ベアと、マミィとゴスト


 ベアは驚きました。ですがベアは冷静です。

 というのも、ベアは知っていたからです。『童話の世界』の王さまたちがみっつの特別な力を使えるように、『怪談の世界』の一部の者たちはふたつの特異な力を持っているということを。

怪異現象ストーリーフィア―』。それは妖怪たちが自分たちの特性に合わせて不思議な現象を引き起こす力です。それはそれは不思議でおそろしい、普通なら考えられないようなことが起きるということです。ベアはそういう情報をずっとまえからあつめていたので、じっさいに敵がその力をつかってきても、最初こそおどろきましたが冷静に受け入れることができたのです。

 とはいえ、冷静であろうとなんだろうと、起きている現象が変わるわけではありません。つまり、それは不思議でおそろしく、そしてベアにとってのピンチなのでした。

「ここ? ここ? あんたの弱点はどこだろうね? ベア王」

「ぬううう!」

 いまベアの目に見えているのはバラバラに倒したはずのマミィでした。そのマミィが、バラバラのままで・・・・・・・・ベアを攻撃してくるのです。

 バラバラになったはずみで包帯はだいぶはがれています。その内側にあったマミィの身体は木の枝みたいな茶色をしていて、そしてとってもかわいているふうです。ベアを攻撃するたびに表面がすこしずつはがれて粉をふいています。ですけど気がつけばはがれた粉もマミィの身体にもどっていくみたいで、いつまでたってもこなごなになるようすがありません。防御をしていればいつか勝手にこなごなになってしまうのではないかと考えていたベアのおもわくはどうやらうまくいきそうもありませんでした。

 ですけどベアだって守ってばかりいるわけではありません。お屋敷中に隠したお得意の見えない武器でずっと攻撃を続けています。それでもどうやらマミィとは相性が悪いようでした。

 マミィはバラバラになった身体を自由に動かしてベアにぶつかるように攻撃してきます。つまりずっとベアのそばにいるのです。近づかれて攻撃されるとベアは武器での攻撃がしづらいのです。だって自分にも武器の攻撃があたってしまうかもしれませんからね。

 それでもうまく隙をついて攻撃をしているのですが、攻撃があたってもマミィの身体はバラバラになってしまうだけで動きを止めないのです。それでもいつか目に見えないくらいのこなごなにまでしてしまえば攻撃力もなくなるだろうと思っていたのですが、どうやらこなごなにしても元どおりにくっついてしまうみたいで、もう手のつけようがありません。

「いま、首をかばったね?」

「…………!」

 そのうえマミィはベアの癖を見抜くのがうまいみたいでした。これは妖怪たちの特異な力というよりマミィだけの得意技なのでしょう。

 たしかに首元は防御がうすくて、ベアの弱点のひとつでもあります。『正直者にしか見えない鎧』を全身に着ているベアではありますが、首のあたりにはすこしだけ隙間があるのでした。

 見えないはずですのに、まるで見えているふうにマミィは正確にその隙間をねらってきます。かわいてかたくなっているマミィの身体。バラバラになっているそのうちのひとつは割れ目がするどくとがっていて、さぞかしよく切れそうです。そしてそれをベアの鎧の隙間に差しこんできたのでした。

 これは危険です。ベアはとっさに判断しました。鎧の内側はほんとうにはだかです。そこにまで攻撃がはいってきたらひとたまりもありません。ですからベアは緊急用の特別な力を使うことにしたのです。

「ぬ、う……?」

 ですがどうしたことでしょう。ベアは力を使うことができませんでした。

 つまりはどうにも間に合わなくて、ベアは首元を突き刺されたのです。たくさんの血が見えない鎧の内側で、はだかの王さまを真っ赤に染めてしまいました。


        *


「…………」

 ゴストが姿を見せて、苦しそうに息をするベアを見下ろしました。ベアは倒れたまま、もう動こうとしません。生きることをあきらめたのでしょう。それでもまだ、苦しそうな息だけがつづいていますので死んでしまったわけではなさそうです。

「憑依が成功したね、ゴスト」

「…………」

 ベアに乗りうつって動きを止めてくれたゴストをマミィが褒めました。ですけどゴストは顔色を変えないまま、いつもどおりの冷静なお顔でちっとも嬉しそうじゃありません。それどころかふだんよりすこし困っているようですらあります。

「……あの、私の身体もそろそろ元にもどしてほしいんだけど。ここまでバラバラにされるとゴストの憑依なしじゃ動けないし」

 そうです。バラバラだったマミィの身体でベアを攻撃していたのもゴストの乗りうつる力でのことだったのでした。

 ゴスト自身は身体がありませんから、ベアを攻撃することができませんでした。だからゴストはいつも誰かに乗りうつって戦います。とくにマミィとは仲良しで、マミィの身体はどれだけバラバラになっても死ぬことがないという不思議な力がありますから、それであればゴストも安心して乗りうつって戦うことができるのでした。

 だからゴストとマミィはふたりでひとりです。それどころか、ふたりそろえば敵なしです。こうして『童話の世界』の王さまのひとりを倒したのですから――。

「……まだ終わってない」

 ゴストはちいさく言いました。声がちいさかったのはまだゴスト自身もはっきりとわかっていなかったからです。

 ですが憑依してベアの精神とすこしだけですがふれあいました。そのときにベアの心がなんとなくわかる感じがあったのです。そしてベア王は『怪談の世界』でもすこしだけ有名で、だから聞いたことがあるベア王のふたつ名・・・・。それを思い出したのです。


「『傲慢ごうまん欺瞞ぎまんの王』。それがこのわし、ベア王だ」


 声は聞こえました。ですがそれは倒れていまにも死にそうなベア王ではなく、べつのところから聞こえたのです。

 ゴストとマミィはあたりを探します。ですけどそのお声の主はどこにもいません。

 いいえ、どこにも見えない・・・・のです。

「なかなかにたのしい時間であった。ではそろそろ、消えてよいぞ」

 声がしたほうを振り向きます。ですがやっぱりそこには誰もいません。誰も見えません。

 ですがそのあたりからは急に炎があらわれて、ひといきにマミィのバラバラになった身体に燃えうつっていったのでした。



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