作戦変更
ちょっと寝苦しいなと思って、ドロシーは目を覚ましました。「アッハハハ。ハハハ。アハハ」。とても楽しそうなお声がくるくるしています。ドロシーは寝ぼけていましたので、「うるさい、オズ」とつぶやいたのですが、よく聞いてみるとそのお声は女の人のものだと気づきました。
「ハァイ。お目覚めね、ドロシー」
小気味いい笑い声がドロシーを呼びます。あたりはうす暗くて誰がいるかもわかりませんでしたが、カツカツとこれまた小気味いい靴音がすごく近くに寄ってきました。ですけど、音のほうを見ても誰かがいるのは見えません。それに靴音とお声がした方向はちょっと違うみたいです。
「あら、気がついたのね、ドロシー」
べつのお声でした。そしてそのお声は聞き覚えがありましたし、それにそのお方のお姿もすぐに見つけることができました。ですからドロシーは緊張して飛び起きます。
「し、し、し、し」
本当に本当に緊張していましたし、それにずいぶんつかれているみたいで、ドロシーはうまくおしゃべりできません。そのせいか、ドロシーに近づいてくるそのお方のお顔は不機嫌そうになってしまいます。
「シラユキよ。『し、し、し、し』なんていう、おかしな名前じゃないわ」
「しゅみません、しゅりゃゆきちゃま!」
ドロシーは両方の肩がお耳にくっつくくらい緊張して、カカシみたいにピィンと立ちました。またおかしなお名前で呼んでしまったのでお目めがぐるぐるしてしまいますし、汗もいっぱい出てきました。というより、そういえばお部屋がちょっと暑い気がします。
シラユキは、ドロシーがあがり症だってことを知っていますので怒ったりしませんけれど、変な呼ばれかたをしたので笑顔が引きつってしまいました。そうするとなんだかもっとお部屋が暑くなったような気がして、やっぱりドロシーはいやな汗をかいてしまいます。
「アッハハハ。『ちゃま』だって! かわいらしいじゃない。ねえ、シラユキちゃま?」
最初に楽しそうなお声で笑っていたお声がシラユキに言いました。けっきょくそのお声の主がどこにいるのか、まだドロシーには見えません。たいへんな失礼をしてしまってますから、あんまりきょろきょろお目めを動かせないのも原因ではありますけど、それにしたってどこにも見当たらないのです。
「うるさいわよ、カレン。それと、そろそろ降りてらっしゃいな」
カレンという女性は女王であるシラユキにずいぶんな失礼を言ったはずですけど、シラユキはあんまり気にしたふうでもありませんでした。むしろその失礼を楽しんでいるふうでもあって、お部屋の温度がすこし下がります。
「え、あれ、カレンしゃん?」
お名前を聞けばドロシーにもわかりました。カレンはシラユキのお国の住人で。
「ンバァ!」
「ひいいいいぃぃぃぃ!?」
ダンスとビックリが大好きな女性でした。天井からさかさまになってドロシーのすぐ目の前にあらわれるものですから、ドロシーはもうびっくりしちゃって、うしろにずっこけて頭を打ってしまいました。
*
「あなたの驚かしはいつもやりすぎなのよ。反省なさい」
シラユキが女王らしい威厳に満ちたお声で言いました。
「ハァイ。シラユキちゃま」
あんまり反省したふうではなかったですけど、カレンはもぞもぞと床にはいつくばって言います。
カレンが床にひれ伏しているのは女王さまに頭を下げているのではありません。カレンには足がなくって、だから歩いたり立ったりできないのです。
いいえ、『足がない』というのは間違いでした。カレンの足はそこにあります。カツカツと、いつも楽しそうに、ひとりでに踊っているのです。真っ赤な、かわいらしくてすてきなお靴をはいて。
「足が踊っているのよ。まったく」
シラユキはカレンのことをよく知っていますし、それにお友達でしたから、不敬な態度をとられても許しました。というより、カレンに文句を言ってもどうせ聞かないことをシラユキは知っていたのです。
「アッハハハ。だぁって楽しいんだもの。アハハ」
楽しいというよりは可笑しいといったふうに、カレンはお腹を抱えて笑いました。カレンの足もそれにつられてダンスのペースを上げます。
「あのう」
女王シラユキとお友達のカレンとのお話しをさえぎってしまい申し訳ないですけど、ドロシーはもう緊張にたえられなくなって、お手てをあげて質問します。
「そ、それで、わたしはどこをお掃除すればいいんでしょう? あ、お料理ですか? お洗濯は得意じゃないんです。女王さまのお召し物なんて、おそれ多くて洗えませんし」
ドロシーはシラユキのお城の召使をさせられると思っているみたいでした。もちろんシラユキはそんなつもりでドロシーをお招きしていませんから、不思議そうに首をかしげます。
「ハハハ。ドロシーったらご冗談。あなたがいま着ているの、女王シラユキのドレスじゃない」
カレンが床をゴロゴロしながらよくわからないことを言うので、ドロシーは自分の格好を確認しました。ドロシーなんかにはもったいない(と、ドロシー本人は思っています)、シミひとつない雪のようにまっ白でとっても豪華なドレスを、なぜだかドロシーは着ていたのです。
