短編(後編)


「あ、あなただけは、絶対にお断りよ!!」


感情に任せて、思わず叫んでしまった。

ルキウスの顔が、血の気を失い、青ざめていく。



「ティア!!謝りなさい。」

「ルキウス、お前も言い方というものがあるだろ?!」


それぞれの両親がそれぞれを叱る。


結局、そのあとすぐ、この場はお開きになった。




それからは、婚約の話については音沙汰がなく、あんなことになったのだから、婚約については白紙に戻ったのだと思う。


学院に行っても、お互い、お互いの顔を見ず、避け続けた。

もともと、これでよかったのだ。


私たちが言い合いをしなくなって、教室が静かになったと喜ぶ者もいたが、同時に静かすぎてつまらないという者もいる。

だが、だれがなんと言おうと、もう私たちの関係が戻ることはないだろう。


そして、卒業ももう目の前。


卒業し、本来の公爵子息と準男爵家の娘にもどれば、もう二度と関わることはない。


(これでいいんだ。)




(だって、私はルキウスのことが好きで、片思いをずっとしていたんだから。)


わからなくていい。

知られなくていい。


これは私だけが胸に秘めた思い。


実らなくていい。


きれいな思い出として、持っておくだけでいい。



(だけど、あの時、もっと早く『✕✕✕✕』と、…言っていれば…。)


未来は違ったかもしれない。


でも、もう遅いことだ。






「……ただいま。」


「お嬢様、夕食は......?」


「......いらないわ。」


パタンと部屋の扉を閉める。

侍女には悪いが、最近食欲がない。

それに、ふつうなら来るはずの、他からの婚約の申し込みもこない。


(完全に売れ残ったわね。)


もう学院でも、周りは婚約成立した者ばかり。

となると、もうろくな貴族は残っていないだろう。



(………これからどうしようか。)



そんなことをうだうだ考えるうちに、もう卒業式の前日になった。


「これから、卒業予定の学生に【帝国の儀】を行う。」


【帝国の儀】とは、帝国最大の火山に眠る大魔神を打ち取った者には、帝王陛下から望みをなんでも絶対にかなえてもらえるというものだ。


......といっても、伝説と卒業の儀式を兼ねたようなもので、実際に大魔神を見つけ、そして討ち取った者など、過去にもいたことがない。


実際は卒業前の、学院の裏山での思い出作りのようなものだ。




 「クラウディア~。こちらでお茶しましょう?」


エルザが声をかけてくれた。

他の子たちもいるようだ。


「ええ、しましょう。お誘いありがとう。」


さすが伯爵家のエルザのお茶と焼き菓子。香りからして素晴らしい物らしい。


「大丈夫?クラウディア。ここ最近、元気ないでしょう?」

「……そうかもしれないわ…。」


焼き菓子を力なく少しかじる。


(味が…味があまりしない。)


「聞きました?あの噂。」

「聞きましたわよ。あんな伝説信じているなんて。」

「火山に入るだけでさえ、命がけでしょう?」



令嬢たちがコソコソとうわさ話をしている。


「何のことなの?」


エルザが彼女たちの話に割って入る。


「エルザ様!…なんでも、ファビウス公子は火山に入ったらしいですわ!」


令嬢の一人が声高に言う。


(火山に…?ルキウスが?………なんでそんなことを………。)


