千年社の女衆


 千年社せんねんやしろ

 東洋妖怪のすみかの北西にはおっきな海が広がっています。川や湖も多くて、そんな水辺には海坊主や河童、小豆洗いのようなお水に関係する妖怪たちが多く住んでいました。

 そんな水辺のおそばの陸地には、たくさんの鳥居がならんでいます。それはもういっぱいいっぱいならんでいます。水辺から陸地を守っているみたい、もしかしたら反対に、陸地から水辺を守っているくらいに、たくさんたくさんならんでいました。

 その鳥居のまんなかに、誰にも見つからないようにひっそりと、だけどおっきなお社が建っていました。もうすっかりボロボロで、神様なんていらっしゃられません。ですけど、誰もいないようなそんなボロボロのお社に、いまでは妖怪たちが住み着いているのです。

「う……」

 起き出すなり頭がとっても痛くて、お目ざめにしては最悪の気分でした。ですけどモモはあるじを守る武士もののふです。自分の身体ももちろんたいせつですが、それよりも主人のことを守るために、痛いなんてことはあとまわしにしなきゃいけません。

「ここは……カグヤさま!」

 モモはあたりを見渡します。ですけどどこもうす暗くて、そして探していた主人の姿も見当たりません。

「あら、気がついた、ぼく?」

 モモが警戒していたすきまから、そろぉりとなにかがふれました。その冷たいくすぐりに、モモは緊張してしまいます。

「誰だ!」

 刀を抜いて身構えました。もういっかいあたりを見渡しますが、やっぱり誰もいる様子はありません。

「まあ、そんな物騒なものを取り出して、どうしようというんだい?」

 こんどは見えない暗闇からなにかがうごめいて、こっそりとモモの武器をたたきました。やさしい猫なで声とは反対に、それはとっても強い力で、モモは刀を落としてしまいます。

「みんな、そないいけずせんと。その子ぉ、こわがってしもとるやん」

 こんどは真っ正面から声がします。よく目を凝らしても、もちろん誰もいません。ですけど、ぴぃいんと、鈴が鳴ったみたいで手を叩いたようでもある音が鳴りますと、ぶわっといきなりにお部屋のぜんぶに明かりがともりました。

 モモはずうっと警戒していました。あたりに誰かいないか、ずうっと探していたのです。それでも誰もいなくて、気配すら感じていなかったのに、明かりがついたとたんモモのずっと近くには、たくさんの妖怪たちがいたのです。

 長い首を巻きつけてくる者。冷たい肌を押しつけてくる者。髪を絡ませてくる者もいますし、糸を巻きつけてくる者もいました。ともあれ、そんな状態ですから、モモはちっとも動けません。戦うにしても逃げるにしても絶体絶命です。

 いいえ、動けたって絶体絶命でしょう。モモはたくさん鍛錬した勇敢な男の子ですから怖がったりしませんが、それでも目の前に堂々と座る金色の女性がとっても強いことはわかりました。彼女ひとりがいるだけで、モモはきっと戦うことも逃げることもむずかしいと感じたでしょう。

「あてがこの千年社のあるじ、タマモちゃんや。よろしゅうね、ぼく」

 タマモはにっこりと笑います。きらきらとした黄金色の髪と燃えているみたいな真っ赤なお着物がすてきな女性でした。きっと男の子だったら誰でもタマモを好きになってしまいます。モモだって、その場所が『怪談の世界』じゃなくて、カグヤのことを心配していなかったら、あぶなかったかもしれません。

 ですけど、きれいな女性に特有の近づきにくさもあります。それにタマモのうしろにはおっきくて美しい、黄金色のしっぽが九つもゆらゆらしています。それはあんまりにもふわふわで、一本一本がタマモの身体よりおっきいくらいでした。

 そんなしっぽがなんとも威圧的で、やっぱり近づきにくさを感じさせます。そしてにっこり笑ったお顔からちょっとお目めを開きますと、その重そうなまつ毛のすきまから、冷たい銀色の瞳がひかりました。

 そのお目めはモモの背筋をぞくりとさせました。ほんのすこしでもタマモのことを好きになりかけていた自分を、モモは心の中で叱って、もういちど『敵』に立ち向かう勇気をふるい出します。

