世界反転の数秒


 その数秒のうちに(それは天と地がひっくり返ってしまっていた間に、ということです)、『童話の世界』ではたくさんのできごとが起こりました。おっきな岩もお空へ落ちていきます。動物たちも虫さんたちも飛んでいくのです。ですけど多くの動物さんや虫さんは深い森の中に住んでいますので木の枝とかに捕まってなんとかたえました。鳥さんたちは最初から飛べるのでだいじょうぶそうにも思えますが、いきなり天と地がひっくり返ったのでびっくりしてばたばたしてしまいます。


「……! リトルくん!?」

 ゴブリンさんたちをぜんぶ倒してひと息ついていたカグヤはとつぜんのひっくり返りに驚きましたが、すぐにリトルのやったことだとわかりました。

 リトルが世界を巻きこんだ攻撃をするなんてたいへんなことです。ですがそれはそれ。リトルはリトルのやるべきことをしたのでしょうし、でしたらカグヤも自分のするべきことをするだけです。

「ちょうどいいです。このまま行きましょう」

 お空に浮いたのでそのままお空を飛んでいくことにしました。カグヤは能力のひとつをつかってモモをお空から追いかけることにしたのでした。


 海もひっくり返りました。そうしますとカップにお水を入れてぶんぶんふったみたいに海全体が大荒れになってしまいます。

「おおぉおぉぉう! こいつぁリトル王のしわざだな! いいねえ、これぞ冒険だ!」

 お船をひとりで操縦しながら楽しそうに叫んでいる者がいます。もう四方八方、上も下もぜんぶ海になってしまったみたいになってたいへんなはずですのに、その者はすこしも怖がったりしていません。むしろ楽しそうにしています。

「ゲロゲーヴォ……! さ、探したぜ、シンドバッド」

 陽気なお声で歌いながら登場したつもりのフロッグは、お船の甲板に叩きつけられて舌を噛んでしまいました。

「んんぅああぁ? これはこれはフロッグ王じゃぁねえか! こんなところでどうしたオイ!」

「おまえを探してたらこの大しけ・・・だ。ゲロゲーロ。泳ぎの天才、このおれも、さすがにこのありさまだよ」

「あっはははぁ! そいつはすげえ冒険譚だ! ……ま、詳しいこたぁあとで」

 この冒険を、超えてから聞こう。シンドバッドは急に大まじめなお顔になって、お船の舵をきりました。フロッグはもう舌を噛まないようにと気をつけて、その長い舌をお口に引っこめたのでした。


『童話の世界』の奥深く。王さまたちのお国のはじっこに、ハピネス王の武器工房があります。そこには岩よりもよっぽど重くてがんじょうな金属とか鉱物がたくさんあって、もちろんそれもリトルの力でお空へ落ちようとしていました。

 ですけど、ハピネスはリトルとは仲良しでしたから、なんとなくリトルが天地をひっくり返すのだろうことをわかっていたのでした。だからすんぜんで力をつかってたえたのです。つまり鉛でできた自分の身体とほかの金属や鉱物をくっつけて、それをあやつって森の木々に引っかけたのでした。

「……だいじょうぶですか、ゼペットじいさん、ピノキオ」

 そして武器づくりの仲間であるふたりのことも鉛でつかまえてぶら下げています。

「だいじょうぶなわけあるかい! じじいになんてことをしてくれとるんじゃ!」

「カカ、こわいよ~! おちるおちるおちるおちる~!!」

 ゼペットもピノキオもとってもたいへんそうですが、とりあえずつかまってはいますし落ちていく心配はなさそうで安心でした。

「……すこしの辛抱です。しっかりつかまっていてください」

 ハピネスは言って、鉛の腕に力をこめました。その手をはなしてしまっては、みんながお空へ落ちてしまいますからね。


「あら?」

 エラはへんな感じがしたので地面にお手てをついてバランスをとりました。ぐっと力をこめます。地面をつかむのです。それでお空に落ちることはありません。

「あ、魔法使いのおばあさん!」

 自分自身は落ちていくことから逃れたのですが、キテラのことまで助けることはできませんでした。キテラがお空に落ちてしまいます。

「がうわうっ!」

 ですが地面からはなれたと思った瞬間、キテラの黒いローブの首元を誰かがくわえてその魔女を連れて行ってしまいました。天地がひっくり返った世界でもそのオオカミみたいな誰かはお空を飛ぶみたいに自由に走っていきます。

