霧裂きドロシー
ドロシーが消えました。瞬間移動です。ですが今回はなかなか姿をあらわしません。
ヴラドはおかしいなと思い周囲を探しました。あたりはまだ
つまりドロシーは霧のお外に出ていったのです。逃げたのかもしれません。ですけどヴラドの隙をねらって攻撃してくるかもしれないので警戒もしてなくちゃいけないのでした。
だからヴラドはだんだんと霧雲を大きく広くしていって捜索範囲を大きくしていきました。こうしていけばそのうちドロシーが見つかるかもしれませんし、霧雲が大きくなればお外からヴラドを狙うのもむずかしくなります。それに霧雲の中はヴラドにとってけっこう安全な場所ですので、ヴラド自身が動ける範囲もちょっとずつ大きくなっていくことにもなります。
そうして、じっくりドロシーを探して待ちながらヴラドは考えました。ドロシーの攻撃は瞬間移動です。どんなに遠くからでも、あいだにあるぜんぶの空間を無視して、一瞬で移動してくるのです。そこに理屈なんてありません。『童話の世界』に理屈は通用しないのです。
だからドロシーの瞬間移動はぜったい見えないのです。見えないままにヴラドのそばまでやってきて攻撃してきます。だからヴラドはドロシーがあらわれた瞬間の反射神経で攻撃をよけるしかありません。さいわいヴラドは身体を一瞬で霧に変えることができるので、回避はむずかしくありませんでした。それでも霧に変えるのがすこしでも遅れたら攻撃されてしまいますので、ずっと緊張していなくてはいけないのがたいへんです。
それでもヴラドは『王さま』として失敗しない自信がありました。だから怪物みたいになった大きな身体で、大きくギザギザな歯を剥き出しにしたお口で、余裕そうに笑うのです。
問題は、ドロシーがいつ攻撃してくるかということでした。ドロシーはきっと逃げてなんていません。『童話の世界』の主人公が、悪役をまえに逃げ出すわけがないからです。だからドロシーがいつ攻撃してくるのか、そしてどうしてすぐに攻撃してこないのかが問題で、考えなきゃならないことなのです。
「いいや」
ヴラドは首をふりました。「どうでもいい」と思ったのです。
ドロシーの狙いがなんであれ、ドロシーの攻撃は瞬間移動です。そしてきっとヴラドに効く銀の靴で蹴ってくるのです。瞬間移動はどうせ見えませんし、反射神経でよけるだけ。だからよけてすぐにドロシーを攻撃すればそれでいいのです。銀の靴で瞬間移動できるとしても、そのためには銀の靴を三回あわせなければならないようです。つまりそのあいだにドロシーを倒してしまえばおしまいなのです。
「簡単な」
一瞬、ヴラドはまばたきしました。そしてヴラドは知っていました。その隙は、ぜったいに見逃されないと。
「話だ」
ヴラドは一瞬だけ全身を霧に変えました。(まえに銀の靴で攻撃されて霧にできない片手は霧にできませんでしたけど)
*
「いち、に、さん」
ドロシーはリズムをとってかかとをあわせました。ずっとお空、ヴラドの霧雲よりずっとずっとうえの、真っ赤なお月さまにさわれそうなところまで瞬間移動して、そのまま息を止めて落ちていきます。息を止めたのは怖かったからです。あと落ちるいきおいがだんだん速くなっていってお口がうまく開かないのもありました。
「ひち……! にひ、いいいいぃぃいい……!!」
がたがたなリズムでふたつ、数えます。落ちるのが怖いです。ドロシーは瞬間移動ができるだけでお空を飛べるわけではないのです。落ちて落ちて、そのまま地面に叩きつけられたら死んでしまいます。それはやっぱり怖いのです。
それに怪物みたいになったヴラドも怖いです。ヴラドは瞬間移動するドロシーの攻撃もけっこうよけてしまいますし、反撃までしてきます。あんな大きな爪でひっかかれたら、ドロシーはこんどこそまっぷたつにされるかもしれなくて、それもやっぱり怖いのでした。
