アリスご一行と天狗たち


 天狗山てんぐやま

 お山のてっぺんにありますおごそかなお寺にはたくさんの天狗たちが羽を休めに集まっていました。

 彼らはみんな山伏の格好をしていて、真っ赤なお顔に高々と長いお鼻をしているのが特徴です。人間たちみたいな身体をしていますが背中には羽を生やしていて、持っている羽団扇はねうちわをひと振りすれば天気まで自由に変えることだってできました。よく似た格好の者たちが多いのですが、一部の天狗は首からかけています結袈裟ゆいげさの色が違っていて、それで見分けられたりもします。

 いま、浅葱色あさぎいろの結袈裟をかけた天狗が飛んできまして、お寺の中に入りました。ずんずんと奥のお部屋に進んでいきまして、とあるお部屋のふすまを開けます。

「聞いたか、おまえら」

 お部屋の中には明かりがなく、開かれたふすまから入ってきた光が照らす場所だけがぽつんと浮かび上がるばかりでした。そこにはどうやらいくらかの天狗たちが集まっています。なにやら神妙な様子ですが、浅葱色の天狗はおかまいなしにずかずかと一本歯の下駄でお部屋に入っていきました。

「なんだ、明かりも灯さず。まったく、儂がいないとおまえらはいつもこうだ」

 浅葱色の天狗はぶつぶつ文句を言いながらお部屋のすみに座ります。羽団扇をふわりと振って、そうしますとお部屋中の蝋燭ろうそくに灯がともりました。

 そうしてからも浅葱色の天狗はあーだこーだぐちぐちと自分だけで言い続けていました。そこに集まっていたほかの天狗たちはみんなだんまりしています。

「だいたいそんなだから儂たちは」

「それで、なにがあったんだぁ? ヒコ」

 ようやくお部屋の一番奥にいた天狗が浅葱色の天狗、ヒコと呼ばれた彼のおしゃべりを止めました。その天狗はほかの天狗たちと違ってだらしのない姿勢で横たわるみたいに座っていて、その首にかけた結袈裟は緋色ひいろです。

 そうだそうだ、忘れていた。と、ヒコはうんうんと大きくうなずきながら言って、なにを話そうとしたか思い出したようでした。

「『童話の世界』から敵が寄せてきた。この山を通るぞ」

 ヒコの話を聞いて、そのお部屋に集まっていた天狗たちはすこしだけざわつきましたが、そんなささいな声よりも、やっぱり話し続けるヒコの声のほうが大きくて、他の声はかき消えてしまいます。

「うん? ところで何名か足りておらんな」

 ヒコはこんどは自分でお話しを中断しました。お部屋をまじまじと見渡して指をさして天狗たちを数えます。そこに集まっていたのはヒコを入れて六名の天狗たちでした。ふたつの空席があります。

「オオミネ殿はあいもかわらず」

「ほっつき歩いているのか。自覚が足らん。足らんぞ、ハクシャ」

 白い結袈裟をかけた天狗、ハクシャが控えめに言いますと、そこにかぶせるようにしてヒコがまた声をあげました。長いお鼻で空気をかき混ぜるみたいにぶるぶると首を振ります。怒っているみたいで、あきれているみたいでもありました。「私に言われても」とハクシャは困ったお顔になります。

「おっほっほ。いない者はいないのですからしかたがありません。事は火急。いまいる者だけで対処せねば」

 羽団扇で口元を隠しておしゃべりするのは萌黄色もえぎいろの結袈裟をかけた天狗でした。お口は隠れていますけどお目めは見えていて、それはなんだか楽しそうに笑っているようにも見えます。

「そうだ、そうだ。イヅナの言うとおりだ。さしあたっては誰か接触すべきだろう。儂が行ってもよいが……のう、アタゴ」

 いつも大きな声でハキハキしゃべるヒコがこのときはごにょごにょと言葉を濁しました。頭をかいたり膝を揺らしたりそわそわしながら、お部屋の一番奥の緋色の天狗、アタゴに目を向けます。どうやらアタゴが天狗たちのリーダーで、その決定を待っていたのです。

