第6話
「あの、マリアさん?」
「はい、なんでしょうか?」
「どうして背中をお流しになっているのでしょうか」
マリアが先ほどお風呂に入る時に話していた通り、テールの背中を洗っている所だ。
昼間に見たままの山羊の頭のなら、こんなにどぎまぎしなくて済んだのかもしれないが、今のマリアの姿は何処をどう見ても人族の姿をしている。それも部類としては美人と呼ばれる部類で、沢山の人族がお近づきになりたいであろう顔立ちをしている。
そんな相手との混浴は旅をしてこの魔王城まで来たテールも初めての体験だ。そもそもテールにとって、異性に背中を流されること自体初めてなのだが。
「最初に言いましたでしょう。お背中を流しますと」
「えぇ、そうですけどね。うら若き男女が一緒のお風呂ってのはどうかと思うのですよ」
「私は気にしませんよ?」
マリアの手は止まらない。今もテールの背中を流している所だ。
「いや、俺が気にするといいますか」
「あぁ、揉んでみます?」
ぶふぅっ!とテールが勢い良く吹き出した。
「なっ!ななっ!」
「私は別に構いませんよ?」
テールは狼狽して抗議の声すら喉から出ない。しかし、決して後ろを振り向くこともなかった。テール自身マリアの裸を見てやろうという意気込みのないへたれなのだから。
「ふふ、随分と初心な反応をするのですね」
そんなテールの反応を楽しむようにマリアはくすくすと笑った。
「っ!……はぁ……」
そんなマリアの態度にテールは諦めがついたのだろう。溜め息を一つ吐き出した。
「では、お背中の方を流しますね」
「お願いします」
やっと終わる。テールはそう考えていた。マリアがテールの背中に優しくお湯をかけていく。
終わってしまえばなんて事はない。テールは流れていく背中の泡と共に安堵を増やしていく。また、心にも余裕が生まれてきた。
マリアが背中を流し終わった所で、爆弾を一つテールに投げかけた。
「では、お風呂に入りましょうか」
「え」
テールが固まるのも無理はないだろう。背中を流してもらうだけでもかなり狼狽していたのに、一緒にお風呂に入ろうと投げかけられたのだから、だが、テールもすぐに再起動を果たす。
「今、なんと?」
聞き間違い出会って欲しい。テールはそんな淡い期待を込めてマリアに聞き返した。
「お風呂に入りましょう。といいました」
そんな淡い期待もすぐにマリアによって打ち砕かれた。聞き間違いではなかった。という事実がテールに圧し掛かってくる。
テールがまた固まり、マリアはテールの回答を待つ。しばらくの間無言だったが、その静寂を切り開くように言葉を発したのはマリアだった。
「もしかして、お嫌でしたか?」
マリアは不安を含んだ声色でテールに聞いてきた。今日会ったばかりの二人だが、マリアの声色はテールの中にある、凛としたイメージからかけ離れている。
「い、いや!嫌って訳じゃないんだ!でも!どうしたらいいか、わからなくて!」
その声がテールの不安を煽ったのだろう。必死にマリアを慰めるべく言い訳を始める。マリアがテールの顔を見る。
「私との混浴が嫌というわけでは?」
「あぁ!そういうわけじゃないんだ!」
「では、私と一緒に入浴する事は構わないと?」
「大丈夫!大丈夫だ!」
言葉に出してからテールは疑問に思った。今、自分はなんていったのか。
「ふふ、ではテール様。一緒にお風呂、入りましょうか」
嵌められた。テールはそう思うが思うだけに留めて口にせず、観念してマリアと入浴することになった。
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