それぞれにさよなら


 ぶわっと、とつぜんにすごい風が吹いて、集中が切れてしまいました。

 どこを目指して飛んでいるかもわかりません。それにもう丸一日くらい飛びっぱなしでした。

 そんなところに急な突風です。もう限界いっぱいいっぱいでしたから、飛び続けるのも無理があったのです。

「しかたないですね。休みましょう」

 ここまで飛んで運んできてくれた龍をねぎらって、彼女はお空高くから飛び降ります。地面はずっと下です。そんな高さから落ちたら、ふつうなら死んじゃうくらいの高さです。

 ですけどけっして死ぬことのない女王は、そんなことなんておかまいなしに飛び降りたのでした。

「『一幕武装ブックオープン』。『つばくらめ子安貝こやすがい』」

 地面にぶつかる直前に、女王は武装を使いました。そうしますと女王の身体はとつぜんにふわりと落ちる速度をずっとずっと遅くします。いきなりに十分の一のスロー再生になったみたいです。そのまま女王は安全に地面に足をつきました。


「わっ! アラジンとメイジーが、カグヤにかわって落ちてきたわ!」

 そこにいたアリスはもうびっくりです。ですけど不思議なことが起こって楽しい気持ちのほうがちょっとだけ上でした。

「アリス! こちらで会えるなんて」

 カグヤもほんとうにびっくりでした。ですけどそのびっくりも、もっとたいせつなお話しのほうが優先です。

「モモくんは、モモくんをどちらかで見かけませんでしたか!」

 ご挨拶もそこそこに、カグヤはアリスに詰めよりました。そんなふうにぐわっとこられたらアリスもあたふたしてしまいます。

「えっと、えっと、モモくん? モモくんがどうしたの、カグヤ。迷子なの?」

「モモといえば」

 すこしはなれたところでシラミネが言いました。聞いたようなお名前だと思ったのです。

千年社せんねんやしろ。女衆のすみかに捕らわれたという者の名です。カグヤ、そうですか、あなたがその者のあるじ」

 納得したみたいにシラミネは言います。そのお言葉に反応してカグヤはぶわっとシラミネのほうに向かいました。まるで天狗みたいな速さです。

「千年社! その場所はいずこに!?」

「まぁまぁ、落ち着けよ、『童話の世界』の女王。必要なら案内をしよう。乗りかかった舟だぁ」

 ゆったりとアタゴが言うので、カグヤもちょっとゆったりしまして、すこしおちついたみたいでした。


 それからちゃんとお話ししまして、カグヤとクラウンが千年社に向かうこととなりました。

「え、クラウン。あなたが行くの?」

 アリスはほんとうに意外で、そんなふうにびっくりしました。

「ええ、これよりさき、女王アリスの足を引っ張るわけにはいきませんですから。ほら、ワタクシもワタクシで、さわがしいので」

「まあそうね」

 アリスが否定してくれなかったので、クラウンはしょんぼりしました。

「それに戦えないし、あぶないものね」

 もういっかいクラウンはしょんぼりしました。ですけどいつもどおり、かたむいた王冠を直そうとして姿勢を正します。

「女衆はやっかいだが、女王のタマモはまだ話の通じる相手だぁ。うまくすりゃ無血で捕虜の解放だって無理じゃねぇ」

 とはいうものの、アタゴはそう簡単でもないと思っていました。ですけどそれをお話しするのもちょっとむずかしいです。女衆は、女性は複雑ですから。

「まぁ、道中気をつけろよぉ。自分で飛べるらしいが、道案内はこのシラミネがする」

「…………」

 ちょっといやそうにシラミネはお目めを細めましたが、すこし息を吐いて、あきらめたみたいです。

「それでは、参りましょうか」

 シラミネは言って、さきに飛びます。

「『一幕武装ブックオープン』。『龍の首のたま』」

 違う武装を使いますと、きれいな宝石の中からおっきな龍がお空に飛びました。その背中にカグヤとクラウンが乗りこみます。

