零番目の女王


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

 広いお部屋のすみずみまで埋めつくすみたいなおっきな叫び声があがります。バラバラになったマミィの身体は、そのほとんどがマミィ自身の意思で動かすことができないみたいですが、いくつかの大きめのパーツは燃えながらごろんごろんと転がっていました。

「マミィ!」

 いつも冷静なゴストもさすがに大あわてです。ゴストは身体がありませんから燃えることがありませんが、生きていたころにやけどをしたことくらいはあります。身体が燃えるつらさはわかるつもりでした。(やけどなんかじゃくらべものにならないですけどね)

「ぬははは! バラバラにしてもこなごなにしようとだめなら、燃やせばいい! 干からびたきさまの身体はさぞかしよく燃えるだろう」

 ベアの言うとおり、マミィの身体はすっごくよく燃えています。ちょっとやそっとじゃ消せそうもありません。

「さて、しかし、きさまはどうすることもできぬな、ゴストとやら。いまいましいやつだ。だが肉体を失ったきさまではもはやわしに攻撃はできまい」

「…………」

 すこしずつ落ち着いて、ゴストは普段どおりの冷静なお顔にもどりました。そのお顔であたりを見渡します。やっぱりベア王の姿は見えません・・・・・

「べつの身体でも連れて出直すのだな。そうしたらまたすこしくらい遊んでやる」

 ベア王はどこかからそう言いました。どこかにはいるはずなのです。

 ゴストは見えないものもすこしだけ見ることができます。見えないものの多くは幽霊に近いものだからです。ですけど幽霊のゴストであってもよく集中しないと見るのは難しいのです。そのうえいまはマミィの身体がごうごうとすっごく燃えているので、お部屋中が煙や熱気で見えづらくなっています。

 ベア王を見つけるのは難しそうです。ですけどお友達のマミィをこんなにされてゴストも黙って逃げるわけにはいきませんでした。

「マミィ、そろそろ慣れた?」

 ゴストはちいさな声で確認しました。ベア王には聞こえていないみたいです。

「ああああぁぁ! くそっ! 慣れないよこんなのっ!」

 必死に我慢したような声でマミィはお返事します。できるだけちいさくお話ししようとはしたみたいですが、さすがに熱すぎてお声も大きくなってしまいました。だからこんどはベア王のお耳にも聞こえたのです。

「……まだ死なんのか。……なにをする気だ?」

 ベアもなんだかなにかがおかしいような気がしていました。ですがまだ妖怪は人間ではないということをよくわかっていなかったのです。

「私も覚悟を決めたから、マミィももっとがんばって」

 冷静で表情を変えないゴストが、すこしだけ笑いました。

「ああ、見えないあいつの鼻っ柱をへし折ってやる」

 まだまだお声はふるえています。だけどまだまだ、マミィは生きています。

 いいえ、そうではありません。マミィはとっくに死んでいるのです。そのことをベアはちゃんとわかっていなかったのです。


「見えないならしかたがないわ。あぶり出しましょう。文字どおりに」

 ゴストは言って、それから見えなくなります。

「バラバラにしてもこなごなにしても復活するんだ。じゃあなんで、燃やせば消えると思った?」

 燃え続けるマミィの口元がにやりと笑いました。ですけど次には、まるで違う誰かが乗りうつったみたいにもういちど大声で叫んで暴れます。こんどはバラバラになったすべての身体があっちこっちに暴れまわったのです。


「「どうせ消えるなら道連れだ。黄泉の旅路を案内してあげる」」


 ふたつのお声がふたつの心で、ひとつになってそう言ったのでした。


        *


 ベア王はとっても優しくて強い王さまですが、とってもとってもみえっぱりでもあります。それは王さまとしての威厳を大切にしているからでもあります。だからこそ・・・・・見えないお洋服を着ているというわけでもあるのでした。だって見えなければベアがどんなお洋服を着ているかなんて誰にもわからないのですから。ベアがとってもとっても豪華な(だけど見えない)お洋服を着ているんだと自分で言えば、まわりのみんなはそれを否定することができないのです。

 ベアは見えないお洋服を着て、見えない鎧をまとって、見えない武器で戦います。それらはどれも一級品です。ベアがそう言うのですからそうなのです。誰にもそれを否定なんかさせません。

 だからベアも逃げられないのです。王さまは逃げません。この世界の誰よりも豪華なもので武装したベアが戦いに負けて逃げだしたなんて、そんなことがあってはならないのです。

「おお……おぉ……。わしの、わしの屋敷が――」

 逃げられない、ですけどどうしようもない光景をまえに、ベアはただ嘆きました。どうしようもないから、どうともできないのです。ですからもう、泣きわめくしかできませんでした。

「なぜまだ動ける……? 炎を消す武器はわしのもとにはない。とっとと燃えつきてしまえばよいものを……」

 ぶつぶつとうらみごとをベアは言いました。それくらいしかできることがないのです。

 だから、声の場所を、妖怪たちは見逃しません。

「「見つけた!」」

 ふたつのお声が重なって、それから燃えた身体のそれぞれがベアのもとへ向かいました。見えないはずのベアをしっかりととらえたのです。

 これで終わりだ、ベア王! ひとつになったマミィとゴストは思いました。四方八方にベアをとり囲んで、まだまだごうごうと燃える身体でいっせいに攻撃するのです。


「なんじゃ、まったく。さわがしい、さわがしい」

 そのときでした。燃えさかる炎の奥の奥、ベア王がマミィやゴストと戦っていたお部屋のずっと奥から、燃えた扉を吹きとばして誰かがやってきたのです。

「これはわらわへの嫌がらせか、ベア。暑くてかなわん」

 彼女はお屋敷中を焼く炎の中でもへいきそうに歩いてきます。暑そうに片手をうちわがわりにしていますが、それだけです。不思議なことに彼女の身体にもドレスにも火は燃えうつっていません。

「なに、あれ?」

 マミィが言いました。

「ほうっておいて、とにかくベア王を――」

 ゴストが言いました。

 ひとつになったはずのふたりの心が、そのときすこしだけべつのほうを向いてしまったのです。だからベアへの攻撃がちょっとだけとまってしまいました。

「あれ、じゃと?」

 なんでもないようなもののように言われた彼女は、氷のように冷たいお顔になって、そしてひとつため息をつきました。そのひと息で彼女のまわりを燃やしていた炎が、高貴なお方をまえにしたみたいに引いていきます。

「わらわはスノウ。『童話の世界』における零番目ほんものの女王じゃ」

 スノウは腕をひと振りします。世界に色を塗るような、ゆっくりとして繊細な動きでした。

 ですがそこから生まれたちいさな風が、スノウを中心にして燃えさかるお部屋の、あるいはお屋敷のすみずみにまで行き届きます。するとその風を受けたすべてが彫刻のように凍ってしまいました。

「ひさかたぶりに地上に出てみれば、不躾な客を招いておるとはどういう了見じゃ、ベア」

 ……うん? スノウはひとつ首をかしげます。さっきまでごうごうと燃えていたお屋敷は、こんどは真冬の雪の中に閉じ込められたみたいに凍っています。そこには誰も、不躾なお客さまも、お屋敷の主であるベアも、誰ももう、見えませんでした。あるのは氷と雪の世界。見えるものも見えないものも等しく動きを止める、極寒の世界です。

「……なんじゃ、もう誰も聞いておらんのか。まったく」

 そう言うとスノウはひとり優雅に歩き始めました。もう誰もいない、氷のお城を。



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