アリスご一行とシラミネ


 アリスご一行はシラミネの案内で天狗山てんぐやまを進みました。お山の低いところ、ふもとにそってうねうねと進んでいきます。お山を丸々越えるわけじゃありませんから急な坂道はありませんが、それでもすこしの登り降りはありますし、なかなかたいへんでした。

「なんにもないところね、シラミネ」

 アリスはなぜだか楽しそうに言いました。無邪気に走り回るのはもうやめています。つかれちゃったのかもしれません。

 ちょっとだけ失礼なアリスの言葉に「そうですか」とシラミネは短くお返事します。怒っているようにも見えますが、ただ興味がないだけのような感じでもあります。シラミネはだいたいずっと黙っていました。天狗山を紹介してくれる気はないみたいです。ただお山を越えるのを案内するだけの、そっけない態度でした。

「ほんとに殺風景だな。草木もすくねえ、岩山って感じだ」

 アラジンはつまらなそうに言います。アリスやシラミネよりすこしうしろでぼそりと言っただけですから、シラミネもアラジンにはお返事しませんでした。ですけど聞こえてはいたみたいで、おなじみの細いお目めをして、ちらりとアラジンを振り向きます。

「しかしアラジン王、なにもないぶん見晴らしはいいようで。ほら、あちらが目的地ではないですか」

 まえの半分はアラジンに、うしろの半分はシラミネに確認するように、クラウンが言いました。指さす方向には、まだずっと先ですけれど、ちいさく街が見えます。きっとそこが妖怪の王さまの暮らす場所だと、クラウンは思ったのです。

「おっしゃるとおり、あちらが栄会郷さかえざとでございます。我々妖怪の王が住まう、妖怪たちの・・・・・総本山」

 羽団扇はねうちわでその方向を指して、めんどうくさそうにシラミネは説明してくれました。言いかたにもすこし棘があります。ですけどその『棘』は、アリスたちに向けたものではなさそうでしたが。

「名前のわりにしけた・・・場所だな」

 ぎゅっとお目めを細めて遠くの街をながめて、アラジンは言いました。それはとっても失礼な言葉です。お邪魔をする時間もないうちに言いきられてしまったので、クラウンはシラミネに怒られるのではないかとあたふたしました。

 ですけどシラミネは急に笑い出しました。シラミネがぶっきらぼうじゃないお顔をするのを、ここにきてアリスたちははじめて見ることになりました。

「皮肉を含めた名称なのですよ。いつの日か栄えに出会えるように、我々のような日陰者でも、いつかは栄え……」

 そこまで言って、シラミネは急に黙ってしまいました。失敗した、みたいなお顔をしています。

「失礼。無用な話でした」

 すこしだけ首を横に振って、シラミネはさきに歩き出しました。

「急ぎましょう。空を飛べるならすぐですが、徒歩だと距離があります。日が落ちるまえには着きたいでしょう?」

 それはそうだと思ったので、さっさとさきに行くのはみんなが賛成でした。だからすこしだけ速くなったシラミネのうしろを、みんな黙って追いかけたのでした。


        *


 お山の低いところ、ふもとのあたりにそって、うねうねと右へ行ったり左へ行ったり、すこし登ったりすこし降ったりしながら進みました。元気だけがとりえのアリスもすこしつかれちゃったと思うくらい歩いたのです。アラジンやクラウンなんか、もうずうっとうつむきっぱなしですし、とくにクラウンはひぃひぃ言いながらいまにも倒れそうになっていました。

 まだ元気なのはメイジーくらいです。メイジーはずっとだんまりですので元気そうには見えませんが、アリスたち『王さま』たちとは違って、ふだんから自然の中で生活しているので、体力がいっぱいあるのです。

 それとシラミネも元気そうです。シラミネにとっては天狗山はおうちといっしょですから、ちょっと歩いたくらいでつかれたりなんかしないのでした。

 つまり、シラミネは最初からそれを狙っていたのです。ですけどちょっと予想と違ったのは、アリスご一行が思ったよりがんじょうだったということでした。つかれさせるのにだいぶ時間がかかってしまったのです。

