第 54 話

「えっ? バニップ?」


「あぁ、ここの南東側に現れたようだ」


 イガータの町の子供たちの誘拐事件を無事解決し、この町を拠点としているクラン【鷹の羽】の者たちに手柄を譲ったエルヴィーノ。

 数日滞在して、連れ戻した子供たちも以前のように元気に外で遊べるようになったことが確認できたので、そろそろシカーボの町に帰ろうかと思っていた。

 そんな時、この町のギルド所長であるエヴァンドロに呼ばれ、エルヴィーノたちはギルド内の所長室のソファーに腰かける。

 そして、対面に座ったエヴァンドロから伝えられたのは、バニップという魔物の出現報告だった。


「討伐依頼か?」


「その通りだ」


 バニップとは、川沿いに住む魔物で、硬い嘴を持っている頭が鳥の巨大な蛇だ。

 人を食うことで有名で、放置しておくことは危険でしかないため、発見したら討伐するのが基本だ。

 今回エヴァンドロたちが呼ばれたのは、そのバニップの討伐を依頼のようだ。


「なんでだ?」


「何がだ?」


「俺たちに任せる理由だよ」


 この町には、【鷹の羽】というA級冒険者をリーダーとするクランが存在する。

 そのクランに任せればいい話だ。

 バニップの発見報告が入ったら討伐することは分かるが、それをどうして自分たちに依頼するのか。

 その理由が知りたく、エルヴィーノは問いかける。


「近くの山でオーガも数体発見されたんでな。あいつらにはそっちの退治に出てもらっている」


「そうか……」


 3m近い伸長をした大鬼のオーガ。

 これまた人食いの魔物で、特に子供を好む傾向にある。

 そんな魔物が数体も発見されるなんて、危険極まりない。

 誘拐事件が解決したばかりだというのに、また子供に被害が及ぶようなことになってはならない。

 そう判断したからか、エヴァンドロはすぐに発見された近くの山へクラン【鷹の羽】の者たちを向かわせたそうだ。

 その後にバニップが発見されたという報告があったために、ランクはBでも相当な実力を持っているエルヴィーノたちに依頼することにしたようだ。


「やりましょうよ。バニップって食べたことないですし……」


「……分かった。やろう……」


 この町のことは、できるだけこの町の人間が解決した方がいい。

 そのためにギルドが存在しているのだから。

 しかし、バニップほどの魔物となると、下手な冒険者を送っても二度と帰ってこない可能性がある。

 それなら自信がある自分たちがやった方がいいので、受けるても構わない。

 仕方なく受け入れようとしていたところで、セラフィーナが後押しするように提案してくる。

 完全に不純な動機だが、受け入れるつもりでいたので、エルヴィーノは何とも言えない表情で了承した。


「じゃあ、行ってくる」


「あぁ、頼んだ」


 依頼を了承したエルヴィーノに、エヴァンドロは地図を広げてバニップの発見地点を教える。

 その地点を把握したエルヴィーノは、セラフィーナたちと共にバニップ討伐に向かうことにした。

 挨拶をして所長室を出るエルヴィーノに対し、エヴァンドロは軽く手を振って見送った。






「……ここら辺だな」


「そうですね……」


 イガータの町を出てダーヤ川伝いに進むこと数km。

 エヴァンドロから教わったバニップを発見したと言われた場所に、エルヴィーノたちはたどり着いた。


“ザパッーン!!”


「「「「「っっっ!?」」」」」


 目的地に着いたエルヴィーノたちは、探知魔法を使用してバニップの居場所を探そうとする。

 しかし、魔法を使う前に異変が起きる。

 ダーヤ川の中から、エルヴィーノたち目掛けて何かが勢いよく飛びだしてきた。

 そのため、危険を察知したエルヴィーノたちはその場から飛び退いた。


「ブー……!!」


 出現した生物は、特徴のある鳴き声を上げる。


「おぉ、あっちから出てきてくれたよ」


 出てきたのは、エルヴィーノたちが討伐依頼を受けたバニップだ。

 探知魔法を使用する手間が省け、エルヴィーノは嬉しそうに声を上げた。


「あう~!」


「……セラ、任せる」


 依頼を達成するために、エルヴィーノは腰に差した剣を抜こうとした。

 そこで、エルヴィーノに抱っこされているオルフェオが小さく声を上げる。

 バニップの鳴き声が面白いのか、なんだか楽しそうだ。

 そんなオルフェオを見て、エルヴィーノは剣を抜く手を止めてセラフィーナに話しかける。


「えっ? 良いのですか?」


「あぁ、オルを抱えているからな……」


 いつものエルヴィーノなら、魔物退治は早い者勝ち的な部分がある。

 それなのに、魔物退治を譲ってくれたことを意外に思ったセラフィーナは、首を傾げて問いかけた。

 それに対し、エルヴィーノはオルフェオの頭を撫でて返答する。


「……別にこの程度の魔物なら、エル様なら大丈夫では?」


「そうだが、あまり動き回って振動を与えるのもな」


 セラフィーナが言うように、バニップ程度ならオルフェオを抱いていても問題なく倒すことができる。

 しかし、倒すには少々動き回らなければならないかもしれない。

 そうすると、もしかしたらオルフェオに少し振動を与えてしまうことになる。

 そうしないために、今回はセラフィーナに任せることにしたのだ。


「セラでも倒せるだろ?」


「そうですね。お任せください!」


 自分が無理しなくても、セラフィーナの実力ならバニップを倒すことができるはず。

 そう考えたからこそ、エルヴィーノは任せることにした。

 討伐を任されたのは自分を信用してのことだと分かり、セラフィーナは嬉しそうに返事をした。


「お前たちもセラにやらせてやってくれ」


「ホ~!」「ガウッ!」


 ノッテとジャンも結構血の気が多い。

 というか、自分に役に立ちたいから敵を倒すという考えが強いのかもしれない。

 従魔としては正しいのかもしれないが、今回はセラフィーナに任せることにしたので、エルヴィーノは2頭にも手を出さないように指示を出す。

 主人の指示なので、ノッテとジャンは素直に従った。


「ニャウ!!」


「ブッ!?」


「あっ! リベルタ!」


 エルヴィーノに任されてやる気になっていたセラフィーナだったが、腰の剣を抜いてバニップに攻めかかろうとしたところで、先にリベルタが襲い掛かっていた。

 リベルタの爪による攻撃が当たり、バニップが悲鳴のようなものを上げる。

 自分の従魔には手出し無用とエルヴィーノは言ったが、セラフィーナの従魔であるリベルタには何も言っていないし、自分の指示に従う必要もない。

 リベルタが行った行為は、セラフィーナが止めなかったからだ。

 手柄を横取りしようとした自分の従魔に、セラフィーナは頬を膨らませて抗議した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る