「……? …………? …………!?」
ドロシーはお声が出ないほどびっくりしてしまいまして、ロボットみたいな動きでブルブル震えながらドレスを脱ぎ始めました。
「ドロシー! しっかりなさい! それはわたしの寝巻きだから、たいそうなものじゃないわ!」
シラユキはドロシーを安心させようとおっきなお声で言いました。
「し、し、し、シラユキしゃまの、お、お、お、お寝巻きちゃま……」
もう気が動転しすぎてなにを言っているかわかりません。とりあえずドロシーはドレスを脱ごうとがんばっています。ですけどけっこう複雑なドレスで、脱ぎかたもちょっとよくわかりませんでした。
「ドロシー! 女王として命じます! わたしの不要になったその寝巻きを、この城にいる間は身につけなさい! 貧相な格好で歩かれてもわたしが困るのよ!」
シラユキはがんばって理由をつけてドロシーの緊張をほぐそうとしました。
「アッハハハ。お寝巻きちゃま。ドロシーってほんと、おもしろ!」
ですけど、ずっとずっと女王さまにもなれなれしくて、それに楽しそうに笑ってばかりのカレンを見ているほうが、なんだかドロシーの緊張はほぐれたのでした。
*
「……落ち着いた?」
面と向かってお座りして、じいっと長い間、シラユキは待ちました。それからできるだけ優しいお声でドロシーに言います。
「は、ひぃ」
変なお声が出ましたが、まあ、たぶん、きっと、そろそろだいじょうぶそうです。すこしまじめなお話しもありますし、それに戦争はこんなことをしているいまも続いています。これ以上は待っていられませんでした。
「オズがわたしのところに助けを求めにきたのよ。西洋妖怪と戦って満身創痍だってね。あなたのドレスはズタズタだったから、というか身体も傷だらけだったから、傷はふさいで、わたしの……そのへんにあった処分前のドレスを着せておいたのよ」
まずは事情を説明です。なんとなく気がついてはいましたが、やっぱりその場所は女王シラユキのお城みたいでした。ドロシーはどうやらヴラドとの戦いのあと、気を失ってしまったみたいです。それをシラユキが助けてくれたということみたいでした。
「うちの、オズが、シラユキさまに、た、たいへんなご迷惑を」
なんとかおしゃべりできますが、まだまだ緊張したままドロシーは言います。とくにシラユキはドロシーの苦手な女王さまでもありましたから、なおさらしどろもどろでした。
「迷惑だなんて思ってない。あなたはお国のため、『童話の世界』のため、立派に戦ったのよ。わたしは女王のひとりとして、あなたを讃えるし、あなたに感謝するわ」
シラユキは頭のひとつもさげたい気持ちでしたが、そんなことをしたらまたドロシーがあたふたしてしまうのでやめておきました。女王さまとして威厳をもってドロシーに対応します。
「だから、その件はもういいわね。わたしは女王として、とうぜんのねぎらいをしただけ。問題は、この先よ」
そう言いますと、シラユキは戦争一日目になにが起きたのか、結果どうなったかをドロシーに伝えました。ベアが受け取った神さまからのお手紙や、ハピネスのお友達であるツバメさんが『童話の世界』中を飛び回って集めた情報です。
「えと、ターリアさんとペルシネットさんと、あとグレーテルちゃんが捕まって、あ、モモくんもですか? それから、ベート王とヘンゼルくんが『怪談の世界』に追っかけていった」
「それと、どうやらカグヤもね。気持ちはわからないでもないけれど、追うなら相談するか、せめて報告くらいほしかったものだわ」
シラユキはすこし不満げにお顔にしわを寄せました。なんだかドロシーは自分が怒られているみたいな気持ちになってびくりとしてしまいます。
「それで、状況が想定以上に変化したということ。アリス、アラジン、クラウン、あとメイジー。あの子たちだけが『童話の世界』から離脱しても、守りの戦力は大きくは削がれない。だから『
「はあ」
ドロシーにはちょっとむずかしいお話しになってきました。シラユキ女王のたいせつなお話しです。ちゃんと理解しなきゃいけないのに、うまくわからないから、ドロシーはもっと緊張してきちゃって、お腹の奥のほうがチクチクしました。
「だけど誘拐と、それを追った者たちが守りの布陣から離れてしまったことで、さすがに防衛線もきびしくなってきた。それでベアやリトル、ハピネスと話したわ。その結論が、『作戦変更』」
まだです。まだドロシーはシラユキがなんのお話しをしているのか、ちゃんとわかっていません。
それがわかるのは、女王シラユキのつぎのお言葉で、でした。
「こちらからも、もうすこし攻める。アリスたちが『妖怪の王』と話を終えるまではあんまり大っぴらには攻められないけれど、捕まった仲間をたすけるためなら、多少は動いていいでしょう」
シラユキはドロシーを指さします。
「ということで、あなたにも行ってもらうから。ドロシー」
女王さまの御前ですのに、ドロシーはあんまりにもびっくりしたので、とってもおっきなお声をあげてしまいました。
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