怖くて、怖くて、怖いです。自分を主人公だと思っていないドロシーには、怖いことがたくさんありました。だけど怖くてもやらなきゃいけないこともあるのです。おうちに帰るためにはとっても長い冒険をしなくちゃいけないのとおんなじです。怖くてもつらくても、立ち向かわなければいけないことがあるのです。
勇気を、持って。
「ライオン」
その名を呼べば、勇気が湧く気がしました。自分を臆病だと言った彼の本当の勇気は、ドロシーにも勇気をくれるのです。
臆病だからこそ、ささいなことにもひとつひとつ勇気をふるうのです。臆病なわたしたちはいつもいつも、勇気を持って世界に立ち向かうのです。
ドロシーは落ちながらくるんと回転します。前転です。猫みたいに丸まって、片足だけをお空に伸ばしました。
霧雲にふれるところまで落ちてきたそのとき、ドロシーはその足をおもいっきり叩き落とします。
ライオンみたいな力強さで振り下ろされた一撃は、たったそれだけでぜんぶの霧雲を晴らしてしまいました。
*
それはヴラドの思った通りでした。思った通りに、まばたきの一瞬を狙ってドロシーが攻撃してきたのです。
だけど思っていたのとはだいぶ違いました。霧にふれた瞬間、ヴラドはドロシーがどこにいるかを知りました。それと
それは瞬間移動にしてはずっと遅すぎて、攻撃というにはとっても速すぎました。だからヴラドのリズムが狂います。
「これで」
ですけど、もともとヴラドは見えない瞬間移動に反撃するために心の準備をしていたのです。なにが起きても反射神経でどうにかできるはずです。し、どうにかしないといけないのです。ですから、すこしだけびっくりはしましたが、すぐに大きな爪をドロシーに向けます。『これで、おわりだ』。そう思って、そのとおり、最後の攻撃を力いっぱいふるったのです。
「さん」
ドロシーは考えていたとおりの攻撃をしました。脳のないカカシみたいに、いっぱいいっぱい考えたのです。
ずっと高いところから、落ちる力もいっしょにして攻撃して、ヴラドの霧をぜんぶなくします。落ちるとちゅうで銀の靴はかかとを二回だけあわせておきます。そうすればあと一回あわせるだけでつぎの瞬間移動ができるのです。
その最後の一回を、ヴラドの大きな爪に向けました。ヴラドの攻撃に真っ正面から立ち向かうのです。
ヴラドの爪は、というより手は、もうドロシーをまるごとつかんでしまうくらい大きくなっています。そのお手てのすみっこをドロシーは蹴って、ほんのすこしだけ傷をつけました。そのままドロシーの足はすべっていって、自分の足にぶつかります。
銀の靴のかかとが、三回目のあわさりをしたのです。
つぎの瞬間移動が起きて、ドロシーはヴラドの攻撃をよけることができました。
「いち」
つぎのリズムがはじまります。ドロシーはヴラドのお顔を蹴っていて、それでもヴラドは笑って、つぎの攻撃をしてきました。
こんなものではもう、私は倒せない。そうヴラドは思っていました。ドロシーの瞬間移動はほんとうにめんどうです。見えないし、いきなり近くにあらわれてびっくりします。だけどもう、ヴラドはドロシーのことをすこし甘く見ていました。だって、怪物になったヴラドは身体も硬くなっていて、ドロシーに蹴られたくらいでは痛くもかゆくもないのです。
ドロシーのキックを受けながら、ヴラドは攻撃をします。その攻撃はこんどはちゃんとあたって、ドロシーはまっぷたつに切り裂かれました。
「に」
……あれ、ドロシーはぜんぜんへいきみたいです。たしかにヴラドの攻撃はあたって、ドロシーの濃い紫のドレスをすこし切り裂きました。その中のお肌も切られていて、血がすこし出ています。ですけど、
「さん」
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