べつべつにおわかれ


 場所は戻りまして、『怪談の世界』。天狗山てんぐやま

「ありがとう、アタゴ」

 お山を無事に越えまして、アリスはお礼を言いました。なんとか夕日が沈んでしまうまえには間に合いました。でもちょっと急ぐ必要があったので、クラウンなんかはまたつかれてぜーぜーいってますけどね。

「いいや、おまえたちみてぇなやつに会えてよかったよ」

 笑顔でアタゴは言いますが、その意味をアリスはわかっていません。それでもアリスだって、負けない笑顔でお返しします。

「俺らぁ山籠もりの田舎もんだぁ。戦争なんて話も昨日今日知ったもんで、ここまではおまえらを襲う妖怪もいなかったろう。だが、このさきは違う」

 おっきなアタゴは、ちっさなアリスをじいっと見下ろして、真剣なお顔で言いました。

栄会郷さかえざとは妖怪たちの総本山だぁ。『妖怪の王』のお膝元となりゃぁ、住人の意識も違う。情報に敏感で、だからこそ良くも悪くも、情報に踊らされる」

「…………??」

 アリスはアタゴの言うことがわからなくて困ったお顔をしました。もう我慢も限界です。アリスは甘いものが食べたくなったので、ポケットに隠していたチョコレートをほおばりました。

 アタゴも困ったお顔になってしまいます。アリスにお話しするには、どうやらもっとかんたんな言葉でいいみたいだとわかりました。

「このさきは、『童話の世界おまえら』を襲う輩も現れるだろう。だがそれは、アリスの望むところじゃないはずだ。こっそりひっそり、隠れて進め」

「わかったわ。そうする」

 アリスはもぐもぐしながら笑顔をお返ししました。チョコレートはとっても甘くて幸せです。


「んじゃあ、アラジン、メイジー」

 アリスとのお話しを終えて、アタゴはふたりに声をかけました。

「おまえらは鬼ヶ谷おにがたにだったなぁ。ヒラに送らせるが、ほんとうに飛ぶ気か?」

「ああ、それがいちばん早ぇだろ」

 アラジンがお返事します。メイジーはまだむずかしいお顔をしていました。

「天狗の飛翔は、俺が言うのもアレだが、ほんとうに速ぇぞ。慣れてねぇと呼吸すらままならねぇ」

「脅しはさんざん聞いたよ、ヒラがうるせえから」

 あきれたみたいにアラジンは言いました。おそばにいたヒラはおどけてあたふたします。

「あいや、これは失礼。こうるさかったですかな」

 あやまっているふうで、あんまり悪そうにしていません。いまさらですけど、ヒラはいっつも腰を低くしていますが、それで弱そうな感じはまったくしないのです。どんな態度で、どんな姿勢でいても、ヒラはいつでもなんだかとっても、ほんとうは強そうでした。

「こっちも急ぎなんでな。多少のリスクは覚悟してる」

 強そうなヒラの頭をポンポン叩いてアラジンは言いました。ヒラは強そうですけど弱そうなふりをしているので、あなどりやすいのです。

「アラジン王」

 申しわけなさそうなお声で、メイジーがアラジンを呼びました。

「どうしたメイジー。まさか天狗の飛翔が怖いのか?」

 アラジンはメイジーを鼻で笑います。ですけどメイジーは申しわけなさそうなお顔をやめませんでした。

「アラジン王、やっぱり」

「なんだよ。まさかいまさら、やっぱりひとりで行くなんて言わねえよな」

「やっぱりひとりでじゅうぶんです」

 メイジーはアラジンが心配していたとおりのことを言いました。でも、そんなことを考えていそうだってことはわかっていたので、アラジンはあんまりびっくりしませんでした。

「なにをいまさら気ぃ遣ってんだよ。らしくねえ。おまえがおれのことを心配するタマか」

「え、いや、アラジン王のことなんかひとつも心配してないです」

「…………」

 こんどはびっくりしました。アラジンはメイジーがなにを言っているのかわからなくなったのです。

「鬼衆は『怪談の世界』最強の集団です。あっしだって真っ正面から戦う気はないですし。隠密にターリアさまたちを助けに行くつもりなんですよ。つまり、えっと、アラジン王はさわがしいので不向きかと」

「おい」

「あと、多少の戦闘はさけられないでしょうから、単純に邪魔です」

「言いたいことぜんぶ言ったなおまえ」

「いえ、まだまだありますけど、聞きます?」

「いや、もういい」

 アラジンはちょっとぐったりしました。山越えでつかれているのもありますが、心のほうがおつかれなのです。

 ふう。と、息を吐いて、アラジンはお顔をあげました。まっすぐメイジーのお顔を見ます。アラジンのお顔は、なにか言いたいことがあるのに我慢しているみたいなお顔でした。

「おれが頼りにならなくても、魔人たちがいる。鬼なんか目じゃねえぜ」

 ほんとうならここで赤と青の魔人が勝手にあらわれて、ご主人であるアラジンを馬鹿にするところですが、どうしてだかこのとき、魔人たちは出てきませんでした。

 それが不思議でしたし、それにあんまりにもアラジンがさわがしく怒らないので、メイジーは首をかしげました。ですけどたしかに、魔人たちの力なら鬼衆とも戦えるかもしれません。

「その、魔人を呼ぶ指輪とランプだけお借りするわけには」

「…………」

 アラジンはいまにも怒りだしそうなお顔をします。ぐっと耐えています。王さまとして、男の子として、耐えなきゃいけないと思ったのです。

「行くぞ、ヒラ」

 低いお声でアラジンは言いました。これ以上言ってももうどうにもならないと思ったので、メイジーもあきらめます。

「それではおふたりとも、しっかりつかまっていなされよ」

 両肩にアラジンとメイジーを担いで、ヒラは翼を広げます。

 つぎの瞬間、ほんのまばたきのあいだに、ヒラたちは消えてしまいました。よく見ていてもわからないくらい、ほんとうに天狗の飛翔は速かったのです。



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