ドロシーと、ヴラドとザコと、扉のさきの誰か
「そ、そ、そ、そこはだめなんです! アリスさんがいいって言ったときしかお客さんは入れなくて……。中にはいろいろ、えっと、あぶないものがあるからって」
お目めをぐるぐるさせながらドロシーは説明します。そもそも相手は『怪談の世界』の方々ですので敵ですから、だめと言ってもしかたないのですけど。
「そのあぶないものを奪いにきたのだがね。……おまえ、どこかで見た顔だな」
ヴラドは考えこむように顎に手を当てました。ですけど思い出せなかったみたいで、すぐに首をふります。そんなことはどうでもいいと気づいたからです。
「立ち向かう気がないならそこで見ていろ。我々とて歯向かう者以外にかまっているほどひまではない」
そう言うとヴラドは扉に向き直りました。もういちどその扉を開けようと手を伸ばします。
だからドロシーはびっくりして、つい銀の靴を使ってしまいました。かかとを三回合わせることで瞬間移動ができるのです。
「だめなんですって!」
ヴラドの手をつかみます。そうして見上げたドロシーの目と、ヴラドの赤いお目めがぶつかりました。ヴラドは怒っているみたいにお目めを鋭くとがらせていました。
「邪魔を」
ぞわぞわとヴラドの身体が波うったみたいにみたいに見えました。背中からコウモリがたくさん飛び交っていきます。
「するな」
ヴラドはこんどこそ爪をとがらせて、ひといきにドロシーを攻撃しました。
*
「ひいいいぃぃ!!」
ドロシーはしゃがんで頭を抱えました。たまたまなのですけどそのおかげで、ドロシーはヴラドの攻撃をよけることができていました。
「…………」
ヴラドは不思議そうに首をかしげました。攻撃をよけられるとは思っていなかったのです。
ですけどそれもすこしのことで、すぐにつぎの攻撃にうつりました。しゃがんでしまったドロシーを爪で攻撃するのはめんどうだったので足を使って蹴り飛ばします。
こんどはちゃんとあてることができて、ドロシーは痛そうな声をあげて蹴り飛ばされてしまいました。
「痛い……。痛いよう。アリスしゃん……。ふぇ~ん……」
ドロシーはしくしくと泣き出してしまいました。ヴラドはおかしなものを見るようにドロシーを見下ろします。
ですけどやがてどうでもよくなって、ドロシーを無視しました。
「これ以上痛い目にあいたくなければ邪魔をするな」
ヴラドは言って、もういちど扉に向かいます。
ですがまたこんどもドロシーがヴラドの手をつかんで止めました。
「だめなんですぅ……。アリスしゃんの許可なく入るのはだめなんですぅ……」
泣きべそをかきながらドロシーはヴラドに言いました。ヴラドはこんどこそほんとうにいやそうなお顔をしてドロシーの手をふり払います。
「邪魔をするなと言っている。……それに貴様、知らんのか。女王アリスはもう」
「はいはい、ヴラドさま。こいつはあたしがなんとかしとくんで、どうぞお先にお進みください」
ヴラドが「アリスが死んだ」ことを言おうとしたのでザコはあわてて間にはいりました。ほんとうはアリスは死んでいなくて、それが知られたらザコが嘘をついていたことがバレてしまうからです。
ザコの行動にヴラドは疑うような目を向けたのですが、それでもお城に向かうのが優先でしたので任せることにしました。
ドロシーは瞬間移動を使うみたいです。だから邪魔をされるのも一瞬のできごと。なのでこんどはひといきに扉を開けてしまおうとヴラドは力任せに扉に向かいます。
「だからだめって」
ドロシーもちょっと怒ってきてしまって、怖さよりも止めなきゃならない使命感が強くなってきています。
「言ってるじゃないですかっ!」
ザコに押さえつけられながらも銀の靴には関係ありません。かかとを三回合わせれば瞬間移動です。お城に入られるわけにはいきません。ですからドロシーは瞬間移動して、今回こそはつき飛ばしてでもヴラドを止めようと動きました。
「『
瞬間移動の力に合わせてヴラドをつき飛ばそうとしたドロシーは、ヴラドがいたような気がした場所に突っこんでごろんごろんと転がってしまいました。ヴラドもヴラドで瞬間移動でもしたみたいに、いきなりいなくなっていたのです。
「いつもそうだな」
いいえ、いなくなってはいませんでした。ヴラドは身体を霧みたいにもやもやにして、触れられないようになっていただけなのでした。そんな姿からもとの肉体にもどりながら爪を光らせます。
