第1話

 見上げるほど大きな門の前に立つのは一人の男性。

彼は自分よりも大きい剣を背中に背負っていた。分類としては「大剣」になるだろう。

形状は片刃、柄の部分は両手で持つことを想定された長さだが、彼にとっては片手で振りまわせるほどの軽快さを持っていた。大剣は程よい手入れをされており、使い込まれてきた痕跡が見て取れた。

手入れの行き届いた年季のある武器から、彼が熟練の使い手であることが安易にわかる。

しかし、見るからに立派な武器に比べて彼の身なりはお世辞にも強そうとはいえなかった。外見の年齢は10代後半から20代前半の若者で、黒髪の平均的な身長だ。彼が身に着けていた装備は、使いこなれたと言えば聞こえはいいがボロボロなだけだ。

履物は草臥れた革の靴。身を守る防具も少なく胸当てと膝当てと脛当てという一部が守られているだけだ。

軽装備といえばこれも聞こえがよくなるだろうが、まず真っ先にお金の心配をされる見た目をしている。そんな装備で大丈夫か?と

彼はもちろん大丈夫だ問題ないと答えるだろうが、防具だけで見たら序盤の敵にすら勝てそうには見えなかった。

彼は門に手を当てた。重々しい門は、男性の手が当たると、ただ押し込まれて奥へと開かれた。

 奥へと進んでいき、その先にある扉に手をかけた。門よりも一回り二回り、いや門に比べればもっと小さいだろう。彼はその扉を押した。

 門に比べると簡単にその扉は開いた。

「おや、いらっしゃいませ。お茶でもいかがですか?」

 彼の前に立っていたのは、背の高い執事服を着た山羊の姿だった。正確には、山羊の頭を持つ魔族の執事だ。

魔族は山羊の頭でわからないが、人間の表情だったらにこにこと笑っていただろう。とても友好的だった。男は友好的な態度の魔族に困惑した表情を向ける。

山羊は彼の戸惑いにどうしてだろうと首を捻った。友好的に挨拶が出来たはずだと。

少し悩み山羊は名乗ってないことに気がついた。

「これは失礼、私は魔王の補佐をしている者です。メイド、とでも思ってください」

 山羊は丁重なお辞儀を男に返し名乗った。自分は魔王の補佐だと。

 山羊は姿勢を伸ばすと彼に笑いかける。きっと優しい笑みなのだろうが山羊の頭が不気味さを演出している。

 彼は丁重な態度の山羊に毒気を抜かれたのだろう。山羊の顔を呆けた顔で眺めていた。しかしそれも長くはなく、ハッと我に返ると首を振り、山羊を見据えた。

「お前が魔王補佐?その見た目、体格といい、どう見てもお前が魔王じゃないか」

「よく言われます。しかし事実なのです」

 山羊は彼の発言に申し訳ないという様子で首を振った。

 彼は山羊に言葉を投げかける。

「随分と人族に友好的な魔族も居たものだな」

「そうでしょうか?礼儀を持つものには礼儀を返すのが普通だと私は思うのです。貴方が理由もなく魔族を襲うのでしたら私は既に襲われているでしょう?」

 山羊は柔らかい笑みを彼に投げた。彼自身、むやみやたらに刃を向ける性質ではなく、また山羊の言葉を否定する理由もなかった。

「俺は魔王に用があるんだ。それで、その魔王は何処に居る?」

「ふふっ」

 彼の問いかけに山羊は嬉しそうに笑った。そしてある方向を指差した。

「ここから見えますでしょう?あちらにいらっしゃるお方がこの城の主である魔王様です」

山羊が指し示した方向に彼が視線を向けると、せっせと何かの準備を進めている女の子が見える。よいしょっという掛け声で重たい機材を持ち上げている姿はとても彼のイメージする人間より優れた魔族とはかけ離れていた。今も、いつ転ぶのかとハラハラしてしまう。

「あれが魔王?確かに角や尻尾がついているのがここからでも分かるが、明らかに山羊の頭を持ったお前のほうが強そうじゃないか」

「えぇ、確かに今は私の方が大きいですが、あれが我らの魔王様なのです」

「先ほどから荷物を重たそうに持ち上げているのだが、あの様子を見る限りお前の方が力が強そうじゃないか」

「えぇ、確かに今は私の方が重いものを持てます。しかしあれが我らの敬愛する魔王様なのです。」

 彼は頭を抱えて叫んだ。

「駄目じゃないか!」

 彼が旅に出た理由は単純明確に、世界で一番強いと名高い魔王と勝負をするためだ。

しかし、実際に彼の目の前に見える実物はどうだ。幼い見た目をして重たいものを持ち上げる為に、いちいち可愛い掛け声を出しているただの女の子だ。これが魔族を纏め上げている魔王なのか。もしかしたら尻尾と角をつけただけの人族なのではないのか。彼がそんな疑問を持つくらいには、彼のイメージする魔王とかけ離れていた。

「しっ!静かに。魔王様は今作業をしています。貴方様も用事があってこちらにお越しになられたのだと思いますが、貴方様の用件はその作業の後、私を通して魔王様に話を通しましょう。それまでしばらくお待ちいただけますか?」

 彼は考える素振りをする。素振りだけだ。彼の中で答えは既に決まっている。用件は既に終わっているからだ。彼は強者との戦いが好きなだけだ。流石に小さい女の子の姿をして、重い荷物に苦戦している魔王に勝負を挑む気にはならなかった。

が、このまま帰るのも癪だ。この旅は魔王と会う為の旅で、魔王と闘う為の旅だ。その為に長い時間を使いここまで来たんだから、一言文句を言って旅を終わりにしよう。

彼はその場で待つことにした。

「わかった、待つことにしよう。だがこちらは待たされるんだ。美味しいお茶くらいはいただけるのだろう?」

「えぇ、腕によりをかけて淹れさせていただきますよ」

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