第5話

男が一人、風呂に肩まで浸かっている。先ほど魔王に一緒に動画をとらないかと勧誘をされた男、テールである。

テールは魔王の側近であるマリアのご厚意により風呂を先に借りているのである。

この風呂から出たら、テールの人生初の、いや人類史初になるであろう勇者が魔王と食事をすることになる。

「はぁ……こんなことになるなんてな……」

 テールはため息を一つ吐き出した。これでもテールは魔王を倒しにこの魔王城に来た、世間一般的に知られる勇者という役柄につくものだ。魔王とは敵対関係にある、はずだった。そんなテールだが魔王の行動に対しダメ出し、また提案をしたことにより魔王自身に動画の作成を手伝ってくれないかと誘われたのである。

「まぁ、仕方ないのかな」

 そんなテールが独り言で後悔するのも無理ない話なのかもしれない。

テール自身、どれだけ強かろうと、動画の撮影にあたふたする魔王の姿を見て戦おうという気はなくなっていた。本来なら戦う予定だったものが魔王自身に文句を言ってから故郷の村に帰るという予定に変わっただけだ。

大きな声で文句を言ったのも、魔王の撮っている動画が人を楽しませるにはあまりにもちぐはぐで、みていられなかったのである。

そして魔王の熱意のある顔に負け、テールは折れ、魔王の動画作成を手伝うことになったのである。

「人生、何があるか分かったものじゃないな」

 テールは今の自分の立ち位置を思い返す。

「……やるなら全力だよな」

 しかし、思い返すだけだ。テールは自分が魔王の手伝いをすることを了承した。ならテールにできることは一つ。面白い動画を魔王と撮り異世界の住人に楽しんでもらうことだ。ただ、本当に自分でいいのかという疑念もあり、頭を悩ませている。

 ガラララ、風呂場の扉が開けられた音だ。城で働いている誰かが入ってきたのだろう。

 異世界の話を聞くのも悪くない。テールはそう考えた。

マリアと呼ばれた山羊の説明ではこの風呂場は異世界の温泉を参考にしているらしく、テール自身初めて使っているこの風呂場の雰囲気を大変気に入っている。

また、複数人で入ることを想定されてるとも聞いていたため、男性の魔族が入ってきたと考えた。

「お邪魔します。テール様。お背中を流しに来ました」

「あぁ、ありが!?」

 開けた扉から聞こえた声はマリアの声だ。テールはそれに反応するように扉のほうを向いた。そして言葉に詰まった。

マリアはテールを持て成すべく背中を流しに来た。それはまだいい。問題は別にある。マリアの格好だ。前はタオルと呼ばれる布で隠しているがそれ以外はほぼ裸だ。マリアのスタイルはいいし理想的なモデル体型だ。しかし山羊の頭をした相手にはテールも興奮のしようがない。そう、山羊の頭なら。

「どうしましたか?何か問題でも?」

「おまっ!おまっ!その姿!」

 テールが声を荒げて言う。マリアは自分の姿を確認した後に首を傾げてテールに言う。

「お目汚しでしたか?」

「いや、そんなわけでは……って違う!お前!女なのか!」

 マリアの姿は確かに女だ。テールが確認の言葉をかけてしまうくらいには女だ。テール自身、マリアには性別がないものだと思っていた。

「あぁ、なるほど」

 マリアは納得したように頷いた。そしてテールに向かって優雅に挨拶をする。

「申し遅れました。私の名前はマリア、女型の魔族でございます」

 それはテールに対してマリアの口から出された、自分の名前の名乗りだった。

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