「あいもかわらずの見事な武装です」

 クラウンがカグヤを褒めました。

「わたくしにはこれしかありませんから」

 カグヤは困ったみたいなお顔でお返しします。

 それでは。と、カグヤとクラウンはお手てを振ります。アリスもおっきく両手をふりふりしてお応えしました。


 さて、残るは、アリスとアタゴだけです。

「あらためて気をつけろよぉ、アリス。そしてどうか、この戦争を止めてくれ」

 アタゴが握手のためにお手てを差し出しました。アリスはちょっともぐもぐしながら(まだなにかを食べているのです)、アタゴと握手します。

「もちろんよ。ちゃんとお話ししてくるわ」

 ぎゅっと握って、その手をはなします。するとアタゴのお手てには、ちいさなキャンディーがひとつ、手渡されていました。

「ありがとうと仲良しのあかし。キャンディーをあげる」

 にっこりと笑って、アリスは言いました。

「ああ、俺たちは仲良しだぁ」

 おんなじくらいにっこりして、アタゴも言います。それから思い出したみたいに、「んじゃぁ、これをお返しだぁ」と、懐からお手紙を取り出して、アリスに手渡します。

「なぁに、これ?」

「オオミネってぇ天狗への手紙だぁ。いっつもどっかほっつき歩いているやつでなぁ。もしも会ったら渡しておいてくれ。ついでにちょっとした頼みくらいなら聞いてくれるだろうさぁ」

「ふぅん」

 ちょっとよくわからないですけれど、とにかく甘いお菓子とかじゃないのでアリスはすこしがっかりしました。でも、お手紙は大事なものですから、あずかったならちゃんと覚えておかなきゃいけません。ちゃんとポケットに大切にしまいました。

「それじゃぁ、女王アリス」

 だらしない格好です。ゆったりした話しかたです。ですがいつもよりかはきっちりとして、アタゴは言いました。

「俺たち天狗衆は、明るく楽しく穏便に、世界の分け隔てなく仲良くしてぇと思ってる。『童話の世界』の女王アリスとは、今後もずっと仲良くしてぇ」

「うん! わたしもよ、アタゴ! こんどは背中に乗せて飛んでほしいわ!」

 そういえばそれが心残りでした。天狗の飛翔はとっても速いみたいなので、それはすっごくわくわくするのです。

「もしも戦争が止まらねえなら。女王アリス。俺たちは敵同士だ。だが、ずっと友達だぁ」

 にっこにこで、アリスはまっすぐアタゴを見て笑います。その笑顔が眩しいから、アタゴはすこしだけ目を逸らしました。

 こんなふうでありたいと、アタゴはずっと思っていたのです。ですけど、そうしてばかりもいられなかったのでした。アタゴはそれくらい、ずいぶん長く生きてしまったのです。

 でも、いまだけでも、それが嘘っぱちでも、ちゃんとアリスを見ました。アリスみたいに笑って、アリスみたいにまっすぐに、心の底からの子どもみたいな理想をお話しします。

「なにがあっても、俺ぁおまえの味方だ。おまえとは戦わねぇ。戦争が止められなかったら、そのときは」

 こんなことを言える日がくるなんて。そうアタゴは思います。ですけどそれが、昔からのアタゴの夢でした。

「俺たちから平和をはじめよう。どんな戦争の中でも、俺たちが仲良くしてりゃぁ、いつかみんなも仲良くなれる」

「うん!」

 アリスもおんなじ気持ちでお応えしました。だからつまり、もう、アリスの目的は達成したも同然です。仲間がいる限り、アリスたちに負けはないのです。

 もういちど、きっとさっきまでとはべつの握手をして、アリスとアタゴはおわかれしました。


 さあ、『怪談の世界』でもこのさきは、みっつに分かれてのお話しです。ひとつひとつゆっくりと、その続きを見ていきましょう。



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