アリスとシラミネ


 天狗たちはおとなしく席につきました。なぜって、アリスの攻撃が(アリスは攻撃したつもりはありませんでしたけど)、とっても速くて強そうで、戦うのはたいへんだと思ったからです。そこに集まった天狗たちが束になってようやく勝てるかも、それくらいにアリスは強そうだったのです。

 シラミネもしかたなく席につきました。シラミネは天狗たちの中でもとっても強いほうでしたから、アリスの攻撃だけを見て、勝てないと諦めたわけではありません。ですけど、アリスご一行の待ち伏せのために集めた天狗たちと自分だけでは、そう簡単には勝てないとはわかりました。

 いちど待ち伏せには失敗してしまったのです。ですからここは落ち着いて、もういっかいべつの方法でアリスたちを倒すやりかたを考える時間がほしかったのです。

「それで、私奴わたくしめはなにを話せばよいと?」

 シラミネはすこしだけ思い違いをしていました。アリスが話し合いの場を設けたのは情報を引き出すためだと思ったのです。そうでなければ敵対する天狗じぶんたちに穏便な態度をとるはずがないと思ったからです。

「え? うん、そうね」

 アリスはちょっとだけいっぱいいっぱいでした。というのも、普段はクラウンにお茶の係をしてもらっているのですが、歩きつかれてたいへんな彼の代わりに、いまはアリスが給仕をしていたのです。ちょっと危なっかしいですけどね。

 アラジンやメイジーもおとなしく席についていました。アリスに怒られたからです。仲良くなるためにきたのにケンカしちゃ『めっ』て怒られたのでした。ケンカじゃないんだけど。アラジンもメイジーもそう思っていましたが、そんなことを言ったってアリスは聞かないでしょうから、おとなしくしているのです。

 ところでクラウンはそのへんで寝っ転がっていました。歩きつかれて倒れているのです。

「この戦争を、止める方法が知りたいわ」

 アリスは思いついたことをそのままに言いました。おしゃべりしながらお給仕をしたのでちょっと紅茶がこぼれてしまいます。わーたいへんとアリスはあたふたしながらテーブルをふきました。

 アリスの言葉を聞いて、シラミネはほんのすこしだけお目めを開きます。このお嬢さんアリスは本当にそんな理由で『怪談の世界こんなところ』にきたのかと、そう思ったのです。

「おまえも、ただの日和見主義か」

 ぼそりとシラミネは言いました。羽団扇はねうちわに隠れてそのお顔ははっきり見えません。ですけど、そのちいさな言葉を聞いたメイジーは眉をしかめました。

「え? なあに?」

 シラミネがちいさく言ったことと、やっぱりアリスはこぼしてしまった紅茶だとか、お菓子も落っことしそうになっていたのに気をとられて、シラミネがなにを言っているのかよく聞き取れませんでした。

「いいえ」

 シラミネはちゃんとした言いかたでお返事します。顎をあげて、アリスのことをすこしあなどるように見ました。

「戦争を止める方法でしたね。そのようなこと、けっしてたやすくはありませんよ」

「ということは、無理じゃないのね」

 アリスは喜んでシラミネに詰めよりました。その勢いにシラミネはびっくりして身体を後ろに引きます。

「噂によりますと」

 シラミネは時間稼ぎのためにお話しすることにしました。アリスたちをどうにかするにも、まだ考える時間は必要です。それに、アリスがあんまりにも無防備に笑うものですから、嘘をつき続ける自分が後ろめたくもなったのです。

「鬼衆が『童話の世界そちら』から捕虜をいくらか取ったらしい。だが、先走った西洋妖怪どもにも『童話の世界あなたたち』に捕らわれた者がいるという。その交換ついでに話し合いの場を設けることくらいは、できるかもしれません」

 そんなことがうまくいくなんてシラミネは思っていませんでした。西洋妖怪と東洋妖怪はあんまり仲がよくないですから。東洋妖怪の鬼衆に捕まった者たちと、西洋妖怪の中から捕まった者たち、その交換そのものがうまくいかないだろうと、シラミネは思っていました。

「そっか!」

 アリスはお手てを叩いて納得しました。

「お話しすればわかりあえるものね! やったわシラミネ、おおてがら!」

 アリスはシラミネの後ろにまわってシラミネの肩をポンポンと叩きました。いいことを考えてくれたのでねぎらったのです。

 だけどアリスは思いついてお手てを止めました。肩を叩かれてシラミネの手が揺れるから、紅茶がこぼれそうになったのを気にしたわけじゃありません。

「だけど、捕虜ってどういうこと?」

 そういえばアリスは一日目の結末を知りません。始まってしまった戦争の一日目で、『童話の世界』でどのような戦いがあったのかをまったく知らないのです。

「鬼衆の『将』であるキドウが『童話の世界そちら』から数名の捕虜を連れ去ったとのこと。私奴の耳に届いているのは、ペルシネット、ターリアの二名の『王』が鬼衆のすみか、鬼ヶ谷おにがたにに収監されているという」

 シラミネの言葉に反応したのはメイジーです。メイジーはこれまでにないくらいにびっくりしているみたいで、かたかたとちいさく震えているみたいでした。

「さらに、なんという王でしたか、『童話の世界そちら』のどなたかの王の部下であるモモという者が女衆の拠点、千年社せんねんやしろに捕らわれているという。どちらも『童話の世界』からの救出を見越して、それを迎え撃とうという判断でしょう。ただちに危害はないと思われますが」

「それはいいわ。みんなは負けないもの」

 アリスが言うと、メイジーの身体の震えが止まりました。

「それより『童話の世界わたしたち』が『怪談の世界あなたたち』の誰かを捕まえちゃったの? そんなのひどいわ!」

 アリスはぷんぷんとご立腹です。なんだかお腹がすいてきちゃったので、シラミネのお皿から生クリームをすくいとって舐めちゃうくらいご立腹でした。(ご立腹はお腹がすいているという意味じゃないんですけどね)

 シラミネはため息をつきました。生クリームをとられちゃったので残念がっているのかもしれません。

「『童話の世界そちら』からなんらかの要請があったわけではありません。だが西洋妖怪の下っ端どもが二名、還ってこないと聞く。つまりおそらくは」

「怪我をして動けないのね。でもだいじょうぶよ。みんな優しいから、ちゃんと手当てをしてくれているわ」

 話がまるっきり通じないと、シラミネは思いました。だけどアリスは悪くない。そうも思います。

 悪いのは自分です。シラミネはそうわかっています。

 だけどだからといって、もういちど正しくなれるだけの力は、とっくにシラミネにはありませんでした。


「もううんざりだ」

 シラミネは紅茶を一気に飲み干して、立ち上がりました。

「たしか、なんだったか。……そうだ、ゴストとマミィだったか。西洋妖怪我々のたいせつな仲間が捕らわれ、戻ってこない。私奴はおまえらを・・・・・・・・許さない・・・・

 シラミネは細いままのお目めで、いつも通りにそう言いました。

わたしは・・・・ゆるすわよ・・・・・。シラミネ」

 アリスはいつも通りに笑って、そう応えます。




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