「死ぬまで、あきらめることをやめない」
転がったドロシーの背中に、ヴラドは鋭い爪を振り下ろしました。
「きゃああぁっ!」
赤い月の夜に、またひとつ血しぶきが広がります。
*
どくどくと命のかけらを噴き出して、ドロシーの身体はぐったりとしてしまいました。致命傷とはいえないでしょう。それはヴラドにだってわかっていることです。そしてきっと、ドロシーにだってわかっていました。
まだ動けるのです。戦えるはずですし、それが無理でも逃げるくらいできるはずなのです。だけどドロシーは立ち上がる気にもなれずにぼうっと地面を見つめていました。
涙でぼやける夜の地面に、あったかい血が広がっていきます。それが自分の血だとドロシーはわかっているのですけど、なんだか自分のことじゃないみたいにぼんやりしてしまいました。
痛いというのもよくわかりません。夢の中にいるみたいになんにも感じない気がしました。ただ、涙とか鼻水とか、それといっぱいの血で身体中がびちゃびちゃして気持ち悪いなあと思ったくらいのことです。
「貴様が先に行け、ザコ」
すこし聞きとりにくくなったお耳で、ヴラドの声が聞こえました。そのときだけドロシーは身体の感覚を思い出して、ぐっと指先に力が入りました。お城に入るのを止めなきゃいけないという使命感がまだすこしだけ残っていたのです。
「私はこいつに、とどめをさす」
だけどけっきょくドロシーは動けませんでした。こんどこそ殺されてしまうと思ってもあんまり力が入りません。たぶんその状況に現実感がないのです。ただひとつ気にかかってしまうのは、お城に誰かが勝手に入るのがだめなことなので、それを止めなきゃいけないってことくらいです。
だけどそもそも、どうしてお城に勝手に入っちゃいけないのかもドロシーにはよくわかっていませんでした。ただアリスが真剣に言っていたことは覚えているので、きっと大切なことだってことだけわかります。ドロシーは仲良しのアリスの気持ちだけはなんとなくなんでもわかるのです。
だけどもう、ぜんぶどうでもいいような気がしました。ドロシーはもう終わります。死んでしまうのです。死んでしまうのなら、もうなんでも、どうでもいいのです。
ぎぎぎ……。重い扉が開く音がしたので、ドロシーはそちらを見ました。アリスのお城の扉が開かれてしまったのです。
それと合わせて、ヴラドの爪ももういちどドロシーに向かってきます。ドロシーは自分の首に向けられた鋭い爪を、ぼうっとながめていました――。
「ドロシー!!」
その声は、やっぱりお耳からじゃなくて、心の中に直接入ってくるみたいに聞こえました。羽の生えたちいさなおじさん姿のオズが、ヴラドのお顔に突進していきます。
だからヴラドは攻撃相手を変えて、オズを先に切り裂きました。
「うわああぁぁ!!」
なんの力もないただの妖精だったオズは簡単に切り裂かれてしまいます。バラバラに切られて、こなごなに消えてしまいました。
「オズ……っ!!」
それだけはほんとうだって、現実なんだっ、てドロシーもわかってしまいました。オズが切り裂かれたのです。そしてそんなこと、なんでもないことみたいにヴラドはまた、ドロシーに攻撃をしかけてきます。
ドロシーは全身にぐっと力を入れました。力がもどってくるのといっしょに、痛いのもつらいのももどってきます。それでも立たなきゃいけないのです。
じっとヴラドを睨みながら、がんばってドロシーは立ち上がろうとします。ですけど身体はすぐに動けませんし、ヴラドの爪はすぐそこまでせまっていました。間に合わないのはわかっています。だけどやらなきゃいけないのです。
「扉は開いた。そして貴様は、もう死ぬ」
ヴラドが言いました。
「誰が死ぬの?」
誰かが言いました。
ドロシーはその誰かのほうを見ました。お城の扉です。開いた扉のその先に、とってもよく知っていて、はじめて見る姿の彼女が立っていたのです。
「あ、アリスしゃん……!?」
「ええ、わたしはアリス。『
ドロシーの呼びかけにこたえるみたいに、そのアリスは名乗りました。
「よろしくにゃん」
なんだか猫みたいに、片腕を丸めて。
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