ベアのお屋敷で


『童話の世界』。ベア王のお国。

 うんしょっと。と、ベアは自分の身体とおんなじくらいおっきな瓦礫を持ち上げました。それは黒く焦げついていますし、ですのに氷みたいに冷たいので、なんとも変な感じです。

「これであらかたかたづいた。感謝するぞ、リトル」

 昨晩の戦いで、燃えて、凍ってしまって、すっごく散らかったお屋敷をかたづけて、ベアはひと息つきました。まだまだもとどおりとはいきませんが、瓦礫が散らばっているのをすみっこに寄せるくらいのことはなんとか終了です。

「きみのまわりで起きたことは、ぜんぶきみがやったことなんだよ」

 リトルは言いました。それにそもそも、ほんとうにリトルはなんにもしていません。リトルはちいさくて力もない王さまですから、ベアみたいにおっきな瓦礫なんて運べませんからね。

「おぬしがおらねばわしは負けておった。そのことへの礼だ」

 戦いの跡が残るお部屋の中でも堂々と王さまの椅子にすわって姿勢を正したベアは、リトルに言います。瓦礫のお話しだろうと、戦いのお話しだろうと、やっぱり言うべきお返事は変わりませんでしたから、リトルはちょっとだけほほえんでお応えするだけでした。

「ネロとパトラッシュも、大儀であった」

 ベアはもうひとりといっぴき、お屋敷の掃除を手伝ってくれた者たちにも声をかけます。ベアのお国に住んでいるひとりといっぴきは、ベア王のお言葉にふかぶかとお辞儀をしてお返ししました。

 リトルとおんなじくらいちいさい少年と、はんたいにベア王とおんなじくらいおおきな犬です。彼らはお話しすることができませんでした。それになんだか、そこにいるのにいないみたいな、ちょっとだけ身体が透けているみたいにも見えます。

 ちゅんちゅん、と、そこへツバメさんが飛んできます。壊れてしまった壁のところを通り抜けて、ツバメさんはベア王の椅子の背もたれに留まりました。

「ハピネスからの通達か?」

 ベアは何事だろうかと考えながらツバメさんに手を伸ばします。ツバメさんは咥えていた書面をベア王にお渡ししました。ベア王はそれを読みながら「ふむ」とむずかしいお顔をしました。

「リトル。おぬしへの恨みごとだ」

 冗談みたいに笑って、ベアはひらひらとリトルへ書面を振りました。リトルは苦笑いです。

「それと、ハピネスがこちらへくる。まいったな。迎えの準備ができとらん」

 できるだけおかたづけはしましたが、まだまだベアのお屋敷は荒れ放題です。とはいえ、ベアは口ではまいったと言っていますが、ほんとうに困っている様子はありません。ベアはハピネスとはとくに仲良しですから、ちょっとくらいお部屋が散らかっていても気にしないのでしょう。

「そしてこちらは、神さまからの通達だな」

 書面は二枚ありました。二枚目を見て、ベアは真剣なお顔になります。

 リトルもそっちのほうには興味があったみたいで、ベアのお隣まで近づいていって、いっしょに書面をながめました。

「『怪談の世界』、ゴストとマミィは、『童話の世界』、リトルとベアに敗北し、この戦における『王』たる資格を失った、と。なんだ、これらが『王』だったのか」

 ベアはそんなことなんてどうでもいいという感じに首を振りました。ですけどリトルは考えこむみたいなむずかしいお顔になります。

 おかたづけをすませたベアのお屋敷。王さまの間のまんなかに、まだ凍ったままのゴストとマミィがいます。いつ氷がとけるかわかりませんし、それを待たなくてもゴストやマミィは氷から脱出するかもしれません。それを見張るために、ベアの座る玉座から見える位置にそっと置いておいたのです。

「であれば、これらに人質の価値はない。即刻に『怪談の世界』に還すべきだな」

「ベア、このふたりはぼくにまかせて」

 じっと書面を見たまんま、リトルが言いました。

「かまわんが。ならば国まで運ぼう」

「ううん。いい。じぶんでできる」

 リトルが片腕をあげますと、凍ったままのゴストとマミィが浮き上がりました。パトラッシュがすこしこわいお顔をします。うなるお声はやっぱり出ないんですけどね。

「心配しなくても、悪いようにはしない。気になるならくる? ネロ、パトラッシュ」

 リトルはネロとパトラッシュに笑いかけました。王さまのおともをするのはおそれ多いと思ったネロでしたが、どうやらパトラッシュは乗り気です。

「きみたちの『力』も必要になるかもしれない。あちら・・・こちら・・・の橋渡しに」

 ネロやパトラッシュは不思議そうなお顔をしましたが、ベアはなにかに気づいたみたいでした。

「アリスに影響されたか、リトル」

 ですけどリトルは首を振ります。

「アリスはなんにもわかってないんだ。だから、ぼくがやる」

 ベアはすこし考えこみますが、やがて考えるのをやめました。アリスやリトルの考えることをベアが考えても、それはだいたいわからないのです。

「『童話の世界このほし』にもまだまだおかしなところはあるんだ。スノウ、ハート。彼女たち『はじまりの王族』だって、ぜんぶを間違えているわけじゃない。彼女たちはなにかを・・・・知っている・・・・・

「平和の価値を知らぬ者たちだ」

 ベアは非難するように言いました。リトルはなんにも応えません。

「じゃあ、ぼくはもういくよ」

 リトルはそれだけ伝えます。

 そしてもうひとつだけ、確認です。

「ベア、『童話の世界』は、このままでいいのかな?」

 リトルはさみしそうな、苦しいようなお顔でベアを振り向きました。

「わしらはわしらで、このままでいいのだ。そのように・・・・・生まれた・・・・のだからな」

 納得しないようにうなづいて、リトルはそのままお帰りになりました。ネロとパトラッシュもそれについていきます。


「ちがうんだよ、ベア。ぼくたちは、続きを歩いているんだ」

 ベアのお屋敷からはなれたころ、リトルはそのようにつぶやきました。ネロとパトラッシュにはさっぱりです。ですけどリトルには、ほかの誰にも見えていないなにかが見えているふうでした。



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