 ですけど当のアタゴは「ん~」と、考えているようで考えていなさそうな声をあげて寝転んでしまいました。

「俺らぁ争いを好まない天狗衆だ。明るく楽しく穏便に。なんか世間じゃ戦が始まったとかいうけど、俺らにゃぁ関係ない」

 身体を起こしてアタゴは言いました。めんどうくさそうに大きなあくびをひとつします。

「おまえはその戦の将だろう。関係ないものか」

 ヒコがアタゴを指さして言いました。

「だぁってヨミコちゃんが、あっちこっちいろんな妖怪たちに頼みこんでるって聞いたからさぁ。大変だなぁって思うと断れなくて」

「ゆるい。ゆるいぞ、アタゴ」

 ヒコは立ち上がってどんどん床を踏みつけました。

「まあ、でも」

 ちゃんと座り直してアタゴは言います。とはいっても、それでもまだちょっとだらしのない座りかたでしたけどね。

「ほかの誰かが将として狙われるより、俺がその一端だけでも背負ったほうが楽だしなぁ」

 そんなことを言うので、ヒコも黙ってしまいまして、おとなしく席に座り直しました。まだなんだかごにょごにょと言っていますが、そのお声はだいぶんちいさくなっています。

「で、なんだっけ? 『童話の世界』から誰か来てると。まあ、天狗山を通るってんなら無視できないよなぁ」

 ああああ~。と、めんどうくさそうにアタゴは下を向いてため息をつきました。ついでみたいに背中のほうに手を伸ばして、かゆいところをかいています。

「…………」

 そのとき、アタゴの一番そばにいた、黒い結袈裟をかけた天狗が立ち上がりました。その手にはまっ黒の大きな刀が握られています。

「クラマ」

 お部屋を出ようとしたのでしょう。黒い天狗、クラマのその足を止めるために、アタゴが声をかけました。

「おまえはダメだ。話がややこしくなる」

 おっとりのっぺり話してばかりのアタゴが、とっても真剣そうに、きりりとしたお声で言いました。それくらい重要なことだったのでしょう。アタゴに言われたクラマはなんにもしゃべることなく、静かに元の席に座ります。

「言ったろぉ。明るく楽しく穏便に。つーことで、シラミネ」

私奴わたくしめにございますか」

 はじっこの席でおとなしくしていた紫色の結袈裟をかけたシラミネが、名前を呼ばれてぴくりと反応しました。いやそうにお目めを細めてアタゴのほうを見ます。

「たのむよシラミネ~。おまえがいちばん穏便にいくんだよぉ」

 お願いするには似合わないふよふよしたようすでアタゴは言いました。溶けちゃうみたいにごろんと横になってしまって、でもそれがすこしだけお願いしている姿勢に見えなくもありません。

「たまにはご自分で動かれては」

 シラミネがやっぱりお目めを細めたままでそう言い返します。

「俺は将だし。やすやすと敵のまえに出られないだろぉ」

 駄々をこねるみたいにごろんごろん転がってアタゴは言いました。

「もっともらしいことを」

 暖簾のれんに腕押しするのがめんどうになったのか、大きくため息をついてシラミネは立ち上がりました。お部屋のみんなに背を向けて、もういっかいため息をつきます。それからお部屋を出ていって、ふすまが閉められました。そういえばヒコが入ってきてからずっとふすまは開きっぱなしでしたね。

「あれ、そういえば」

 ごろんごろんから天井を向いて止まって、アタゴはなにかを思い出します。

「ヒラはどこ行ったんだぁ?」


 ――――――――


「やややや! あいや失礼! ここは天狗山。天狗たちの住まう場所。部外者お断りですぞ!」

 走っているようで飛んでいるような天狗が腰を低くしてアリスたちのまえにあらわれました。その首には鈍色にびいろの結袈裟がかかっています。

「わあ! すっごいお鼻!」

 アリスは無邪気にそんなことを言いました。初対面でそんなことを言うのは失礼です。(みなさんは言っちゃいけませんよ)

 ですけどアリス以外の仲間たちは急にあらわれた天狗に警戒して、いつでも攻撃できる準備をしています。メイジーなんてすぐに長い銃をかまえて天狗をねらっています。

「そうでござんしょう。この高々とした鼻は我らの誇りですゆえ! いや、そうでなく!」

 お空を見上げてお鼻を高々としたと思えば、違う違うと両手をわしゃわしゃしながら腰を曲げてお辞儀みたいにします。どうにもせわしなくってへっぴり腰の天狗でした。

 だからアラジンやクラウンは警戒を弱めます。ですけどメイジーだけはさっきよりもっとたくさんの警戒をしました。

 なぜって、いつのまにかメイジーのかまえる銃口に、きれいなお花がささっていたのです。視力には自信のあったメイジーですのに、それがいつささったのかまったく気づきもしませんでした。

「……? 立派なお鼻よ?」

「そうでしょうそうでしょう! いやですから、そうでなく!」

 アリスと天狗は話がかみ合いません。おんなじやりとりが何回かありました。

「とにかく、『童話の世界』のご一行さまですな。ここは天狗山。天狗たちのすみかですゆえ」

「知ってるわ。おじゃましま~す」

「はいはい、なんのもてなしもできませんが……いや、そうでなく!」

「あなたさっきからどうしたの? ちょっとなに言ってるかわからないわ」

「ええ、ええ! お互いさまですな!」

 ぜーぜーと、たくさんおしゃべりしたので天狗もおつかれみたいです。ですから息がととのうのを待ってお話を聞くことにしました。

「ともあれお待ちいただき! このヒラの話を聞いていただきたく!」

 最後の天狗は、もうとっくに、アリスたちに出会っていたのでした。



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