天狗たちのおもわく


 ビィン! と、弦が震えるみたいな音がして、なにかが落ちてきました。

 と、メイジーは思いました。実際のところはどうだかわかりません。じっとそこを見ていたはずですのに、そこに誰がどうやってあらわれたのか、どこからどうやって飛んできたのか、まったく見えなかったのです。

 天狗山てんぐやまにきてからそんなことばかりです。メイジーは自分の目がいいことに自信がなくなっていきました。

「双方、動くなっ!」

 そのお声はメイジーのすぐそばで聞こえました。そしてもちろん、そこにもうひとり誰かがやってきていることにも、メイジーは気づけませんでした。メイジーが気づけたのは、いつのまにか銃口にきれいなお花がささっているってことくらいです。

 その技には見覚えがありました。いいえ、見えはしなかったのですけれど、知っています。メイジーは声がしたほうを見て確認します。そこにいたのはほかの天狗たちと姿かたちは似ていますが、鈍色にびいろ結袈裟ゆいげさを首からかけた者でした。

 そう、それは、アリスたちが最初に天狗山の入り口で出会った天狗、ヒラでした。そしてもうひとり、弦を震わすような音をさせて、アラジンとシラミネのあいだに割って入ったのも天狗です。その天狗はお顔こそほかの天狗たちと同じですが、着ている服がだいぶゆったりと乱れていました。そしてその首からかけた結袈裟は緋色ひいろです。

「この天狗山で、争いはご法度だぁ」

 のんびりとした言いかたで緋色の天狗は言いました。その天狗は最初から抜いていたらしい刀をそっと鞘に納めます。動きはゆったりですし、だらしない服装で隙だらけに見えますのに、すこしだけメイジーが警戒しますと、それに気づいたみたいにメイジーと目をあわせてきました。はんぶん閉じたみたいなぼうっとしたお目めですのに、メイジーはその目を見て怖いと感じてしまいます。

「アタゴ、どういうつもりですか」

 シラミネは不満そうに言いながら、一歩、アタゴに近づこうとします。ですけど、近づこうと足を持ち上げ、そのまま止まりました。

「双方、動くな。ヒラが言ったろぉ。聞こえてねえのか、シラミネ」

 動きを止めたシラミネにアタゴが近づいて、指を一本、シラミネの首に突きつけました。その指をなにかを引っかけるようにして、ビィン、と、そこにあるなにかを切ります。そうしますと止まっていたシラミネの足が動いて、地面につきました。驚いたシラミネは自分の首を確認しながら困ったお顔をしています。

「うちの者たちがたいへん失礼した。ぜんぶ俺の責任だ、面目ねぇ」

 アタゴは地面に正座して、アラジンたちのほうに頭を下げました。

「ムシのいい話だが、俺らぁ『童話の世界』と事を構えるつもりはねえ。どうか糸を・・引いてくれねえか・・・・・・・・

 膝をついて頭を下げた姿勢でありますのに、アタゴからは空気を圧迫するみたいな強さを感じました。言うことを聞かないとたいへんなことになりそうな、そんな感じなのです。

「それをいうなら、手を引く、だろ」

 アラジンはそう言いますが、おとなしく糸を引きました・・・・・・・。とはいっても、ほとんどの糸はもうとっくに切られています。それはアラジンが煙で目隠しをしているあいだにしかけた罠でした。天狗たちが近づいてきたら糸が引っぱられて、ぐっと首を締めあげるようになっていたのです。

 その仕掛けは、シラミネにもほかの天狗たちにも気づかれていないようでしたけど、このアタゴという天狗にはバレていたのでした。

「すまねえ。どうも、ありがとう」

 アタゴはお顔をあげて、にっこり笑いました。


        *


「事情はヒラから聞いてる。天狗山ここを越えて栄会郷さかえざとまで行きてぇと」

「そうなの。おじいさんと会って、この戦争を止めるのよ」

 アリスとアタゴが話しています。リーダー同士のお話しです。

「どうも情報の食い違いがあったみてぇだ。戦争のさなか、この天狗山を攻撃しにきたものと勘違いしたらしい。いやほんと、面目ねぇ」

「それはいいの。もう穏便におさまったんだから」

 アリスが笑顔でそう言ってくれるので、アタゴも笑顔でお返ししました。明るく楽しく穏便に。それがアタゴの信条なのです。

「このさきの山越えは天狗の長として、このアタゴが安全を保障する」

「やった! 日が落ちるまでに着けるかしら」

「ああ、まあ、たぶんな」

 お空を見上げてアタゴはちょっと困ったお顔になりました。お日さまはあいかわらず雲に隠れていますが、どうもかたむき始めています。たぶんお日さまが落ちるまでに間に合わせられるでしょうが、あんまり余裕があるわけでもなさそうでした。