「エラ! あの魔女はどこ行ったの? 落ちちゃった?」

 エラと同じでサンベリーナは力づくで地面につかまりながら、エラのそばにまで寄ってきました。

「……お犬さんが食べてっちゃった?」

 エラ自身もなにを言っているかよくわかってなかったのですが、そういうふうに見えたのですからそう言うしかありませんでした。

「……なに言ってんの? 馬鹿なの? ……あ、馬鹿だっけ?」

「えい」

「うわあ!」

 サンベリーナがちょっとお空に落ちそうになりました。


        *


 身体が浮いているような気持ちの悪い感じがして、キテラは目を覚ましました。

「よお、起きたか」

 傷だらけのルーがお口にキテラをくわえながら器用にそう言いました。

「悪いが俺を一緒に浮かしてくれねえか。すこしずつ、空に落ちていきそうになってらぁ」

 こんどはおしゃべりに合わせてお口も開いていきます。お口を開きますとくわえていたローブがはなれてキテラが落ちそうになってしまいます。

 ですけど、キテラはお空を飛ぶ魔法が使えるのでした。

「まかせな!」

 目覚めたばかりですが、キテラはすぐにお空を飛ぶ魔法をとなえました。霧をたくさんあやつって自分とルーを浮かせるのです。

「第一次侵攻の目的は達した。このまま還るぞ」

 ルーはつかれたようにそう言うと、すこしだけ血を吐きました。身体中血だらけでとっても痛そうです。

「そうだねぇ。敵さんの力量はだいたいつかめた。あたしらが本気を出せば倒せない相手じゃない」

 ひっひっひっひ。敵を倒すことを想像して、キテラは嬉しそうに笑いました。

「だが、マミィとゴストは拾わなくていいのかい?」

「あいつらは死なねぇからだいじょうぶだろ」

 たしかに死にはしないのですけど、もうふたりとも凍ってしまって動けなくなっています。そのことをルーもキテラも知りません。だから助けに行こうという考えは出てきませんでした。

「じゃあ、ヴラドはどうすんだい?」

「……それこそ心配いらねえだろ」

 あいつはひとりで、全部やる気なんだからよ。そうルーは思いました。

 ヴラドがザコに語った一日目の攻撃の目的。ひとつ、敵戦力の削減。ふたつ、拠点の確保。みっつ、敵戦力の奪取。ヴラドはすでに倒した(と思いこんでいる)女王アリスのお国を乗っ取り、そこにとらわれたハートの女王を仲間に引き入れるつもりなのです。立ちふさがる敵はすべて倒して、『童話の世界』の中でも面積の広い女王アリスのお国を制圧して、スノウと同じくらい強いと噂のハートの女王と取引する。そこまでできれば、ずっとずっと不利だった『怪談の世界』も、この戦いに勝つことができるかもしれません。


 さて、ここまでの戦いは『童話の世界』の完全勝利に進んでいるふうに見えますね。ですけど、ほんとうはどうなのでしょう? 誰も死んでいなくて、そして『怪談の世界』は力を温存しているようにも見えます。ほんとうの本気で戦ったのなら、どちらが勝つでしょうか?

 それにヴラドはまだ負けていません。女王アリスが不在のお国をとっても有利に攻撃しています。もしヴラドだけでも一日目の戦いに勝つことができたのなら、まだまだ『怪談の世界』にも勝ち目はあるのかもしれません。


        *


 さてさてそれでは、問題の最終戦を見に行きましょう。西洋妖怪の王さまヴラドと、そのおとものザコ。彼らとたたかうのは女王アリスのお国のみんな。

 その中でもいちばん強い(はずの)、ドロシーががんばるお話しです。



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