アリスとヒラ


 かくかくしかじかとヒラは説明しました。天狗山てんぐやまは部外者を歓迎しないということをです。もしかしたら天狗たちが攻撃してくるかもしれません。あぶないのでほかの道を使ったほうがいいと、まあ、そういうお話しでした。

 アリスはまじめくさってうんうんと聞いていました。ですけどときおり素っ頓狂なことを言ったり、もうめんどうになってさっさと進んでいこうとしたので、そのたびにヒラは腰を低くしてアリスを止めなきゃいけませんした。アリスはやっぱりまじめなお話しが苦手で、頭がいっぱいいっぱいになったり身体がそわそわしたりして、いてもたっても居られない女の子だったのです。

 だからアラジンとクラウンが話を元にもどそうとして口を出したり、どこかへ行こうとするアリスを慌てて引き止めたりってことがなんどかありました。メイジーはずっとずっとピクリとも動かずに銃をかまえています。一回だけ動いたのはいつのまにか銃口にお花がささっていたのを引き抜いたときだけです。ささったままだと銃は撃てませんからね。

 ですけどメイジーが銃を撃つことにはなりませんでした。ヒラは攻撃してくるようすなんてまったくなくて、いつも腰を曲げて低姿勢でしたから。

 まあとにかく、そんなこんながあって、なんとかヒラは説明を終わらせました。つまりやっぱり、アリスたちは天狗山に入っちゃいけないってことでしたけど。


「ここまで来たからにはめんどうくせえな。もう無視して行こうぜ」

 ヒラのお話しを聞いていったん作戦タイムに入りました。ヒラに聞こえないところまで離れて、アリスたちはひそひそ声で相談したのです。そしてそのお話しのいちばんにアラジンがそんなふうに言ったのでした。

「でもヒラはダメって言ってたわ」

 アリスはじつはとってもまじめな女の子なので、ダメって言われたら、それはよくないことなんだとちゃんとわかってしまいました。だけど遠回りしていたらそのぶん戦争は進んでしまいますし、そうしたら誰かが傷つくかもしれません。それを考えると、うかうかしてもいられないのはたしかでした。

「進むにしても我々には道がわかりませんしね。方角はわかりますから山を越えることはできましょうが、慣れぬ道で敵に襲われながら進むのは骨が折れそうです」

 クラウンは、どちらかというと天狗山を越えるのは反対そうなことを言いました。だけどはっきりダメってわけでもなさそうです。

「どうでしょう。このさい天狗にお願いして道案内を頼んでは?」

 ずっとだんまりのメイジーをちらっと見て、クラウンはそう言いました。

「馬鹿かクラウン。その天狗が山には入ってくるなって言ってんだろ。なんでおれたちを案内してくれるんだよ」

「彼らが望んでいるのはすみかである山の平穏のようです。我々とて戦いにきたわけじゃない。それをわかってもらえば、むしろ案内をするのは監視にもなりますから、彼らにとっても悪い話じゃないでしょう」

 うーん。と、アリスとアラジンは考えこんで首をかしげました。メイジーはやっぱりお話しにまざる気がないみたいにだんまりです。

「まあ、とりあえず聞いてみるわ。ダメだったらまた考えればいいもの」

 そもそも考えこむのが得意じゃないアリスが言いました。考えていたってわからないことはたくさんあるのですから、とにかく行動してみるのがアリスの特徴です。


「ヒラ、近道おしえて!」

 アリスはなんにもわかっていませんでした。その聞き方ではダメです。

「回り道をするのでしたら北に向かって千年社せんねんやしろの」

「やっぱり天狗山がいいわ。いちばん近い道がいいの」

 ほんとうにダメダメです。アリスはクラウンがなにを言っていたのか、ちゃんとわかっていないみたいでした。

「いやですから、天狗山はお通しできませんとあれほど」

 いつも腰の低いヒラもさすがに困ってしまって、むしろうしろにのけぞるみたいなポーズになりました。驚いているみたいな、怯えているみたいな格好です。それくらいアリスの言うことがわからないのです。

