんなところに世界一かわいいグレーテルが長くいたら、いやなにおいがうつっちゃう。ねえ、それはとってもよくないこと」
ヘンゼルが気にしていたのは妹のことだけでした。自分たちのお国の王さまであるベートや、それどころか自分のことでさえなんにも考えていません。
ヘンゼルはぼうっとしたお目めで、なにを考えているのかわからないようなお顔でふらふらと進みます。においの濃いほうへ。そしてかすかに感じる、
「…………」
ベートは黙ってヘンゼルを追います。王よりさきに行ってしまうなんて不敬ですが、そもそもベートがみんなを守りきれなかったからグレーテルがさらわれたのです。そのことにずっとベートは心をいためていました。だからあんまり文句は言いません。
「ねえ」
さきに進んだヘンゼルが言いまして、包丁を振り上げます。
森の中でばったり出会ってしまったメイジーは黙って静かに銃をかまえました。
「「やめろ」」
ふたりの王さまが、それぞれ相手を止めに行きます。ベートがメイジーに銃を向けて、アラジンがヘンゼルの包丁を自分のナイフで受け止めたのです。
ほんのすこしだけ、お互いがお互いを確認する時間が流れまして。
「よう、ベート。その姿なんてめずらしいじゃねえか」
「よりによっておまえか、アラジン」
「誰かと思えばヘンゼルっすか。へえ、そういうこと」
「メイジー。ねえ、ぼくのかわいいグレーテルはどこ?」
『童話の世界』の仲間たちが、『怪談の世界』で合流したのです。
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