THE SEQUEL
だからヴラドは霧雲にドロシーを誘いこんでからも慎重に攻撃していました。深く近づきすぎず、ちょっとずつ攻撃してきたのです。ですからドロシーに攻撃が防がれて、手を踏みつけられても、まだヴラドは冷静でした。冷静に攻撃された手を霧にしてしまってやり直せばいいと行動したのです。
ですけど、踏みつけられてほんのちょっと傷ついた片手が、まさか
たしかに銀には妖怪たちを倒すための特別な力があります。銀はとっても神聖なものですから、悪しき者たちによく効くのです。ヴラドは冷静にそのことを思い出しましたが、だからといって霧になる力が使えなくなるなんて知りませんでした。
「もっとだ」
ヴラドは鋭い犬歯で自分の青白い唇を噛んで、コウモリたちに命令します。
「もっと血を、いけにえを、持ってこい!!」
そのとき、ヴラドの真っ赤なお目めに、ドロシーの琥珀色のお目めがぶつかりました。
*
ヴラドは吸血鬼です。ですから血を吸うたびに強くなるのです。
霧になる力はまだ残っていました。ですけど銀の靴で傷つけられた片手だけは霧になれなくなってしまっています。片手をあきらめればそのほかの全身は霧にして守れるのですが、霧になれない片手は簡単に攻撃されてしまいます。そうしますと片手はなくなってしまうかもしれません。それは『王さま』としてみっともない姿だと、ヴラドは考えたのでした。
霧になれない片手を守るためには、ほかの身体で防御するしかありません。だからヴラドは全身の姿をあらわしたのです。
それにそろそろ、隠れて攻撃するのもあきてきました。たくさんの血をコウモリたちに運ばせて吸って飲みました。力もいっぱいたまってきていたころでもあったのです。
これならドロシー程度を倒すくらい、できるとも思いました。『童話の世界』の住人をあなどることはもうしないと決めていましたが、今回はちゃんと力をつけて挑むのです。最初にドロシーをあなどっていたのとはわけがちがうのです。
ぐぐぐ……と、ヴラドは全身に力を入れました。そうしますとだんだんヴラドの身体は大きくなっていき、紳士らしく着飾っていたタキシードが破れてしまいました。その中から出てきたヴラドは、普段の二倍、いいえ三倍くらいまで大きくなっていて、全身がとんでもない筋肉でいっぱいになっていました。
続いて背中が裂けたかと思うと、そこからふたつの大きな黒い翼が生えてきます。コウモリの翼がもっと大きくなったみたいな形をしています。
大きくなった腕のさきに、これまた大きくなった爪が鋭く光りました。お口に生えた歯もぜんぶが以前より鋭くなって、お口を噛んでしまうから閉じることができないくらいにギザギザになっています。
「『
変身を終えたヴラドは、自分が思っていた以上に力が増していたとわかって嬉しそうな声をあげました。
「強い者たちを喰らえば、私はさらに強くなれる」
遠くにいけにえを運んでくるコウモリたちの姿が見えました。これでもっと強くなれるのです。
だからもっともっと嬉しくなって、ヴラドは閉じられなくなったお口からよだれをいっぱいこぼしました。妖怪というよりはもう、怪物のような姿です。
「貴様の血も」
お話しのとちゅうで、ヴラドの目の前からドロシーが消えました。瞬間移動です。
ドロシーは銀の靴を使ってヴラドのお顔の横へ飛びました。そのまま銀の靴でヴラドのお顔を蹴ろうとします。
「一滴あまさず私の力に変えてやる。光栄に思うといい」
ですがヴラドはお顔だけを霧に変えてドロシーのキックをよけました。空振りしたドロシーの無防備な腕をつかんでつかまえてしまいます。
つかまれただけですのに、ヴラドの力が強くなっていて、ドロシーは短く悲鳴をあげました。すぐに銀の靴を使って瞬間移動します。瞬間移動さえすればつかまってもすぐ逃げられるのです。
ドロシーは横目でちらりと地上を見ました。コウモリたちがせっせといけにえを運んできます。死んでしまったコウモリたち。動物やトランプ兵。人見知りなドロシーはアリス以外のお国の者たちとはたくさんの面識を持っているわけじゃなかったですけど、それでもときおり道ばたですれ違ったりはしていたはずです。そんなドロシーの日常にいたはずのみんなが、もう死んだ状態でヴラドのところへ運ばれてくるのです。
ゆるせるわけがありませんでした。勝手に戦争をはじめておいて、ただお国で平穏に暮らしていた者たちまで殺してしまうなんて、ひどいにもほどがあります。
だからドロシーは戦うのです。ほんとうはまだまだ怖いのです。身体が震えて、とっても寒い気がします。たくさんの汗をかいたからかもしれません。お目めからいまにも涙があふれそうです。
ですけどドロシーは歯を食いしばってヴラドをにらみました。怖いし痛いしつらいです。それでも優しいドロシーは、みんながひどい目にあっていることがゆるせなくてたまらないのです。
「オズ」
いなくなったお友達の名前をつぶやきました。そうすると、オズがいなくなってしまった悲しみがもどってきます。ですが、オズと過ごした楽しい日々も思い出せて、力が湧いてくるのです。
「トト。カカシ。ブリキ。ライオン」
だから順番にお友達の名前を呼びました。そうしますと順番に、ドロシーは強くなれるのです。
そんな気がしたのです。
「アリスさん」
最後に、とっても大好きで、とっても大切で、とってもとってもあこがれているお友達の名前を呼びます。そうしたらまるで、すこしだけ自分がアリスになれたみたいな気がしました。
誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰よりも明るくて、誰よりもすてきな。ドロシーのあこがれた少女になれた気がしたのです。
「いくよ」
お友達を引き連れて、ドロシーは一番前を歩いています。そんな光景がちょっと浮かびました。
オズ。トト。カカシ。ブリキ。ライオン。そして、アリス。そう、アリスまでもがいまは、ドロシーのうしろにいます。いつもみたいにアリスに手を引かれるんじゃない、ドロシーがアリスの手を引いているのです。
いまこの瞬間は、ドロシーが主人公なのです。これはドロシーの物語の、続きのはじまり。
弱虫で泣き虫な少女が、あこがれた姿になるまでの、ほんのはじまりでしかありません。
ドロシーは、銀の靴のかかとを三回あわせました。
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