西洋妖怪のアジトで


『怪談の世界』西部。西洋妖怪のすみか。

 じめじめと湿った暗い森の奥に、ヴラドのお城があります。そこが西洋妖怪たちの普段の集会所となっていました。

 夜をねらって『童話の世界』に攻めこんだヴラドたちでしたが、その結果はほとんどが負け戦でした。それでも敵の強さを調べることはできましたし、得られたことはあったのです。ですけど、それ以上にたくさんの怪我をして、その傷をいやすのに多少の時間は必要になりました。

 たくさんの西洋妖怪たちが傷だらけで『怪談の世界』に還ってきました。還ったころにはもう夜は明けて朝になっていましたが、やっぱり『怪談の世界』はどこもかしこもうす暗いので、あんまり夜と変わりません。

「別動隊が『怪談の世界こちら』に攻めてきているとはな」

 傷がまだ痛むからか、ヴラドは苦しそうなお声で言いました。

「やつらが言うには、戦争を止めにきた、らしいがな」

 フランケンが言います。フランケンはあいかわらず感情なんてないみたいな淡々とした話しかたでした。

「たいした違いはない」

 ヴラドは言います。

「どうせ戦争は止まらん。それが確定したときから、そいつらは敵として牙をむき始める」

 戦争が止められないことを、ヴラドは確信しているようすでした。ですが、まあ、それについてはほかの西洋妖怪たちも同じ意見でしたが。

「やつらにとっては青天の霹靂へきれきだった戦争の開始だ。自分たちの世界を守るのに手いっぱいで、攻めてくる余裕はないと思っていたが。だがしかし、戦争を止めたいという理由で『怪談の世界こちら』に出向いてくるとは、予想できなかった」

 そのあたりは悔やまれるところでした。とつぜんの開戦宣言で『童話の世界』はなかなか気持ちがついてこなくて、自分たちから攻撃するなんていうことをしてくるとは思っていなかったのです。その隙にヴラドたちは一気に攻めたてて、すこしでも有利になる条件をととのえようとしていたのでした。

 ですけど、『童話の世界』は『攻めたてる』とは違う形で『怪談の世界』にやってきてしまいました。そして妖怪の王と話をして、戦争が止められないと決まってしまえば、もうそのときから『童話の世界』は『怪談の世界』に攻撃してきてしまいます。『怪談じぶんたちの世界』が戦場になるのはいろいろ不都合が多いので、できれば避けたいことなのでした。

「そういう意味では、おまえが接触したときにやつらを始末しておけば、なんの問題もなかったのだがな」

 ヴラドはフランケンを見て言います。

「相手は四人だ。俺ひとりで、どうにかできるものではない」

 フランケンは言いました。それはヴラドだってわかっていたことなので、「そうだな」とお返事します。

「ヌゥが動けたとしても、さすがに手は足らんか」

 ヴラドはぼそりと言いました。ヌゥというのは東洋妖怪なのですが、今回の戦争に関しては西洋妖怪に手を貸す約束をしている者です。しかし彼女はちょうどいまお腹に赤ちゃんがいる状態で、戦うことができないのでした。

「まあ過ぎたことは考えまい。それに天狗山てんぐやまに向かったというなら、シラミネがうまくやつらを始末してくれるかもしれんからな」

 それはきっと簡単なことではないですし、できたとしてもひとりふたりを始末できるくらいでしょう。じっさいに『童話の世界』と戦ったヴラドは彼らの強さを知っていましたので、そう思いました。

