ドロシーとヴラド 決着
リズムといっしょにドロシーはかかとをあわせていました。かかとをあわせながら、ヴラドを何回も蹴っていたのです。そしてそのキックは、回数が増えるたびにだんだん強くなっているみたいに、ヴラドには思えました。
だいじょうぶだと思っていた攻撃なのに、三回目はとっても痛いです。そして三回目が終われば消えてしまいます。そうかと思えばべつの場所を攻撃されるのです。
全身のいろんなところを攻撃されて、ヴラドはもう攻撃をよけることができなくなっていきました。だって手とか足とかを攻撃されるたびに、その場所は霧に変えることができなくなるのですから。だったらしかたがないと、ドロシーの攻撃はぜんぶ受けることにして、反撃のほうに意識を集中しますが、やっぱりドロシーの身体が硬くなっていて切り裂ける気がしないのです。(いちばんさいしょにドロシーの背中を切り裂いたときよりぜったいに硬くなっています。不思議ですけど)
「羽虫が」
そこにいたと思えばもういなくて、べつのところにたかってくる。ヴラドはドロシーのことをほんとうに邪魔に思いました。
だからヴラドは大きな爪で
それを見て、ドロシーはびっくりしてしまいます。どうしてヴラドがそんなことをしたのかわかりませんでしたし、それにたくさんの血がいきおいよく噴き出すので、ヴラドの姿が一瞬見えなくなったのです。
「ほんとうに邪魔だぞ、貴様」
ヴラドが言うと、ヴラドの身体から出てきた血がぜんぶ固まってしまいました。ドロシーもその血を浴びてしまったので、血が固まって、身体が動きにくくなります。動かせないことはないですが、ちょっと力を入れないとだめみたいです。
「『
固まったのとはべつの血が、鋭く長い槍になりました。一本じゃなくて、たくさんの槍がぽんぽんとできていきます。それらぜんぶの矛先が、ドロシーに向きました。
そのおぞましい真っ赤な槍は、とくべつなんだとわかりました。きっとヴラドのいちばん強い攻撃です。そしてそれは、ドロシーの硬くなった身体にもかんたんに突き刺さるくらい強いのです。
だからドロシーは逃げようとしてもがきました。固まった血が身体を動きにくくしています。でも銀の靴をあわせれば瞬間移動で逃げられます。だけど動きにくくなった身体では、そのかかとが、どうにもうまくあわせられないのです。
「いち、に……。いち、に……!」
ドロシーはリズムを数えました。二回はもうあわせています。あと一回です。でもその一回が、なかなかぶつかりません。
「王が貴様を認めてやる。安心して逝け。ドロシー」
ヴラドは言いました。たくさんの槍が、ドロシーめがけて飛んできます。
*
ぐちゃぐちゃした鋭い音が、ドロシーの全身で鳴りました。血でできた真っ赤な槍がいたるところに刺さって、おんなじ赤い血が、やっぱりいたるところで吹き出します。
ブリキみたいに頑丈な身体になっているからでしょうか。ドロシーはまだ生きています。そしてまだ力は入ります。ですけどたくさんの血が流れて、痛くて寒くて、たくさんは動けない気がしました。
でも今回ばかりはヴラドが許せません。オズを切り裂いて、女王アリスのお国の者たちをいっぱい殺して、自分のお友達だったコウモリたちさえ犠牲にするような者なのです。そんなヴラドは倒さなきゃいけません。そのためにドロシーが動けるのは、きっとあと一回です。それくらいたくさん血が流れてしまったのです。
「いま、楽に」
ヴラドだってドロシーが生きていることに気づいていました。だから最後の一本、自分の手元に残していた血の槍を握って、ドロシーの首に向けます。
「いち……、に……」
ドロシーはリズムを数えます。足に力を集中します。まだ動いていますが、それでもたくさんの血が固まってしまって、さっきよりずっと動きにくいです。
お空と地面のあいだのところに、ヴラドは飛んでいます。そしてその血でドロシーは動けなくされています。ヴラドは最後の槍を向けて、ドロシーの首を狙っていました。
ドロシーはあきらめませんでした。だってアリスはあきらめたりなんかしませんから。どんなにたいへんなことになっても、アリスなら笑っていましたから。
だからドロシーも、最後まであきらめずに、きっと笑うのです。
「いち、に」
に、っと笑って、ドロシーはアリスになりました。アリスになったつもりで、ヴラドを見ました。
ヴラドはおかしな者を見るようにドロシーを見ます。ですけど思い出したのです。
そうだここは『童話の世界』だ。
ヴラドは知っていましたが、気づくのがほんのすこしだけ遅かったのです。
世界がひっくり返りました。だからそれにつられてドロシーの足が違うほうにまがって、つまり銀の靴がぶつかりました。
