ちいさな王さまとスノウ
ベアは氷の中で考えていました。不思議なことですけれど、いちばんに考えたのはお屋敷に広がった炎が消えてくれてよかったということでした。
もうとっくに冷たすぎてなにも感じません。時間そのものまで止まったみたいになんにも感じないのです。このまま死ぬのだろうな、と、ベアは淡々と考えました。死ぬことが怖いという感情はとくにありませんでした。
ですがたいへんなことがあります。それはスノウがお外に出てしまったことです。零番目の女王。はじまりの女王。いまの『童話の世界』の七の女王たちよりさきに女王さまをしていた者たちのひとり。彼女はそのむかし悪いことをしてしまったので、それ以来ベアのお屋敷の地下に閉じこめられていたのです。
彼女がいまいちどお外に出てしまってはたいへんです。スノウはかつて『童話の世界』の半分近くを氷漬けにしてしまった張本人なのでした。そのスノウがお外に出るということは、もういちど世界の半分が氷漬けになってしまうかもしれないということなのです。
ベアは凍りついて指ひとつ動かせません。ぶ厚い氷に捕まって音も聞こえません。身体中を流れる血がゆっくりゆっくりになっていくのがわかる気がします。それにつれて世界の時間まで止まっていくような気さえしました。
自分が死ぬことは怖いとは思いませんでした。怖いということがわからない気がしたのです。ですけど、スノウをお外に出してはいけないことはよくわかっていました。そのことだけはなんとかしなきゃいけないと、ベアはじいっとスノウを見つめます。目だけはまだなんとか見えたのです。
ゆっくりゆっくり、スノウはお外へ向かって歩いていきます。ほかのなにも、凍った世界では動くものがありません。
……いいえ、なにかもうひとつだけ。スノウをお外に出さないようになにかが動いてくるのが見えました。それはとってもちいさくて、とっても凛々しいお姿の王さまでした。
*
ちっ。と、スノウはいやなお顔をしました。ひょろっと背の高いお姿のうえから、そのいやそうなお目めで見下ろします。
「スノウ。きみは出てきちゃだめだ」
ちいさい王さまは言いました。
「わらわに
スノウは言います。言いながらしんしんと雪を降らせて、もっともっとお屋敷を凍らせてしまおうとしています。
「みんな動かなくなるんだ。動かなきゃいけないものまで動けなくなるんだよ」
「なんじらのことまで、どうしてわらわが気づかわねばならないのじゃ」
「だって、この星はみんなのものなんだから」
「ちがう。わらわの世界じゃ。わらわの生涯はすべて、わらわのものなのじゃ」
ちいさな王さまはすこしだけ黙ってしまいました。スノウの言うことに納得したのでしょうか? それともだんだん凍えてきて、うまくしゃべることができないのかもしれません。
「どうしてだ……」
ちいさな王さまはずっとちいさく言いました。それは吹き荒れる雪にかき消されてよく聞こえませんでした。
「ベア。ベート。アリス。シラユキ。そして、リトル。なんじらのおかげでわらわの物語は台無しじゃ。その罪に、罰をくれてやる」
スノウはおもいっきり力をこめて、いままで以上の大雪を降らせます。そしてそれすらをも超える力を――。
「たしか、なんじらはこう言っていたか? 『
「きみがせき止めているのは、きみ自身だ、スノウ。どうしてそれがわからないんだ」
スノウの言葉をかき消して、ちいさな王さま、リトルは悲しそうなお顔で手を伸ばしました。お星さまをささえるように手のひらを上へ向けています。そしてその手を、ひっくり返しました。
するとどうしたことでしょう。とつぜんにリトルは、スノウも、凍ってしまったベアもマミィもゴストも、なんでもかんでもがお空へ向かって浮いていくのです。
いいえ、ちがうような気がします。それは浮いていくというより、落ちていくみたいです。誰も彼もがお空へ落ちていくのです。天と地が、ひっくり返ったのです。
「――ぬ、おおおおぉぉぉぉ!!」
ひっくり返った世界で、ベアの氷がお屋敷の天井にぶつかって割れてしまいました。ですからベアが氷から出てきます。すっごく痛そうな声をあげて。
「ベア。地下への扉を開けて」
「わかっておる!」
リトルとスノウのやりとりを見ていたベアは(なんにも聞こえはしなかったのですけれど)、リトルがなにをするかを予想していました。ですからリトルに言われるまでもなく、もういちどスノウを閉じこめる準備をとっくにしていたのです。
つぎに、リトルが手のひらをスノウへ向けますと、そのお手てに押されたみたいにスノウはひと息に吹き飛ばされました。彼女が生み出した雪も氷も、そのほとんどもまとめて飛んでいきます。
それでもマミィやゴストを凍らせた氷は残ったまま。『童話の世界』の都合のいいように雪と氷が吹き飛ばされます。
「このっ……! またしても! またしてもわらわを……!!」
とっても怒ったようすのスノウでしたが、飛ばされた勢いが強すぎてどうしようもないみたいでした。「おぼえておれ!」。強くておそろしいお声だけ残して、スノウはもういちどベア王のお屋敷の地下へもどされたのでした。
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