シラユキの憂鬱


「鏡よ鏡。世界でいちばん美しいわたしを映しなさい」

 魔法の鏡はその声にこたえ、シラユキの姿を映し出します。名前のとおり真っ白な雪のように穢れのない肌に、真っ黒でつややかな髪。頬にはほんのりと紅が差し、瞳は宝石のように青く澄んでいます。その姿はまさしく、(シラユキ自身も含めた)世界中の誰もが認める、世界一の美しい少女と呼べるものでした。

「はあ」

 見惚れるようでいて実のところつまらないだけのような息を、シラユキははきます。憂鬱に暮れるシラユキは、それもまた一枚の絵画のようにはかなげで美しいものでした。

「つまらない。つまらなあい」

 従者に告げるように声を張り上げます。しかし従者はやってきません。それもそのはず、シラユキはお城のすべての従者に暇を言い渡したところだったのです。もちろんそのことをシラユキは忘れておらず、従者がこないことを不思議に思ったりはしません。むしろ自分が声を張り上げても誰もこないことに満足しているふうでもありました。

 鏡の中のシラユキが、楽しそうに口角をあげます。それからすぐにもとのシラユキに戻って、彼女はきょろきょろとお部屋を見渡しました。

 誰もいないことを確認して、もういちど笑ってみます。

「いつもといっしょでつまらなあい」

 小さな声でそう言ってみます。今度はその美しい瞳だけをきょろきょろさせて、ため息みたいな小さな呼吸をひとつしました。

「みんな生きててつまらない。幸せそうでつまらない。世界が平和でつまらない。つまらなあい」

 お城中に響くような、大きな声で叫びます。いまのシラユキは女王さまなのですから、そんなよくないことを叫んでも誰も咎めません。それでも従者のいないうちに叫んだのは、シラユキが美しいからです。

 シラユキは、自分が美しいということをちゃんと知っているのです。だからその美しさをたもつために、時と場所を選んで叫ぶのです。

 もういちどシラユキはお部屋を見渡しました。やっぱり誰もいません。念のためシラユキは、お部屋の外に顔だけ出して長い長い廊下の先まで確認しました。もちろんそこにも、誰もいません。そうしてようやくシラユキは、ほんとうに安心したのでした。

 鏡のまえに戻ってきて、シラユキは世界でいちばん美しい自分の姿を確認します。だいじょうぶ。あいかわらずわたしは、美しいわ。シラユキは確認して、世界一美しい笑顔を浮かべました。

「きっとそろそろ楽しくなるわ。ええ、きっとそう。だから舞踏会の準備をしておかないと」

 いそがしいわ、いそがしいわ。嬉しそうにシラユキは言って、お部屋を出ていきます。

 そんな彼女を、鏡の中のシラユキが妖しい笑顔で見送りました。



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