「お待たせしました」

 急に立ち止まったかと思えば、シラミネはよくわからないことを言いました。アリスたちは誰も待ってなんかいません。むしろいっぱい歩いて進んでいたのです。

「そろそろ狩りの時間にしましょう」

 シラミネが言います。ですけど、アリスにとってはそれどころじゃありませんでした。

 シラミネの言葉のとちゅうで、とうとうクラウンが倒れてしまったのです。

「クラウン!」

 アリスはクラウンがあんまり好きじゃありませんでしたが、倒れるくらいつかれている仲間に分け隔てはありません。シラミネがなにかを言っていたのなんかは気にしないで、一直線にクラウンのほうへ走りました。

 あいかわらずクラウンはニコニコの仮面をかぶっていますが、仮面のすきまからたくさんの汗が流れていました。肩をいっぱい動かして苦しそうに息をしています。

「そんなのほっとけ、アリス!」

 ですけどこっちもたいへんです。シラミネの合図で、いつのまにかおそばにはたくさんの天狗たちがいたのでした。みんなみんなが武器を持って、いまにも攻撃してきそうなのです。

「やっと本性出してきたな」

 アリスに言ったかと思えば、こんどは自分に言い聞かせるみたいにアラジンは言いました。とってもおつかれみたいですが、ちょっと嬉しそうでもあります。そうです。アラジンはほんとうは、すこしくらい戦いたがっていたのです。

「援護しろ、メイジー」

 大きな声で言って、アラジンは天狗たちよりも先に動きました。

「邪魔しないでくださいよ、アラジン王」

 メイジーもしかたなさそうに銃をかまえます。そして先手必勝に、引き金を引きました。


        *


 そのすこしのあいだにアリスはいっぱいいっぱい考えました。

 クラウンが倒れてたいへんだわ。シラミネはなにを言っていたのかしら? アラジンは急に元気になって行っちゃうし。メイジーとは仲良くなったみたい? 天狗さんたちがいっぱいきたわ。だけどみんなこわい顔をして、これじゃケンカになっちゃう。

 それはよくないわ。わたしは戦争を止めにきたのよ。ここでケンカしちゃったら妖怪の王さまに、おじいさんに怒られちゃうかも。

 えっと、えっと、えっと。みんな仲良くするにはどうしたらいいんだっけ? わたしはシラユキに怒られたとき、どうしてたかしら? ……あ、そうだわ!

 アリスはそんなふうに考えて、思いつきました。

一幕武装ブックオープン

 ずっしりと重い布がはためく音がします。

 アリスはこの武器が重くて苦手でした。だけどじつはけっこう気に入っていて、なんだかみんなといつもいっしょみたいで好きなのでした。

 それは小柄なアリスの身長より、いくらも長い槍です。穂先は不思議な、万年筆のペン先みたいに割れ目が入った形をしていて、柄の部分は透明で、内側に白い液体が入っているのが見て取れます。そして一番に目を引くのが、柄に取りつけられたおっきな旗です。ひらいた本と万年筆、『童話の世界』のシンボルマークを描いた旗をつけたその槍は、『童話の世界』の代表になったアリスに持たせられたリーダーの証です。

「えいっ!」

 ちいさな身体でアリスはその大きな旗槍を振り回します。ばっさばっさと先につけられた旗が大きく動くので、それが邪魔で、攻撃しようとしていた敵も味方も動きを止めました。旗のせいで視界が悪いですし、それにアリスが槍を振り回しているのであぶないのです。

「えいえいっ!」

 ですけどアリスは誰も傷つけるつもりはありません。アリスは攻撃するために槍を振り回しているのではないのです。

 旗槍が振り回されるたびに、槍の穂先から白いインクが飛び散ります。それは地面や、お山の大きな岩などに広がって、いろんな絵に変わっていきます。

 みんなで座れるくらいのおっきな円卓と椅子。かわいいティーセットとお皿。卓上を彩るいくらかの小物。そして主役の、たくさんのお菓子。

 描かれた絵が、そのまま本物になります。アリスは一瞬で、天狗山にお茶会の準備を整えたのです。

「さあ、みんなで仲良くなるために、お茶会にしましょう」

 にっこりと笑って、アリスは言いました。



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