命がけどころか、死ぬに決まっている。


「えっ!!」

 驚きすぎて、紅茶のカップを落としてしまった。


「心配ですものね、クラウディア様。」


一人の令嬢が言う。


一人の令嬢がクラウディアに言うと、他の令嬢も口々に話し始める。


「だって、クラウディア様がルキウス公子といらっしゃるとき、言い合いはしていましたけども、楽しそうでしたもの。」


「それに、本当に嫌なら近づかないのに、お二方はずっと一緒にいらっしゃいましたでしょう?」


「お二方のやり取りが面白くて、みな聞き耳を立ててましたのよ?」


続々と周りに様々な令嬢が集まってくる。

さらには、近くにいた同じ教室の学生皆がクラウディアの周りを囲んだ。


「お二方は、とっくに公認のカップルですわよ。」


 最後に王女様までもが、とどめを刺すかのように言い、周りの皆もウンウンと頷く。


「………けど、私の………私の一方的な片思いよ…どうせ。」


「どうしてそう思うの??」


「だって、ルキウスがこの前、家にきたとき、好きとかそういうのじゃないって言ってたもの!!」


 もうヤケクソになって、何を話しているのかもわからない。


「………本当にそう言ってたの?ファビウス公子が。」


「ええ、そうよ!!」


クラウディアの変貌具合とルキウスが言ったという言葉に、周りはシーンとなる。


すると、一人の、たしか子爵家の子息が疑問に思ったようで、口を開いた。


「ところで、どうしてルキウスは、デュラン嬢の家に来たんだ?」


たしかに………と皆が口を揃えて言う。


「婚約の申し込みよ。」



「「「………ええええーーーー!?」」」


子爵家の子息だけでなく、皆が叫ぶ。


「………ねえ、クラウディア。なんでそれで、好かれてないって逆に思えるわけ?」


「いや、だって政略結婚がどうのこうのとか、好きとか関係ないとか、ルキウスが言ったのよ?」


「けど、ルキウスから婚約の申し込みに来たんだろう??」


「そうだけど………。」


別の意味で皆がシーーンとなる。


「なんか、あんだけアピールしておいて、気づいてもらえないルキウスって、かわいそうだな。」


「だって、準男爵家の令嬢と結婚できるように、学院を一週間休んで、公爵と交渉したのでしょ?」



「どういうこと?」


皆が丁寧に説明をしてくれて、クラウディアはそこで初めて知った。


公爵の位を継ぐルキウスが、簡単には2つ以上階級が下の貴族令嬢とは基本、結婚できないこと。

(つまり、伯爵令嬢以下ではだめだという。………準男爵家の私なんて、最もだめじゃないの?!)


そして、ルキウスには、王女との結婚話が出ていたこと。


「木っ端微塵に、即答で断られたわよ。別にわたくしも、望んでいたわけではないけど。」


目の前の王女が答える。


(……そんな………そこまでして、なんで私なんかに、婚約の申し込みを…??)


「まあ、…はっきりと言わないルキウスもアレだけど…普通、ここまでされると気づくと思うんだけど。」


エルザでさえ、呆れて言う。


「そういえば、ファビウス公子は伝説の大魔神を…倒しに行った………のだけど、それって…。」


「陛下に頼んで、そこのデュラン嬢と結婚するつもりらしいよ。………この儀を成功した者の願いは、絶対に叶えなければならないからね。……いくら陛下でも。」


ルキウスといつもよくいる伯爵子息が答える。


「………………そんな……。そんな事に命をかけるなんて…。」


「そんなとはなんだ。奴はたしかにネジが多少吹っ飛んだ人間かもしれんが、デュラン嬢、君が関わると、あやつはどんな事でもしてしまうんだよ!」


「………。」


最期見たルキウスの顔が思い出せない…。


「………ほんと…なにやってるのよ…バカ。」





その瞬間、空気が変わる。

明らかに周囲の空気と色彩が変わって見えた。


「悪かったな………。馬鹿で。」


 制服を血と泥で染めたルキウスが目の前に立っていた。左手には、血のついた剣。


「る、ルキ…ウス?ちょっと、あなた何してたのよ!!!怪我は?血がついてるわよ!」


「全部返り血だよ。」


「………よかった…無事で……。」



 いつもと違い、涙目で本気で心配していた表情があらわになっているクラウディアは、思わず、ルキウスに抱きついてしまった。


真っ赤になるルキウス。

そのことには、クラウディアだけが気がついていない。


「ええっと…その、皆、クラウディアを少し借りてもいいだろうか。」


集まっている皆にルキウスが聞く。



「借りるも何も、さっきから眼の前で、人様のイチャつきを見せられても困るんですけど。」

「ほんと、お前たち、ふたりとも鈍い者同士かよ。」

「はいはーい。邪魔者の私達は退散します〜。」


王女、伯爵子息、エルザたちが口々に言う。



「クラウディア、とりあえず、ついてきてくれ。」


「な、何よ?いきなり何なの??」



 その後、ルキウスのことが好きだという事実を、まだとぼけようとするクラウディアをルキウスがはっ倒して、熱烈な告白をしたことは学院内を越えて有名になった。


 まあ、剣を片手に握ったままというのはいただけないが、貴族界でのロマンチックストーリーの代表例になるほどだった。


 そして、稀代の天才ルキウスは、陛下から何を望むかと聞かれ………。



「どうしても欲しかった妻(今まだは婚約者)は手に入れました。なので、別のことに願いを使おうかと思います。」


その願いは、ルキウスが生きている内のどこかで叶えてもらうかもしれない。という条件で、願いを先延ばしにしてもらったそうだ。


噂では、妻に何かがあったときに、その願いを使うのだろうと言われている。



「ルキウス!!帰ってくるのが遅いわ!」


「ごめんごめん。少し陛下とお話をしていてね…。」


 ルキウスにあらためて告白され(押し倒されながら)、承諾した瞬間に婚約届けが出され、その後ずっと公爵邸に囲われていたクラウディア。


 他の者にクラウディアを見られたくないからという理由で、ルキウスによってクラウディアしばらく屋敷に閉じ込められていた。

しかし、気がつくと、周りの準備は急速に進んでおり、もう来週が結婚式という状況。



さらに、学院生時代と違い、好意を隠さなくなったルキウスに毎日どぎまぎする日々。





「全く………浮気をしたら、あなただけは、絶対に許さないんだからね?」


「するわけないだろ?何年、クラウディアを他の男から隠し、守ってきたと思ってるんだ。」


「………そ、そんなの初耳よ!!」



学院中を騒がせたカップル………というか実はもうすでにルキウスが婚姻届けを密かに出しているため、夫婦である二人は、今日も楽しそうに言い合いをしていることだろう。












































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あなただけは、絶対にお断りです!!(嘘) 結島 咲 @kjo-lily125kk

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