ダークアリスとアマノザコ
「ひ、ひ、ひいいいぃぃ……!」
もう身体が動かないほど傷ついて疲れきったドロシーは、銀の靴のかかとをあわせる元気すらなくって、ただただ落ちていました。とっても高いところからずっとずっと落ちていきます。このまま地面に落ちてしまっては、とてもじゃないですけどたすかりません。
「ひ……、ひぎ、ひぎっ……!」
ヴラドと戦っていたときは必死でした。痛みも疲れも忘れるくらい必死だったのです。ですからがんばって動けていましたし、戦うことの怖さも感じませんでした。
ですけどそれがぜんぶ終わってしまって、ドロシーはぜんぶを思い出してしまいました。痛くて疲れていて、それにとっても怖いのです。だから銀の靴を使うしかたすかる方法がないとわかっていても、身体がいうことをきかないのです。
「うえええぇぇん! たしゅけて、アリスしゃああぁぁんん!!」
「やれやれ、アリスはいないってわかっているだろうに、なにを馬鹿なことを言っているんだい、ドロシー」
「オズっ! たすけてっ!」
気楽そうにあらわれたちいさなおじさん姿のオズは、あきれたようにため息をつきました。
「だからボクは幽体離脱したまやかしなんだって。いつになったら」
「オズっ!? なんで生きてるのっ!?」
ちょっと遅れましたが、ドロシーはたいへんなことに気づきました。
オズはヴラドに切り裂かれたはずです。だからてっきりドロシーは、オズが死んだものと思っていたのでした。
「だから幽体離脱だって言ってるだろ! この身体に実体はないんだよ」
「だったらもっと早く出てきてよ!」
めんどうくさそうにオズはもういっかいため息をつきました。
ほんとうはドロシーに勇気をもって戦ってほしくて、わざと死んだふりをしていたなんて、いま話すようなことじゃないのです。
「それより、まずはたすからないとね、ドロシー。はい。いち、に。いち、に」
「ふえ? いち、に……?」
「いち、に、さん」
「いち、に、さん?」
不思議そうに首をかしげますが、ドロシーは数を数えるのにあわせて無意識に身体を動かしていました。ヴラドと戦っているときになんどもやっていましたからね。なんだか癖になっていたのです。
いち、に、さん。それにあわせてかかとをあわせることが、もう身体に染みついていたのです。
気づけば、ドロシーは地面の上で寝っ転がっていました。たくさん傷はありますが、でもちゃんと、生きています。
――――――――
「それで」
ザコは額をぬぐって言いました。どうやら戦わないわけにはいかないみたいです。
「
お手てを見てみますと黒くよごれていました。
「冗談じゃないわ。わたしはアリス。
ダークアリスはにいっとお口を大きく笑わせて言いました。ほんとうにいっぱいいっぱいお口を笑わせているので、ちょっと怖いくらいです。
「アリスがふたりいるなんて、聞いたこともない」
「あら。でも、『
たしかにそれはそのとおりで、もちろんザコにだってわかっていたことです。ですけど、『なんでもアリ』はあくまで、
「まあ、つまりあれよ」
ダークアリスはおどけたように人差し指をたてて言います。お鼻を高くして、得意満面です。
「そろそろ物語が、勝手に動き出す頃合いってこと」
そう言うと、ダークアリスは剣をかまえました。なんどか剣を振って、なかのインクが使われました。それですこしは減ったのでしょうけど、まだまだ透けて見える剣の内側にはたっぷりの黒いインクが残っています。
それが、ゆれて。
すこし、消えます。
*
「やる気がないのね。
切ったザコの腕はお空をふわりと飛んで、ちょうどダークアリスのところに落ちてきました。それをダークアリスはつかまえて、剣先ですこしつつきます。
「その名はみんなに内緒でお願いしますよ。ヴラドとかにバレたらめんどうなんだ」
ザコは腕が一本切られたにしてはぜんぜんだいじょうぶそうにそんなことを言いました。あいそ笑いをするくらいに余裕そうです。
「もう一度言っておこうかしら、ザコ」
ダークアリスは剣先をザコのほうへ向けました。つかまえてたザコの腕はそのへんにほうり捨てます。するとどうしたことでしょう。地面に落ちたザコの腕はそのうち、燃えて灰になるみたいにさらさらと消えてしまいました。
「わたしは『童話の世界』だとか『怪談の世界』だとか、ましてや戦争になんて興味ないの。わたしが殺したいのは、
「それはあんただけの意思? それとも、アリスもそう思ってるのか?」
「いいえ。アリスは、
「ふうん」
ザコはちょっとおもしろくなさそうになりました。……うん? そういえば切り落とされたはずのザコの片腕は、いつのまにかもとに戻っています。どうやら血ももう出ていません。
「でも、仲間ならいるわ。
「あっそう。わかってきたわかってきた」
得意そうにお話を続けるダークアリスの言葉を止めるように、ザコはつまらなそうなお声で言います。やっぱりダークアリスはムッとしましたが、でもよく考えたらおしゃべりしすぎたわ、と、ダークアリスも思ったので黙りました。
「そういうつもりならしょうがない。ヴラドさまはハートの女王を味方に引き入れるつもりだったけど、無理みたいだ」
ザコはお空を見上げるようにして、自分ののどを気にしました。お手てで優しくなでなでします。
「じゃあしょうがない。邪魔になるならいまのうちに
ザコはそう言って、すこし舌を出しました。あっかんべーをしているみたいな感じです。それはただダークアリスにきらいって言っているだけみたいにも見えましたが、ダークアリスはちゃんとわかっていました。
それがザコの、攻撃の合図だって。
「やれるもんなら」
ダークアリスもむかえうつ覚悟です。やっと戦えるわ、と、楽しそうにお口をいっぱいまで笑わせました。
「やってみにゃ」
そして猫みたいに、そう言います。
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