 いつのまにかずうっと見つめていました。タマモのきれいな姿に、金縛りみたいに釘づけだったのです。ですけど、タマモの頭に生えた黄金のお耳がぴょこんとちいさく動いたのを見て、モモは我に返ります。たたき落とされた刀にちらりと、こっそりとお目めを向けました。

「よぉできた子ぉやなあ」

 一瞬でした。そのはずです。

 モモがタマモから刀のほうへ視線をうつした一瞬で、タマモはもう、モモの目の真ん前、おでこがぶつかるくらいのおそばにきていました。十歩以上離れていたはずですのに、足音のひとつもしていません。

「やけど、あんまりおいたしたらあかんよ。あてらかて堪忍しとるんや」

 つうっと、タマモの美しい指先がモモののどをなでました。指はあごまで伸びてきて、ぐっとモモのお顔を上にかたむけます。そうしますと、どうしてもモモのお目めはタマモのほうを向いてしまいました。

ねえさん。やっぱりこの子、食べちゃっていいかな?」

 モモのうしろで誰かが言いました。たぶん髪の毛をモモに巻きつけている誰かです。

「おほほ。まずはみなの取り分を決めませんと。とりあえず切り分けませんこと?」

 モモに巻きついた首が言いました。そうしてからその首は締めつける力を強くします。

「あかん、あかん」

 タマモが言いますと、首の締めつけは弱くなりました。苦しくなっていたところなのでモモはたすかったと思いました。

「キドウちゃんが言うとったやろ。その子ぉは人質。なんや自分で殺せんからって、あてを頼ってくれたんよ。かいらしやん」

 タマモはモモから手をはなして、自分のお席に戻るために振り返りました。そのときにおっきなしっぽがモモの身体をくすぐって、モモはやっぱりぞくりとします。

「カグヤちゃん言うたかなあ。その子ぉがぼくちゃんたすけにくるまではおあずけや」

 自分のお席に戻ったタマモは座りまして、じいっとモモを見下ろしました。最初とは違ってほほえむように笑ったあと、ちょっと唇を舐めて濡らします。なにかを期待して待っているようなお顔でした。モモを食べてしまうことを考えていたのかもしれません。

「きさま、カグヤさまを」

「おとなしゅうしとき」

 力いっぱいあばれて刀に手を伸ばすモモを、タマモは言葉で止めました・・・・・。ただそう言われただけですのに、モモの身体はそれだけでほんとうに動かなくなったのです。

 動けなくて困ったモモのお顔を満足そうに見つめてから、タマモは美しい両手をお顔のそばに持ち上げました。細くて白いその両手をちいさく左右に開きまして、

「ほな、さいなら」

 鈴みたいな音を響かせ打ち鳴らします。するとどうしたことでしょう。ぜんぶが嘘だったみたいになにもかもが消えてしまいました。タマモもいません。モモを捕まえていた者たちもいません。明かりは消えて、そこはうす暗くって埃っぽいお部屋にもどってしまいました。

 それと同時にモモの身体は動くようになります。急に動けるようになったのでモモはつんのめって転びそうになりました。急いで刀を拾い構えますが、もうまわりには誰もいないようです。

 もしかして夢でも見ていたのかと思いましたが、そんなモモの考えを読んだみたいに、あはは、おほほ、うふふ、と、いろんな女性の笑い声が聞こえてきます。モモはあたりをがむしゃらに斬りつけましたが、なににもあたった手ごたえはしませんでした。やっぱりもう、誰もいないのです。

 しかたがないからどこかへ逃げようと走ります。お部屋のすみっこにはすぐに行きつきました。ですがどこをどう探っても、出られそうにありません。扉みたいなものはありますが動かせませんし、斬りつけて壊そうとしてもビクともしないのです。

 ですからやがてあきらめて、モモはお部屋の真ん中あたりに座りこみました。カグヤやほかの仲間たちがきっと助けにきてくれます。主人であるカグヤに迷惑をかけるのは心苦しかったですが、もう助けを待つしかモモにできることはありませんでした。

 せめてタマモやほかの敵たちを倒す手段を考えようとしましたが、タマモの美しいお顔を思い出すたびに邪念が生まれてしまいます。それでもなんとかしてモモは敵のことを思い出し、その倒しかたを考え続けるのでした。



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