「ヒラが案内してくれればいいのよ。そしたら迷わないわ」

 それはそうかもしれませんが、それだけじゃ自分勝手です。アリスは自分でわかっていないのですが、言葉足らずで相手に誤解させることがよくありました。ほんとに悪気はないんですけどね。

 だからしょうがないので、クラウンが急いでアリスのもとへ走りました。かくかくしかじかと説明します。案内をしてくれたら監視になるので、自分たちが悪いことをしないってことがわかるってこと。自分たちは戦いにきたのではない。むしろ戦争を止めようと思って『妖怪の王』に会いにきたのだ、ということ。

 クラウンのお話しを聞いてヒラもようやくわかってくれたみたいでした。それでもやっぱり天狗山は通せないから、うーんと考えこんで困ってしまいましたが。

「よろしい。では私奴わたくしめがご案内いたしましょう」

 気づいたら、ヒラのお隣にはべつの天狗がいて、その紫色の結袈裟ゆいげさをかけた天狗がそう言いました。彼は腰の低いヒラとはうってかわって、堂々と背筋を伸ばして姿勢よく立っています。

「わあ! いつからいたの? びっくりした」

 アリスは行儀悪く新しい天狗に指をさして言いました。新しい天狗はへんなものを見るみたいに眉間にしわを寄せて細いお目めでアリスを見下ろします。(天狗たちはみんな背が高いのです)

「おお、これはこれは、シラミネ殿!」

「……あなたがきているなら私奴が駆り立てられることもなかったのですがね。しかし、アタゴから請け負った以上、責任がある。ここは私奴が穏便に対処しておきます」

「いやしかし、天狗山に彼らを入れると?」

「争う気はないということですから、構わないでしょう。話がこじれて強硬手段に出られるほうが我らの損失です」

「それはアタゴの判断ですかな?」

「私奴が一任されていますから、私奴の判断にゆだねるということと相違ないでしょう」

「そうですか」

 ヒラはふかぶかとシラミネに腰を曲げて挨拶をしたふうに見えました。ちょっと納得していない雰囲気です。そういうふうにアリスたちからは見えていて、つぎにアリスがまばたきをしますと、もうそこにヒラはいなくなっていました。パウンドケーキをあげようと思っていたのに。と、アリスはちょっとがっかりします。

「あらためて、私奴はシラミネと申す者。天狗衆を代表して『童話の世界』のみなさまの天狗山越えをご案内いたしましょう」

 そっけないお声でシラミネは言いました。ほんとうはそんなことやりたくないんだってことがありありと伝わります。

 だからアラジンはすこし機嫌が悪くなって「案内なら、あのヒラってやつのほうがよかったな」とちいさく言いました。また話がこじれそうなことを言うのでクラウンがあわててアラジンのお口をふさぎます。ちいさなお声でしたからどうやらシラミネには聞こえていなかったみたいで、クラウンはふうーとおでこのあたりの汗をふくみたいな動きをしました。

 シラミネの案内が始まります。アリスはやっと先に進めるわと思って、シラミネを追い越すくらいに駆け足ではしゃぎました。アラジンとクラウンはいっしょに歩いています。アラジンが変なことを言ったら止めなきゃいけないと思うから、クラウンがアラジンに歩幅を合わせたのです。

 そんなみんなみんなの背中を見て、メイジーはまだ動かないままです。メイジーはヒラに会ってからずっと、いやな予感がしていたのです。どうせ言ったって聞かないだろうから言わなかったのですけど、メイジーはぜったいに回り道をしたほうがいいと思っていました。だから動きたくないのです。

「メイジー! おいてっちゃうわよ!」

 先のほうでアリスが言いました。そうなったらしかたがないので、メイジーはゆっくり歩き始めます。

「おいてってほしいですけどね、あっしは」

 銃を強くぎゅっとして、メイジーは真っ赤なフードをかぶりました。



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