べつべつにおわかれ
場所は戻りまして、『怪談の世界』。
「ありがとう、アタゴ」
お山を無事に越えまして、アリスはお礼を言いました。なんとか夕日が沈んでしまうまえには間に合いました。でもちょっと急ぐ必要があったので、クラウンなんかはまたつかれてぜーぜーいってますけどね。
「いいや、おまえたちみてぇなやつに会えてよかったよ」
笑顔でアタゴは言いますが、その意味をアリスはわかっていません。それでもアリスだって、負けない笑顔でお返しします。
「俺らぁ山籠もりの田舎もんだぁ。戦争なんて話も昨日今日知ったもんで、ここまではおまえらを襲う妖怪もいなかったろう。だが、このさきは違う」
おっきなアタゴは、ちっさなアリスをじいっと見下ろして、真剣なお顔で言いました。
「
「…………??」
アリスはアタゴの言うことがわからなくて困ったお顔をしました。もう我慢も限界です。アリスは甘いものが食べたくなったので、ポケットに隠していたチョコレートをほおばりました。
アタゴも困ったお顔になってしまいます。アリスにお話しするには、どうやらもっとかんたんな言葉でいいみたいだとわかりました。
「このさきは、『
「わかったわ。そうする」
アリスはもぐもぐしながら笑顔をお返ししました。チョコレートはとっても甘くて幸せです。
「んじゃあ、アラジン、メイジー」
アリスとのお話しを終えて、アタゴはふたりに声をかけました。
「おまえらは
「ああ、それがいちばん早ぇだろ」
アラジンがお返事します。メイジーはまだむずかしいお顔をしていました。
「天狗の飛翔は、俺が言うのもアレだが、ほんとうに速ぇぞ。慣れてねぇと呼吸すらままならねぇ」
「脅しはさんざん聞いたよ、ヒラがうるせえから」
あきれたみたいにアラジンは言いました。おそばにいたヒラはおどけてあたふたします。
「あいや、これは失礼。こうるさかったですかな」
あやまっているふうで、あんまり悪そうにしていません。いまさらですけど、ヒラはいっつも腰を低くしていますが、それで弱そうな感じはまったくしないのです。どんな態度で、どんな姿勢でいても、ヒラはいつでもなんだかとっても、ほんとうは強そうでした。
「こっちも急ぎなんでな。多少のリスクは覚悟してる」
強そうなヒラの頭をポンポン叩いてアラジンは言いました。ヒラは強そうですけど弱そうなふりをしているので、あなどりやすいのです。
「アラジン王」
申しわけなさそうなお声で、メイジーがアラジンを呼びました。
「どうしたメイジー。まさか天狗の飛翔が怖いのか?」
アラジンはメイジーを鼻で笑います。ですけどメイジーは申しわけなさそうなお顔をやめませんでした。
「アラジン王、やっぱり」
「なんだよ。まさかいまさら、やっぱりひとりで行くなんて言わねえよな」
「やっぱりひとりでじゅうぶんです」
メイジーはアラジンが心配していたとおりのことを言いました。でも、そんなことを考えていそうだってことはわかっていたので、アラジンはあんまりびっくりしませんでした。
「なにをいまさら気ぃ遣ってんだよ。らしくねえ。おまえがおれのことを心配するタマか」
「え、いや、アラジン王のことなんかひとつも心配してないです」
「…………」
こんどはびっくりしました。アラジンはメイジーがなにを言っているのかわからなくなったのです。
「鬼衆は『怪談の世界』最強の集団です。あっしだって真っ正面から戦う気はないですし。隠密にターリアさまたちを助けに行くつもりなんですよ。つまり、えっと、アラジン王はさわがしいので不向きかと」
「おい」
「あと、多少の戦闘はさけられないでしょうから、単純に邪魔です」
「言いたいことぜんぶ言ったなおまえ」
「いえ、まだまだありますけど、聞きます?」
「いや、もういい」
アラジンはちょっとぐったりしました。山越えでつかれているのもありますが、心のほうがおつかれなのです。
ふう。と、息を吐いて、アラジンはお顔をあげました。まっすぐメイジーのお顔を見ます。アラジンのお顔は、なにか言いたいことがあるのに我慢しているみたいなお顔でした。
「おれが頼りにならなくても、魔人たちがいる。鬼なんか目じゃねえぜ」
ほんとうならここで赤と青の魔人が勝手にあらわれて、ご主人であるアラジンを馬鹿にするところですが、どうしてだかこのとき、魔人たちは出てきませんでした。
それが不思議でしたし、それにあんまりにもアラジンがさわがしく怒らないので、メイジーは首をかしげました。ですけどたしかに、魔人たちの力なら鬼衆とも戦えるかもしれません。
「その、魔人を呼ぶ指輪とランプだけお借りするわけには」
「…………」
アラジンはいまにも怒りだしそうなお顔をします。ぐっと耐えています。王さまとして、男の子として、耐えなきゃいけないと思ったのです。
「行くぞ、ヒラ」
低いお声でアラジンは言いました。これ以上言ってももうどうにもならないと思ったので、メイジーもあきらめます。
「それではおふたりとも、しっかりつかまっていなされよ」
両肩にアラジンとメイジーを担いで、ヒラは翼を広げます。
つぎの瞬間、ほんのまばたきのあいだに、ヒラたちは消えてしまいました。よく見ていてもわからないくらい、ほんとうに天狗の飛翔は速かったのです。
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