「それよりも、還ってこないゴストとマミィのことだ」

 つかれていたのか、大きくて立派な椅子に体重をあずけて座っていたヴラドが、深刻な話をするために前のめりになりました。

「まだなんの話もないが、還ってこないということは『童話の世界』に敗れたのだろう。捕虜となっただけか、やられたのか」

 言いかけたところに、ヴラドの眷属であるコウモリが一羽、飛んできました。ヴラドのおそばに留まって耳元にささやいています。

「どうやら生きてはいるようだな」

 コウモリからの最新の情報を聞いて、ヴラドは言い直しました。

「まあ、あいつらにゃあ『死ぬ』って概念が、そもそもねえからなあ」

 こちらも傷だらけでぐったりしていたルーが言います。それはたしかにそのとおりなのですが、ヴラドはちょっとだけ首を横に振りました。

「『童話の世界』相手にそんな常識は通用しない。もしも不死それを過信して立ち回ったのなら、ゴストもマミィも間違えたのだ」

 ヴラドは慎重にそう言いました。そのことについて西洋妖怪のみんなはそれぞれ言いたいこともあったのでしょうけど、あんまり口を挟むと話が進まないと思ったので、誰もなにも言いませんでした。どっちにしてもそんなことはいまはどうでもいいのです。捕まってしまったゴストとマミィをどうするかがいちばん重要なのですから。

「たしか」

 こちらもおつかれなのでしょう。お年を召しているぶん、他のみんなよりおつかれかもしれません。だからキテラは思い出したように声をあげたあと、すこし呼吸をととのえます。

鬼衆おにしゅうが捕虜をいくらか取ったとか」

 だからどうだということまでキテラは言いませんでした。おつかれでもありますし、それ以上は言わなくても、西洋妖怪あたしらのかしこい王さまはわかってくれると知っていたからです。

「捕虜の交換か。『童話の世界むこう』はともかく、東洋妖怪やつらが納得しないだろう」

 どちらにしたところでヴラドはいやなお顔をしました。東洋妖怪がどう言うかはともかく、そもそも仲の悪い東洋妖怪にお願いごとをするのがいやだったのです。

 いやな気持ちを持ったままでしたから、ヴラドはしばらくだまったままでした。ほかの西洋妖怪もなんにも言いません。そうこうしていたら、またコウモリが一羽やってきて、こんどはヴラドにひとつのまるまった紙を持ってきました。ヴラドはその紙を広げて見ますに、つかれたみたいに眉毛をあげました。

「ゴストとマミィのことはいい。もうほうっておけ」

 ヴラドはやっぱりつかれたみたいにそう言いました。ですけどこんどはつかれをとるために休憩するみたいに大きなため息をはきます。

「ゴストとマミィは脱落だ。リトルとベアに敗北し、この戦の『王』たる資格をうしなった」

 そのように言いますと、ヴラドはとどいた紙をみんなに見せました。それは神さまからのお手紙で、ヴラドの言ったとおり、ゴストとマミィはリトルとベアに負けちゃったので戦争の『王さま』から脱落。これからさきはもう戦争に参加しちゃいけませんよというおしらせが書いてありました。

「なるほど。死ぬことがなくっても、完全に負けたらそれで脱落になっちゃうってことですね」

 ニヤニヤしながらザコが言いました。「驚いているようには見えないな、ザコ」。ヴラドがお目めを細めてザコを見ます。「まあ、予想はしてましたからねえ」。ザコも悪びれもせずにお返ししました。

 ふう。と息をはいて、ヴラドはもうザコのことなんて無視します。それからは、ほかの西洋妖怪たちにだけ向かってお話ししました。

「残念ながら、『童話の世界』が『王』ですらなくなった捕虜を抱える理由はない。ゴストとマミィは即座に返還されるだろう」

 とりあえずはそれで、ゴストとマミィが捕まったままだった件については解決です。

「そして我らにとっては朗報だ。そうたやすく殺せもしない『童話の世界』の住人であろうと、『王』から蹴落とす手段はあるということだ」

 おつかれでうつむいたまんまで、ヴラドはちょっとだけ笑います。ほんのすこしだけですけど、とってもとっても力の差がある『童話の世界』に勝つための方法が見つかった気がしたのです。

「では、それをふまえてあらためて、次なる作戦を練ろうか」

 西洋妖怪たちはすこしもあきらめていません。まだまだこれからも、この戦争に勝つために、できるかぎりにがんばって戦うつもりでした。



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