「すぐに案内の準備をする。おまえらも準備をしておいてくれ」

 そう言うとアタゴはほかの天狗たちのほうへ行ってしまいました。とにかくこれで天狗山越えはだいじょうぶそうです。嬉しくなってアリスはみんなのもとへ走っていきました。

「みんな~、こんどこそお山を越えられるわ!」

 ぴょんぴょんと飛びはねてアリスは嬉しそうです。ですけどほかのみんな、アラジンやクラウンやメイジーは暗いお顔でした。

「どうかしたの?」

 みんな喜んでくれないので、アリスはみんなのことが心配になりました。もしかしたらさっきの戦いでつかれちゃったのかもしれません。

「女王アリス」

 いちばん暗いお顔でアリスの名前を呼んだのは、メイジーでした。赤いフードをぎゅっとつかんで、うつむきがちにお顔を隠しています。

「メイジー?」

「あんたらの護衛をおおせつかってついてきている身で、勝手なことだとは思うんですけど」

 つらそうなお声で、メイジーは言います。唇を噛んで、そのさきの言葉をやめてしまいました。

「メイジーは鬼ヶ谷おにがたにに捕らわれた、女王ターリアを助けに行きたいと」

 クラウンが横からそう言います。メイジーはターリアのお国の住人ですから、女王ターリアとは仲がいいのでしょう。

「そっか。じゃあ行き先は鬼ヶ谷ね。お~い! アタゴ!」

「ちょっと待て、アリス!」

 すぐに決めちゃって天狗たちのところに行こうとしたアリスを、アラジンが止めました。

「おまえはとっとと『妖怪の王』に会って、この戦争を止めなきゃなんねえだろ。いま全員で鬼ヶ谷に行ってる時間はねえぞ」

 ちょっとイライラした感じでアラジンは言います。とはいえ、言っていることはもっともで、アリスも困ってしまいました。

「えっと、じゃあわたしはおじいさんに会って、メイジーは鬼ヶ谷……?」

 指折り数えてアリスは考えます。えっとあとは、誰がどこに行けばいいのでしょう?

「メイジーひとりってわけにはいかねえだろ。鬼ヶ谷にも戦いに行くわけじゃないにしても、安全なわけじゃねえんだから」

「じゃあわたしが鬼ヶ谷に行って、メイジーは……」

「おまえが鬼ヶ谷に行ってどうすんだ。おまえは『妖怪の王』のところでいいんだよ。おまえしか『妖怪の王』と面識ねえんだし」

「そっか。じゃあメイジーが鬼ヶ谷で、あとは、……えっと」

 アリスはなんだかめんどうになって首をかしげてしまいました。そういえば甘いお菓子が食べたくなってきています。めんどうだからクラウンでいいわ。そう思ってアリスはちょっとクラウンのほうを見てみました。

「いやおれだろそこはっ!」

 とうとう怒ってしまって、アラジンは叫びました。とってもうるさいのでアリスもアラジンのほうを向きます。首はかしげたままです。

「なにわけわかんねえみたいな顔してんだ! クラウンじゃ戦えねえだろ! おれが行くしかねえだろ!」

 アラジンは怒りすぎてもうお顔が真っ赤でした。だいぶんとぷんぷんです。

「あ、メイジーをたすけてあげたいのね」

 アリスは言いました。アラジンとメイジーが仲良くなったみたいで、アリスも嬉しくなってニコニコです。ですけどアラジンのお顔はもっともっと赤くなって、火山が噴火するみたいに怒ったのでした。


 ――――――――


「どういうことですかな、シラミネ殿」

「あなたこそどういうつもりです、ヒラ」

 アタゴはあつめられたほかの天狗たちを解散させに向かいました。だからヒラとシラミネ、ここはふたりだけのお話しです。

「あなたならアタゴの意図を理解していたはず。どうしてアリスたちを罠にはめたのです?」

 ヒラはいつもと違ってピンと背筋を伸ばして、腕を組んでシラミネに問い詰めます。逆にシラミネのほうがすこし目をうつむけて、ヒラから目を逸らしました。

私奴わたくしめは天狗衆の利益を優先したまで。アタゴのやり方ではもう、天狗衆は守れない」

 やっぱりそっぽを向いたままのお返事です。シラミネは自分のやることに自信があるなら、いつも堂々とお話しするはずでした。

「あなたが本気でそう信じているなら、そのように我々に言って聞かせるはずですな」

「…………」

 シラミネはもう、ヒラに背中を向けてしまいました。そうして山々を、天狗山を眺めるみたいにしています。

「『西洋妖怪』ですな」

「…………」

「彼らにかどわかされたのですかな」

「…………いいえ」

 シラミネはお顔だけ振り向いて、ヒラに笑ってみせました。

「私奴が、あれらを利用したのですよ」

 ふふふ、と、シラミネは肩を震わせて笑います。お顔はまた天狗山を眺めるようにしましたので、どんなことを考えているのかはもう、わかりません。

「なにを考えている、シラミネ」

 ヒラらしくない、低くて強い言いかたで言います。シラミネの見ているものを見ようとして、お隣に並びました。

「天狗衆の利益」

 シラミネは答えます。ですけどそれだけでは、誰にもなんにもわかりません。

 知っているのはただひとり、シラミネだけです。


 おぉおい。と、アタゴが明るくお手てを振って呼んでいます。

 さきにシラミネが細いお目めをして向かっていきまして。

 そのあとにヒラが続きました。

 天狗衆も、みんな仲良しってわけにはいかないみたいです。



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