*
「さんっ!!」
ドロシーは渾身の力をふり絞りました。きっとドロシーはあと一回しか動けません。だったらよけられるかもしれないとか考えるより、あたりさえすれば倒せる、という攻撃を選びました。
すこし高いところへ飛びました。
「王として」
ヴラドはあいかわらず完璧です。最後のドロシーがなにを考えるか、どこに瞬間移動するかを予想していました。その予想はぴったりあたって、だからとっくにドロシーのほうを見上げていました。赤い槍をドロシーのほうへ向けて。
「真っ向から、くし刺してやる」
たくさんの血を使ったからでしょうか。ヴラドの姿は怪物みたいになっていたのから、ふだんの姿にもどっていました。血を失ったからか、ドロシーにさんざん蹴られたからか、破れたタキシードの中の青白い身体はぼろぼろです。
ですけどともあれ、ドロシーの最後の攻撃をよける気はないみたいです。もしかしたらぼろぼろでよける力がなくなっているのかもしれませんが。だって霧になる力はとっくに全身からなくなっていますしね。
とにかく、最後の攻撃になりました。ドロシーは高いところからヴラドを狙って、ヴラドはそれをむかえうちます。
ドロシー対ヴラド。決着のときがきました。
*
「力。運。奇跡」
ぼろぼろなヴラドも最後の力をふり絞ります。
「あまねくすべては『
そんなことはとうぜんのことです。だからヴラドはなんにも気にしていません。
世界がひっくり返った力にも『童話の世界』のなにかを感じました。それが運よくドロシーを救って、それは奇跡的なタイミングだったと言えるでしょう。それでヴラドは千載一遇のチャンスを失ったのですが、そんなことはどうでもいいのです。
それを乗り越えてでも勝てなければ、どうせ勝てないのですから。それらすべてをひっくるめて『童話の世界』の力なのですから。
「だが、勝つのは我々だ」
強がりでも、そう言うしかありません。『勝つ』のも『童話の世界』の特権です。そしてそれもやっぱりヴラドたち『怪談の世界』が打ち勝つべき敵なのです。
ヴラドは犬歯を鋭く剥き出して、ドロシーをにらみました。
「オズ」
ドロシーは呟いて、もういちどオズのことを思い出しました。そうして怒る気持ちを思い出さないと、ヴラドをかわいそうだと思ってしまうからです。
ドロシーはヴラドたち『怪談の世界』のことを知っています。彼らはたしかに悪い者たちですが、だからといっていろんな者たちからきらわれているのはかわいそうです。彼らは彼らなりにかわいそうな自分たちを救いたいと、そう思って『童話の世界』に宣戦布告してきたのです。自分たちの運命にあらがうために。
でも、そのために戦争を起こして、ドロシーの、アリスの、みんなの大切なものを奪うのは間違っています。間違いは正してあげなくちゃいけません。そしてその方法は、もう、戦うことでしかないのです。
「ごめんなさい」
ドロシーはつぶやいて、ヴラドに狙いをさだめました。全身を槍で刺された痛みは続いています。たくさん血が流れて、もうあんまり力が入りません。その最後の力を、この一撃にこめるのです。
銀の靴を向けて、落ちる力も上乗せして、世界を切り裂くようなキックを。全身全霊をこめてヴラドにぶつけます。
瞬間、ヴラドが最後に向けた血の槍は、さきにドロシーを突き刺しました。ドロシーの足を突き刺して、そのままお顔にまで向かってきます。ですけどお顔に刺さるまえにドロシーは両手でそれを受け止めて、突き刺されたのとはべつの足でヴラドを攻撃しました。
ドロシーの最後のキックは、たしかにヴラドに届きました。ヴラドを頭から足蹴にして、そのまま下へ下へ力をこめます。槍で突き刺されたぶん威力が弱くなっています。それでも、まだ残っている力をけんめいにこめて、下へ下へ、ヴラドを蹴り続けました。
すこしだけ時間が止まったみたいに、ぶつかったドロシーとヴラドは固まったように見えました。でも、つぎの瞬間。
「これで、おわり、です!」
ヴラドから力が抜けて、ドロシーは槍を足から引き抜くことができました。ちょっとするとその槍はただの血にもどってしまいます。
そしてドロシーのキックはヴラドを下へ下へ押しやって、とうとうドロシーの足をはなれました。力が抜けてしまったヴラドは、意識をなくしたまますごいいきおいで地面へ落ちていって、すごい音をたてながら叩きつけられました。
「あ、あわ、あわわわああぁぁぁぁ!!」
ところで、戦いに勝ったドロシーですが、もう全身に力は入りません。かかとをあわせる元気もないので、このまま落ちてしまいます。
まあ、たいへん!
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